第6話 出来損ない、船に乗りたがる。

 王国の北都市の港、ハルクシール。

 隣国のウェイン共和国へ向かうには、ここから出ている交易船に乗るのが一番手っ取り早い。

 フォウたちは、数日間かけてこの港町にたどりついた。


『あらーすごい賑わいだね?』


 港の近くには屋台街がある。

 そこは観光客でごった返していて、わいわいと声が飛び交っていた。

 新鮮な魚介類が並んでいて、見るだけで食欲がそそられる。現に、ハゼルが目をきらきらさせて尻尾を振りまくっていた。

 その分かりやすさに、フォウは苦笑する。


「お、おししょうさまっ!」

「はいはい。好きなもの選んで良いよ。ただ、買いすぎないようにね」

「わーいっ!」


 はぐれないようにしっかりとハゼルの後ろを歩きながら、フォウも物色を始める。やはり串焼きが多いが、煮込みなんかもあった。


「タイにブリ、シャケ、サンマ……サバにイワシ。タコにイカ。ハマグリなんかもあるんだね。本当により取り見取りだ」


 ものすごく美味しそうな匂いが、数メートル歩くごとに襲ってくる。本当に気をつけなければついつい買いすぎてしまうだろう。


『へー。海ってこんなのが取れるんだね。はじめてだよ』

「じゃあ何か食べてみるかい? オススメはあのハマグリの磯焼きとかかな。わっちも買うから、ついでに味見でもいいし」

『それはありがたいんだけどさ、そんな肉食して大丈夫なの? 神具女かごめって食事に制限あるよね?』

「ああ、身体を常に正常に保つために、肉ではなく野菜と穀類を食べろってヤツ? あんなの嘘だよ嘘。だからわっちは知ったことじゃないね」


 精霊の疑問を、フォウは一言で切り捨てた。

 あっけらかんとした答えに、精霊は顔を引きつらせる。


『堂々とした型破りだねー……』

「命はもれなく命さね。そしてわっちらは、命をいただくことで生きていけるんだから。肉でも植物でも、有難く頂くのがわっちの主義だからね。もちろん、そうじゃないっていう主義も尊重はするよ? 押し付けないからね、わっちは」

『逆に言えば、そういうのを押し付けられるのもお断りってことだ?』

「そういうことさね。それに、ハゼルに菜食のみを押し付けるのは酷すぎるし」


 フォウはさっそく串焼きを買ってテンションをさらに上げるハゼルを見た。ぱああ、と嬉しそうにしてから、がぶり、とかじりつく。

 あそこまで美味しそうに食べているのを見たらたまらなくなる。

 ますますお腹が減ったフォウは、ハマグリの磯焼きとタコとイカの串焼きを、とっとと一本ずつ買う。醤油とバターの匂いが食欲をこれでもかと刺激してきた。


『ああ、獣人だもんね。っていうか、獣人を神具女かごめにするのも珍しいけど』

「あそこの支部では禁止してたね。獣人は獣臭いからって」

『え、そんな理由なの?』

「原理主義なんだよ、あそこは。神具女かごめは神と世界の両方に祝福されて生まれた人間だからこその職業だって、ね。わっちからすればクソくらえなんだけど。っと、あちちっ、うん、美味しいね」


 しれっと毒を吐いてから、フォウはハマグリを食べる。


『本当に型破りだね? 良く許されてたと思うわ。あ、本当に美味しいねこれ。ぷりぷりっ!』

「わっちより強い神具女かごめはいないっていうのもあるけど、あっちはわっちのこと、ほとんどいないものと認識してたからね。都合良かったんだよ」

『異端だから異端を育てられる、か。ハゼルにとっては良かったのかな』

「さぁね。神具女かごめの人生だってロクなもんじゃないから」


 フォウは少し遠い目になりながら語る。

 何せ、人々から蔑まれながら、穢れた神々との戦いに身と投じるのだ。その危険性は魔物退治専門の冒険者より高い。

 実際、フォウだって何度も死にかけたことはあった。


「それでも、奴隷として一生を終えるよりかはマシだろうからね」

『あー……あの子は高く売れそうだもんね。反吐が出るような奴らに』

「そうだね。何されるか分かったもんじゃなかった。だから、わっちが引き取ったんだよ。あの才能は、無視するわけにはいかなかったし」

『なるほど。それで遊びも学ばせてるんだ』


 すでに串焼きが七本目に突入しているハゼルを見ながら、精霊は言う。


「ま、遊ぶことも大事だからね。さて、そろそろ船を探さないと」


 フォウは食べ終えた串をゴミ箱に捨てて、周囲を見渡す。


『定期便に乗るんだよね? だったら港の……って、何してるの?』

「えっ?」


 フォウはやっと気づいた。

 自分の視界が、斜めに傾いていることに。そして、動けなくなっていることに。


 (あらら、これは……)


 辛うじて転倒は避けた。が、足取りが異常に重い。なんとか通りのはずれのベンチに腰掛けたが、動けそうになかった。

 フォウは情けなくてため息を漏らす。


「おししょうさまっ!?」


 駆け寄ってきたのはハゼルだった。さっきまでのテンションはどこへやら、凄まじい勢いで顔を青くさせていく。

 獣人ならではの身体能力で駆け寄ってきて、フォウのあちこちを確認する。

 その必死さに、フォウと精霊が苦笑する。


「大丈夫。ちょっとヘルメスの浄化に思ったより力を使ってるみたい」

『ま、オリュンポス十二神だからね。本来、人間の魂が封印できるものじゃないし。そもそも体内に収まってるってことがおかしいっていうか、規格外にも程があるって感じなんだけど』

「ジト目で見てこないで。とりあえず、しばらく休めば大丈夫よ。幸いにご飯は食べた後だし」


 精霊に苦情を出しつつ、フォウはふう、と少し深呼吸した。


「おししょうさま……」

「ハゼル。船の手配をしてきてちょうだい。定期船なら受付が港にあるはずだから、そこでチケットを買ってこれば良いわ」

「で、でも」

「わっちの回復を待ってるだけなのは時間の無駄だから。ね?」


 傍にいようとするハゼルを、フォウはじっと見つめる。


「わ、わかりました! すぐてはいして帰ってきますから!」

『あ、私もいく。もし何かあっても、私がいれば大丈夫だからさ』

「そうね。お願いするよ」


 フォウは精霊とアイコンタクトを取りつつ頷く。

 全力で走り出したハゼルを見送り、フォウは一度だけ目を深く閉じる。呼吸を整え、ベンチの背もたれに身体を預けた。


 (ああ、港からの潮風が気持ち良い)


 さわ、と風。わいわいとした喧騒。そして──明らかに素人のものではない足音。

 フォウは薄く目を開け、タイミング良く起き上がる。瞬間、ナイフがベンチに刺さった。


「気付いたのか」

「気付いていた、の間違いだよ」


 フォウは優雅に振り返りつつ、忍び寄ってきていた男に話しかける。

 立ち振舞に一切の隙がなく、手足の先まで魔力と気合いが漲っている。間違いなく、殺しのプロだった。


「港町に入る前から尾行してきてたのは知ってるよ。何の用事だい」

「貴様の命、貰い受ける。それだけだ」

「暗殺依頼ってやつかい」


 心当たりはある。

 真っ先に浮かんだのは、神具女かごめ協会の支部長だ。あの男ならやりかねない。大方、フォウに罵倒されたことが許せなくなったとか、そんな理由だろうが。

 しかし、と疑問も出る。


 (あのアホがわっちがここにきてる、なんて予想して追撃してくる能力があるかどうかが疑わしいんだよね。となると――協会本部そのものが動いてきたか? さすがにそこまでするかどうかってトコだけど、本部のことは知らないし、とにかく、この国にはいれないね。とっととオサラバしないと)


 とはいえ、こういう事態には慣れている。

 加護失女かごめだからと言う理由で殺しにくる連中もいるのである。フォウはこの手の修羅場など、何度も潜り抜けていた。


「お前を殺した後は、あのガキだからな。まぁ、あのガキは殺さないさ」

「まぁまぁ、そんな急がなくて良いんじゃない?」


 身構える暗殺者に、フォウは語りかける。


「ふん。まともに動けないのは知っているぞ。その命、頂戴する!」

「まぁ確かに、わっちは今、派手には動けないね」


 暗殺者は動こうとして──白い蛇に全身を絡め取られていることに気づいた。

 ギリギリまで姿を隠していたせいで、まったく気付かなかった。


「なっ……ぐっ!」

「でも戦えない訳じゃあないよ。伊達であの子を遠くへやったんじゃないさね」

「貴様……っ!? 罠かっ! う、ぐ、ぎぃっ……」


 白蛇がまた透明になり、窒息するほどに締め上げていく。ミシミシと関節が悲鳴をあげた。

 暗殺者はもがくが、もがくだけ締め付けがむしろ強くなっていく。


「今回だけは見逃してあげる。疲れてることに間違いないんだから。それと、帰ったら依頼主に伝えてくれる?」


 フォウは笑顔と殺気を同時に放つ。

 おぞましい威圧を食らい、暗殺者の動きが一瞬で硬直する。


「次は容赦なく全滅させる。わっちはわっちの人生を歩むから、余計なことをするな。ってね」


 低い声で脅しを入れると、暗殺者は「ひぃっ」と喉を鳴らしてからガタガタと震えだした。

 フォウが拘束を解除すると、全部をかなぐり捨てる勢いで走り出し、人ごみに消える。しっかりと完全に逃げていくのを確認してから、フォウは安堵の息をついた。


「まったく……こういうときだけは使えるね。さて、と、ハゼルが戻ってくるまで、少し休むとするかな」


 フォウはまたベンチに深く腰掛ける。

 うとうとと、寝入るに時間はかからなかった。



 ◇ ◇ ◇



 ハゼルは困っていた。

 ようやく港、埠頭あたりまで辿り着いたのだが。


「チケット……買えない……」


 顔を青くさせて、そう呟いた。




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