第4話 出来損ない、責任を追及される。

 ――誰?

 と問いかけるよりも早く、抗議の声の主は姿を見せた。

 小さい風が吹いて、まるでホタルのような光が漂ってくる。ふわふわとしたそれは、ぽん、と音を立てて小さい精霊になった。


「――あ」

「おやおや、この森にもいたのかい」


 ハゼルが気まずそうに声を上げるが、フォウは顔を綻ばせるだけだった。

 それが気に食わなかったか、小さい精霊はフォウの周囲を飛び回る。


『この森にもいたのかい、じゃないよっ! どうしてくれるのさ! 森をまるごと消滅させちゃって! こんな、こんなに小さくなっちゃったじゃん!』


 甲高い声で、精霊は早口でまくし立ててくる。


「ご、ごめんなさい」

『謝って済むならこの世に神様なんていらないんだよ!』


 圧倒されたハゼルが代わりに謝るが、精霊はぴしゃりと言い返した。


「ふええぇ……おししょうさまぁ」


 勢いに負けたハゼルがフォウを見上げる。今にも泣きそうだった。

 仕方なくフォウはハゼルの背中から降りて精霊の前に立つ。


『あんたがやったんだね?』

「そうね。お前さんも感知してただろうけど、ヘルメスなんて強大な穢れた神をなんとかするためだったのさ。決してわざとやったわけじゃないよ?」


 ギロリと睨まれ、フォウも少し慎重になりながら説明する。

 破壊してしまったことは事実だ。もちろんそれだけではない。精霊を敵に回すのは非常に厄介な事態になるからである。

 精霊は不機嫌さを露わにしつつ、フンを鼻を鳴らした。


『確かにわざとじゃないだろうけど、やり過ぎなのは事実じゃない?』

「そこは素直に謝るよ。わっちのコントロール不足もあるからね」


 フォウは諸手を上げて降参の意思を示した。

 そもそも戦雷神トールという神々でも最上位級の力を使役することが異常なのだが、精霊には通用しないのでスルーだった。

 精霊は訝しげな視線を送りながら、フォウの周りを何周もする。


『やけに素直だね?』

「精霊、それも純精霊に盾突いて良いことなんて何ひとつないからだよ」


 フォウは率直に言った。


「精霊はこの世界の構成要素そのものが集まったもので、魔力の源。特に純精霊ともなれば、気高い意志さえも持ち、森そのものに特殊な恩恵をもたらす。代わりに、森や川といった自然から、心地よい空間を提供してもらっている」


 淡々と語りつつ、フォウはまっすぐ精霊を見つめた。


「だから、その心地よい空間を返せ、と言いたいんだろう?」

『その通りだよ!』

「けど悪いね。わっちには新しい森を用意してあげる力はないよ。再生の神は手持ちにいないからね」

『フーン。じゃあ、みんなに知らせていいんだね?』


 精霊の目が据わる。


「まだ結論を口にしてないよ。はやまらないでちょうだいな」


 不穏な空気を察知して、フォウは言い返す。

 この世界の構成要素である精霊は、世界の深部で繋がっている。つまり、ある精霊がコイツのこと嫌いだ! 敵だ! と叫べば、全精霊が敵に回ってしまう。すると魔法が使えなくなるだけでなく、あらゆる場面で精霊による妨害にあう。例えば、歩こうとするだけでも妨害されてしまうのだ。

 とある伝承では、英雄とまで謳われた騎士が小さいことで精霊を敵にしてしまった結果、たった三日で発狂したとある。

 さすがのフォウもそれは勘弁願いたかった。


「わっちにできるのは、新しい森への移住提案だね。わっちらはこう見えて、いろんな場所へ行くからね。その先々で住めそうな森や泉、沢があれば提案する。気に入ればそこに住み着く。ってのはどうだい?」

『フーン? 悪くないね』

「純精霊といえど、長距離の移動は大変だろう?」

『そうだね。飛び続けるのも楽じゃないし、清浄な地域を動くならともかく、そうじゃないトコを通過するのは辛いね』

「だったら、わっちの傍か、それか中に入れば良いし、それ以外なら清浄結界をハゼルが使えるしね」


 ちらりと見ると、ハゼルも大きく何度も頷いた。


『——なるほど。神具女かごめの体内や、清浄結界の中なら確かに楽だね。それに、移動に体力消耗しないで済むし。色んな物件も見て回れそうだし。良いアイデアじゃない! 乗った!』


 あっという間に機嫌を直した精霊は、テンションを上げて飛び回る。

 一頻り移動してから、精霊はフォウの肩にちょこんと乗っかった。


『うん、居心地も悪くないね。それじゃあ、次の住処が見つかるまでヨロシクね』

「こっちこそ」

「おししょうさま、足音がします」


 挨拶を終えると、ハゼルが袖を引っ張りながら訴えてくる。獣人であるハゼルだからこそ捉えられる距離での足音だろう。

 フォウは素早く騎士団であると判断した。

 ささっとハゼルの背中にもたれかかる。


「じゃあ逃げるとするよ。ハゼル、頼んだよ」

「はいっ!」

『え? アンタは走らないの?』

「わっちは体力ないから」

「五〇メートルも走ったら一〇分はうごけなくなりますからね!」

『どんだけ体力ないの!?』

「それだけ体力ないのさー。わっちはダメダメ師匠だからね」


 精霊のツッコミを受け流しつつ、フォウはさらにもたれかかる。ものの数分でうとうととしてしまう。心地よい疲労感に、ハゼルの温かい体温。そして揺りかごみたいにリズムカルに揺さぶられると、たまらなかった。

 (さすがに、眠い、ね……)

 フォウは安心して、意識を手放した。



 ◇ ◇ ◇



 フォウが焦土にしてしまった森を抜けた先。川を一つ渡ったところに、その町はあった。レンガ作りの建物が多い、計画都市。アンデルシアだ。

 交通の要衝でもあり、肥沃でなだらかな土地が広がることもあり、アンデルシアは町というよりも都市と呼んで差し支えない。


 王国でも有数の発展都市だ。


 大通りには馬車が行き交い、朝だというのに人の数が多い。

 ここに、フォウの目的とする場所がある。


神具女かごめ協会?』


 串焼きをかじりながら、精霊はおうむ返しに訊いてきた。


「そう。神具女かごめのための組織だよ。神具女かごめは特殊だから、素質あるものをスカウトしたり、資格を取ったら依頼をあっせんしてもらったり。後は生活の面倒とかもね」

「さべつされてるボクたちが、生きていけるりゆうです」

『フーン。加護失女かごめだっけ。人間って不思議だよね。変な差別するもんだね。それで、その協会になんでいくのさ』

「ヘルメス退治は協会を通しての依頼だったからね。それの報告だよ。後、協会だけあって地図とか、いろんな土地の情報があるから。そこで住めそうなところがないか聞くつもりだよ」


 (まぁ、自分で調べろって言われるかもしれないけど)


 内心で付け足してから、フォウが足を止める。

 見上げたのは、大きい酒場だった。三階建て構造になっていて、見るからに賑わいがありそうだ。

 フォウは堂々とした門構えの正面ではなく、裏手の勝手口から入る。狭い階段を降りると、そこには石造りの空間が広がっていた。


『ここが、協会?』

「そうだよ。神具女かごめ協会は国ごとに独立した組織なんだ。そうすることで国との関わりあいを親密にする狙いだね。ここは王国でも一番大きい支部だよ。本部よりも規模が大きい」


 獣油の臭いのたちこめる室内は、地下というのもあって湿気がたっぷりだ。

 フォウは周囲を見渡してから、受付へと向かう。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか?」

「依頼達成の報告に来たんだよ。依頼案件はこれだね」


 フォウは懐から一枚の羊皮紙を取り出して、受付嬢に渡す。


「これは、三カ月前のものですか」

「時間が掛かったのは、対象が予想外だったからだよ。何せ、オリュンポス十二神の一柱――ヘルメスだったからね」


 神の名を出した途端、受付嬢が噴き出した。そして硬直する。


「え、え……えぇ? っていうか、え? それを達成した?」

「そうだよ。ヘルメスは今、わっちの中にいる」

「嘘?」

「ホントだよ。まだヘルメスの浄化が終わってないから召喚はできないけど。取り急ぎの報告ってことさね。もし必要なら現地に調査出向いてもらっても構わないよ。まぁ、焦土と化した森があるだけ、だけど」

「え? 焦土って……」

「消し飛ばしちゃったんだよねぇ、ちょっとやりすぎて……」

「し、しし、支部長ぉぉおおおおお――――っ!」


 とうとう混乱した受付嬢は、半泣きで声を上げた。

 すると、受付の奥からハゲた中年男がふてぶてしい態度で出てくる。うげ、と、フォウは顔を顰める。


「なんだなんだ。ってフォウか! お前、また何をしでかした!」

「しでかしたって失礼だね、このハゲ」

「な、ん、だ、とぉっ!? おい、どういうことだ、説明しろ!」

「じ、実は……」


 受付嬢が支部長に耳打ちをする。見る間に、支部長は顔を赤くさせた。


「アホかっ! そんな荒唐無稽な話、誰が信じられる! それなら証拠を見せろ証拠をっ!」

「だから、ヘルメスはまだ出せないって言ってるだろ!」

「知るかっ! だったら証人連れてこい! このできそこないめ!」


 がなりながら唾を飛ばす支部長。


『証人っていうのなら、私になるのかな?』


 反応を示したのは、精霊だった。フォウの背中に隠れていたが、ふわり、と羽根を広げて飛びあがる。瞬間、支部長の顔面が真っ青になった。


「じゅ、純精霊っ……!?」

『そうだよ。フォウに森を消し炭にされたから。新しい住処が見つかるまで一緒にいることにしたんだ』

「はぁぁっ!? お、おいフォウ! 貴様、こともあろうに純精霊の住まう土地を消し飛ばしたのか!?」

「結果的にはそうなるね。っていうか唾飛ばすな近寄るなって」


 手で追い払う仕草をするが、支部長はさらに詰め寄ってくる。


「何とんでもないことしてるんだ、貴様あああああっ!」

「だから仕方ないだろ! ヘルメスを倒すにはそうするしかなかったんだよ! っていうか森を消し飛ばしたことだけ信じるんだな!」

「当たり前だっ! 大体ヘルメスなんて大物、単独でどうにかできるはずないだろうが! だが、森なら焼き払うのは可能だろうからな! 前科あるし!」

「ちょっと待ちな単独で無理って判断しときながらわっちを向かわせたのかい!」

「その時はお前しかいなかったからな! てっきり失敗してくだばったと喜んでいたのに……っていうか、それよりも! お前、なんてことをしでかしたんだ! 純精霊の住処を奪うなんて、ああ、シャレにならん! 以前から問題児だったが、ここまでやらかすとは……」

「問題児扱いしてるのはそっちだろ。っていうか当たり前ってどういう意味だい! しかもくたばって喜んでたって! ちょっとくらい話を聞いたらどうなんだい!」


 フォウの突込みを無視し、支部長は頭痛を覚えたように頭を何度も抑えてから、いきなり指を突き付けてくる。


「お前の話など聞く価値など無い! 問答無用だ! フォウ。ベアトリーチェ・フォウ! そしてその弟子のハゼル! 貴様ら両名を、たった今限り、我が協会からの除名を命ずる! 要するに、追放だ追放!」


 …………。


「「『えっ?』」」


 凄まじいタンカを切られた三人は、目を点にさせた。


「除名? 追放? マジで? ちょっと、面白いのは頭だけにしてよ?」

「誰が頭だけ面白いおじさんだっ! あと真面目だ真面目、大真面目っ! 今すぐ出ていけっ! できそこないの中でもできそこないなんてウチには要らんっ! つか、精霊の罰を我らに被せるんじゃないっ!!」


 その怒号は、冗談ではなく協会内部に響き渡った。


「あ、ふーん。そうなんだ」


 まさかの二回目の追放宣言だったが、フォウは目を細めて呆れ果てた。


「あっそ。分かった。じゃあ出てくよ。もうこれであんたとは上司でもなんでもないって訳だよね?」


 フォウは心なしか低い声で確認する。


「それがどうかしたか?」

「うん。覚悟しろって思ってさ。あんたの娘がわっちと同期でわっちの方がぶっちぎりの成績で神具女かごめの試験に合格した時から、わっちを差別してるのは知ってるんだからね? だから娘にも嫌われてるって知ってるんだからね?」


 そしてフォウは好戦的に笑んだ。


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