第7話 ハゼル、奮闘。
通行止め。
真っ赤な警告色と共に、港口は封鎖されていた。がやがやと人だかりが出来るが、埠頭のエリアには誰も入れない様子だった。
慌しく騎士団の兵士たちが駆け回っていて、何かを必死に伝令していっている。
「これは……」
ハゼルは注意深く騎士団たちのやり取りに耳を傾ける。人間とは比にならないくらい優れた聴力は、簡単にひそひそ声を捉えた。
『どうだ』
『ダメだ。第二小隊の連中が全員負傷、撤退した。今は第四、第七小隊でなんとか抑えに回ってるけど……厳しいな』
『敵の数が増えてるのか?』
『みたいだな。湾岸警備担当だけじゃもう抑えきれない。本部に応援を要請するしかないだろ、コレ』
『ムチャ言うなよ。本部だって今日はすっからかんなんだ。人員なんてどこにもいねぇよ』
『非番の連中も全員声かけて、とにかくやるしかないな』
『市長に連絡を。緊急全体避難もありうるぞ』
『なんだってこんな時に! 誰だ、プラナゼリーフィッシュに手ぇ出したヤツは』
愚痴るように二人はまた忙しなく向こうへいった。
ハゼルはゆっくりと考える。
(プラナゼリーフィッシュ……? なんだっけ、おししょうさまからならったぞ)
フォウに奴隷から助け出されて半年間。魔法、格闘、
そこの記憶に、引っかかっていた。
(たしか、ぜったいにおぼえておけっていわれたモンスター……そうだ、思いだした!)
記憶が鮮明に映像とともにやってくる。
(おそろしいまでのふくしゅうしんをもつモンスター。いちどなかまが倒されたら、しゅうねんで倒しにくる。それこそ、その集団ぜんいんがほろびるまで)
そこでハゼルは事情を察した。
港に、おそらくプラナゼリーフィッシュの殺された死体が漂着したのだろう。そして、その仲間の仇討ちのために仲間が大挙してきているのだ。
プラナゼリーフィッシュは、黒い斑点を持つ半透明のクラゲ型モンスターだ。
単体での戦闘能力は低い。巨大ではあるが、遊泳能力も高くなく、麻痺毒こそ持っているが、簡単に代謝、解毒できる上に威力も低い。だが、モンスターだけあって地上でも移動能力を持ち、長い触手は鋭利なトゲだらけで、その攻撃だけは素早い。
加えて、クラゲだけあって物理攻撃がほとんど通用しない。
故に、魔法による対処が望ましい。
『何か変だね。騎士団なら魔法使いくらいいるだろうに』
「うん、そうだね」
ハゼルは深刻な顔で頷く。どうしてもイヤな予感がした。
『様子を見に行こう』
「え?」
『大丈夫だよ。私がいるし』
「ええ、でも……」
『船のチケット買わないといけないんだろ? もし私たちが解決できるなら、ちゃちゃっと片付けて封鎖を解除してもらおうよ』
精霊はハゼルの周囲を飛び回りながら提案してくる。
確かに、船のチケットの手配は大事な弟子としての仕事だ。ハゼルは少しだけ考えてから、肯定で頷いた。
「わかった。やってみよう」
『あ、でも無茶はしない方向で。大ケガなんてさせようものなら、それこそ全身全霊で殲滅されそうだし、フォウに』
「そうかな?」
『ハゼル。あんたはどれだけ師匠に愛されてるか自覚した方がいいよ……?』
「うん? おししょうさまにあいされてるのは知ってるよ! ぼくもあいしてるんだもん!」
ハゼルが胸を張ると、精霊は乾いた笑いを浮かべた。
『じゃ、早速忍び込むとしますかね。ハゼル。変化の術だよ』
「分かった。キツネになるんだね」
ハゼルは物陰に隠れ、意識を集中させる。全身に複雑な文様が浮かび――ぽん、と軽い音を立ててキツネに変化した。
元々はできなかった芸当だが、精霊と契約することで可能になった魔法だ。
小さいキツネになったハゼルは、ちょろちょろと身軽な体躯を生かして木箱が大量に積みあがるコンテナエリアへ向かった。
死角が多い上に高低差を生かしやすく、あっさりと侵入できた。
『よしよし、その身体にも慣れたね』
「うん。しっくりくるよ、もう」
この魔法を覚えたての頃は、うまく動けなかったのだが。
ハゼルは俊敏に移動していく。
港にかなり近づいたタイミングで、人型に変化した。モンスターの気配を感じたからだ。まだ動物型ではうまく魔法を扱えない。
「えっと、気配はあっちだ」
慎重に気配を確認しつつ、ハゼルはコンテナの陰に隠れて様子を伺う。整備された港の波打ち際、漁船がいくつか停泊しているところから、プラナゼリーフィッシュが一匹姿を見せた。
本来なら黒い斑点模様のはずなのに、赤黒い。
『変異種だね、あれは』
「そうなの?」
一目で看破したのは、精霊だった。
『うん。たまに出てくる固体なんだけど、どうやら、そいつらが繁殖して形成された集団っぽいね。厄介だよ、あいつには魔法耐性がある』
「えっ」
『強力な魔法を使えば通用するけど、ちょっとした攻撃魔法は無効化するね。物理耐性はそのままだからね。強力な魔法使いを呼んでこないと、どうにもならないんじゃないかな』
腕を組みながら、精霊は悩む。
魔法が通じるからこそプラナゼリーフィッシュは低級のモンスターとされている。だが、そこを克服されたら、一気に脅威レベルが上がる。
そして、湾岸警備をしている騎士たちでは処理しきれない。
ハゼルはそこまで察して、もどかしい思いにかられた。
どうにかしなければ。
このまま放置すれば、被害は拡大するだろう。それこそ騎士団が話していたように、港そのものからの避難命令が出されるかもしれない。そうなったら、船を出すとかそういう次元ではなくなる。
(もしかしなくても、ずっとあしどめされるかも……)
それはイヤだった。
ハゼルは覚悟を決めて、喉を鳴らす。
「よし、ぼくたちでどうにかしよう」
『そう来ると思ってたよ。よーし、じゃあ早速退治と行こうか!』
精霊が張り切りだす。
その時だった。近くから、足音。さっとハゼルがまた物陰に隠れて覗き見すると、役人のような恰好をした青年と、護衛だろう兵士が二人。
真剣な表情で走っている。
(あ、あれは……)
彼らからは死角。だが、ハゼルからは見える位置にプラナゼリーフィッシュはいた。
まずい。本能的に悟ったハゼルが飛び出す。同時に、プラナゼリーフィッシュはその触手を展開した。
「あぶないっ!」
大声を出しながら、ハゼルは青年を庇うように着地し、飛んできた触手を腕で弾く!
破裂音が響き、ハゼルの腕が裂ける。
血が飛ぶと同時に痺れがやってくるが、ハゼルは強引に無視した。
『ハゼルっ!』
「《天空の雷鳴、激甚の刹那――響け》っ!
精霊の号令に合わせ、ハゼルは魔法を放つ。
一瞬の眩光。直後、一陣の雷鳴がハゼルの突き出した腕から放たれ、プラナゼリーフィッシュに直撃。一瞬だけ防御用の魔法陣が展開されたが、あっさりと貫通してその身を砕いた。
その破壊に、青年と護衛の兵士が感嘆の声をあげる。
「い、今の魔法は……!」
「だいじょうぶですか?」
ハゼルが声をかけると、は、と青年が我に返る。
「え、ああ。すまない。大丈夫だ。ありがとう。それよりも君の方だよ。ケガしてるじゃないか」
「え? ああ、でもこれくらいは」
「すぐに手当てを!
青年はハゼルの腕を掴みながら魔法を発動させた。柔らかな光が、ハゼルの傷をすぐに塞いだ。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして。それよりも君、今の見ていたよ。驚いた。間違いなく精霊魔術だよね?」
『そうだよ。私が加護を与えてるのさ』
自慢げに精霊が姿を見せる。
「素晴らしいよ。出会っていきなりでこんなことをお願いするのは申し訳ないが、どうか助けてくれないか。今、この港は危機に陥っているんだ。今の変異型のプラナゼリーフィッシュが港に集まってきているんだ」
『知ってるわよ。私たちもそれをどうにかしようと思ってここにきてるんだし』
「そうなのか! なら是非お願いしたい」
青年は目を輝かせてお願いしてきた。その胸には、どう見ても偉い人と思しき勲章がぶら下がっていた。
「僕はアデル。ウェイン共和国の者なんだ。協力してくれ」
「わかりました! たおしていきましょう」
『でも、一匹ずつ倒してたらキリがないね。どこかに集めて一網打尽にしたいんだけど。どこか場所ある?』
「それなら心当たりがあるよ。こっちにきて欲しい」
青年は自分の胸にてをあててから走り出した。
ハゼルがついていくと、そこは小さい入り江のような形になっているエリアだった。おそらく船から荷物を積み下ろすドックだろう。
今は船の一隻もいない。
「ここなら、多少派手にやっても大丈夫だよ」
『そのようだね。じゃあ、誘導するよ』
「できるの?」
『海の精霊にお願いしたら問題ないよ。ハゼルは集中しててね』
ウィンクを送ってから、精霊は身体を発光させて波紋を広げた。
しばらくすると、波が蠢き、わらわらとプラナゼリーフィッシュが集められてくる。
「すごいな……こんなことも可能なのか」
「すごいのは精霊さんですけどね」
言いつつ、ハゼルは意識を一気に高めていく。
集まってきたのは、一〇〇匹を超えるモンスターたちだった。絵面として非常に気持ち悪いものがあるが、ハゼルは集中を途切れさせなかった。
魔法を使う時、ハゼルはいつも思い出す。師匠であるフォウの教えを。
──いいかい、ハゼル。魔法とは、世界の構成要素と魔力を取り込み体内で合成、放出させることで発動するんだ──
──でも、それには世界の祝福たる加護がいる。それがないお前さんは、良く知られた魔法の使い方ではダメだ──
──だから、心をこめた、魂の言葉でお願いをしてごらん。きっと、何もないからこそ、魔法の方から応えてくれるから──
意識が高まる。極限まで。
「《天空の雷鳴、激甚の刹那――自由なる旅人、限りなき憤怒の顕現!》」
唱えるのは、魂の言葉。
「《荒れ狂え、吼え猛れ、光の鉄槌は世界を焼き払う!》」
天候が、変わる。
曇天が周囲を多い、遠目からでも稲妻を蓄えているのが良く分かった。
「
瞬間。
とてつもない雷鳴が空気を切り裂き、幾つもの落雷がドック全体を叩く。
轟音が耳を突き刺し、腹を震わせる。
凄まじい雷鳴の連撃が終わると、そこにはもう単なる肉塊が転がっていた。
(やった……)
ふう、とため息をつく。
安堵して脱力すると、青年が支えてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらだよ。本当に助かった。君がいなかったら、港はどうなっていたか」
「それはよかったです」
『良い魔法だったよ、ハゼル。あんたやっぱり才能あるね』
精霊に手放しで誉められ、ハゼルは照れ笑いをしながら後頭部をかいた。
「さて、港を救った英雄には報酬を渡さないとね。何かあるかな。僕はこうみえて、ウェイン共和国の要人だからね」
柔和な笑みを見て、ハゼルは思い至る。
「あ、あのっ。じゃあ、船にのせてくれませんか? ぼく……ぼくたちは、ウェイン共和国にいきたいんです」
「それならお安いご用だよ。僕にツテがあるから。すぐに手配しよう」
「ほんとですか! やったー!」
ハゼルは嬉しくてつい飛び跳ねた。
(おししょうさま、よろこんでくれるといいなー!)
ハゼルは胸を踊らせながら、しばらく飛び跳ねていた。
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