第3話 出来損ない、強大な神と相対す。
騎士団にギルドマスターとギルドの構成員を引き渡した後、フォウとハゼルは森へと向かっていた。
近づくにつれて、どんどんとイヤな気配が立ち込めてきていて、危険な状態だった。穢れを強く感知し、ハゼルは怯えて尻尾と耳を下げていた。
「これは……おししょうさま」
「まだこれだけの力があったとは、驚きだね」
ハゼルの不安を拭うように、フォウは敢えて軽い調子で言った。
ぴったりとついて離れない可愛い弟子の頭をまた撫でてやる。
(大分削ったはずなんだけど、ギルドの連中を食らってちょっと勢いを取り戻したのかもしれないね)
フォウが身を置いていたギルドは、腐り果てていた。
先代はなんとかしようと頑張っていたが、志のある面々は既に去っていて、どうしようもない状態だった。魔物退治専門のギルドと言えば聞こえは良いが、実態は単なる犯罪集団に成り下がっていたのだ。
(そんな薄汚い人間の魂を食らえば、か。業が深いね)
森に入ると、早速何かが転がってきた。
ゴブリンだ。
穢れに汚染された激痛に耐えられなかったのだろうか、凄惨な表情で泡を吹いていて、窒息死した様子だった。
(人間よりも穢れに強い魔物でさえ殺す。さすがだねぇ)
フォウは一瞥だけしてから進んでいく。
「どうぶつのけはいが、どこにもないですね」
「そりゃ逃げるだろうねぇ。こんなのに当てられたら、命がいくつあっても足りないよ」
「はい。すごい穢れです……うぅっ」
「第二段階の防護結界魔法を展開しておきな。下手しなくてもやられるよ」
少し息苦しそうなハゼルにアドバイスしつつ、フォウ自身は何もしない。否、してはならない。
フォウは
(神さん迎え入れるんやから、常に綺麗でないとね)
言われた通りにしたハゼルを待ってから、フォウはしゃなりしゃなりと歩を進めていく。
穢れを受け、異常に成長を始めた森の中、ようやく館にたどり着く。
おぞましい力を最大限に解放したからか、館は腐り果てて朽ちていた。その中心部からは、夜よりも深く、昏く、おぞましい闇色が
「なんてひどい……これは……」
「これだけの穢れを良くもまぁ内包してたもんだね。ハゼル。清浄結界魔法。サポートは任せたよ」
「はいっ」
ハゼルは頷くと、一〇歩下がって両手を合わせる。
白い風が舞い、ハゼルを中心に広がっていく。
「《流れたゆたう自由の風、純真無垢よ、清廉潔白であれ》――
美しき呪文が流れ、魔の流れが展開された。
館そのものを包み込むほどの巨大な魔法陣が出現し、周囲を丸ごと浄化していく。すると、炙りだされるかのように、闇から神が姿を見せた。
見た目は、漆黒に染め上げられた
『ググルゥ……』
「いやだね。まだそこらへんの獣の方が耳に優しい声してるよ」
フォウは軽口をたたきながらも、腕の包帯を解いていく。
「オリュンポス十二神の一柱、ヘルメス。雄弁と音楽、そして計略の伝令神が、まったく情けないことだね」
『ルォオオオオオオッ!』
「まーだ呼びかけに応じられないかい。どれだけ深く穢れたんだか」
咆哮の暴風を浴びつつ、フォウは腕から
雷鳴の勢いで三匹は三方に展開、一気に飛び掛かるが、ヘルメスはそれよりも素早く回避した。さらに翼を展開し、一度羽ばたいただけで衝撃波を生んで弾き飛ばす。
「ぎゃんっ!」
悲鳴が上がる中、閃光が走る。
一切の反撃さえ許されず、三匹は地面に叩きつけられた。
(あらあら、えらい暴れっぷりだね)
フォウは冷静だった。
さらに腕の紋様から、神を呼び出していく。
だが、ヘルメスはそれをさせまいと閃光に変化し、襲い掛かってくる。直撃を食らえば、吹き飛ばされるだけでは済まない。
――寒気。
「させないんだからっ!」
すかさずハゼルがインターセプトするように割り込んだ。一瞬だけ全身に紋様が走り、獣人化。ヘルメスの突撃を受け止める。
――ずん!
凄まじい衝撃音が空気を揺らす。ハゼルは苛烈にヘルメスを睨みつけ、逆に弾き散らすと、何度も打撃を叩き込む。
人間ならば全身の骨が砕けてしまうほどの威力のそれを立て続けに食らい、ヘルメスは怯んだ。
直後、フォウの腕の紋様からの召喚が完了する。
「おいでませ、
「はいっ!」
フォウの指示に従い、素早くハゼルが飛び退く。
刹那、腕から飛び出した数匹の蛇神が、ヘルメスの身体に絡みついて締め上げた。同時に、ヘルメスの体躯から白煙が立ち上る。
浄化の際に起こる蒸発現象だ。
『があああああっ!?』
ヘルメスは悲鳴を上げ、姿を徐々に崩していく。
だが、蛇も姿をガリガリと削られていく。フォウは不利だと判断して蛇に命令して自分の体内へと戻した。
返す動きで、新しい神を召喚する。
「おいでませ、
出現したのは、翼を持つ深紅の犬。
それは赤い殺戮の波動をまき散らしながら、朱鷺姿のヘルメスに突撃した。黒と深紅が衝突し、赤黒い稲妻を周囲にばらまきながら互いに弾かれる。
だが、姿勢を先に取り戻したのはヘルメスで、瞬時に閃光と化して突撃、犬神の翼の片方を切り裂いた。
(あれだけ弱らせてたのに、まだこれだけ抵抗するのか。オリュンポス十二神はさすがに伊達じゃないね)
すぐにフォウは傷ついた神を体内に収納する。
『……――人間風情が、我に挑むか』
さっきの衝突でそれなりにダメージはあったらしい。
言葉を取り戻したヘルメスが、翼を広げながらゆっくりと着地しつつ語りかけてくる。
「挑むというか、穢れを払ってやるだけだよ。あんたほどの上玉は久しぶりだからね」
フォウは不敵に言う。
当然、神にも強さに差異はある。その中でもオリュンポス十二神と言えば、最強クラスに位置する。フォウとしては、是非とも体内に取り込みたい神だった。
『フン。器の分際で、我を使役するために挑むか。不敬にも程がある』
「魂の芯まで穢されておきながら、良く言えたもんだよ。誰のおかげで喋れるくらいにまで浄化したんだかね」
『下らぬ。そもそも人間風情が、我を受け入れられるはずがなかろう』
エルメスの身体から、また黒い闇がじわじわと滲み出てくる。
「まぁ並みの
『貴様なら出来ると? はっ、ならば成し遂げてみせよ。今までそう語った人間は、全員その身をバラバラに砕かれて散っていったがな!』
暴力的な破壊の風が放たれた。
呼吸さえ難しくなるような暴風を浴びつつ、フォウはヘルメスの力量を計っていた。指先や足先から、汚染されていく感覚を覚えた。
神の力は、人間程度では触れるだけで腐食してしまう。
あまりの力に細胞そのものが耐え切れず、魂も簡単に崩壊してしまう。
この汚染は、まさにそれだった。
(これは……どうしようもないね。とっておきを出すしかない。森が一つ消し飛ぶけど……仕方ないね)
フォウは神経を集中させた。
ひゅう、と一陣の風が周囲を凪ぎ、フォウの全身に複雑な紋様が浮かび上がる。
解放されたのは、どこまでも優しく、容赦のない光。
「――解放、《神威》」
さらに光が解放され、自然と魔法陣とは違う幾何学模様がフォウの足元から回転しながら出現し、展開されていく。
呼応して、ハゼルも次の魔法を展開した。
「《自由なる旅人、限りなき風怒の顕現。南より来たりし殲滅の閃光》――
地面の魔法陣が瞬時に上書きされ、清浄結界に雷が加えられる。
フォウは思わずほくそ笑んだ。
(たった半年間で、わっちの狙いを正確に読み取り、サポートをしてくる。やっぱりこの子は天才だよ)
本気で感心しつつ、フォウは更に力を開放していく。
ずき、と、全身が軋むように痛んだが、構うことはない。
『下らんっ!』
ヘルメスがさらに翼をはためかせ、空中に浮く。
フォウはそこを狙った。
「おいでませ。
天候が局地的に変化し、凄まじいばかりの轟音を響かせながら、雷鳴が集結していく。
『――これはっ! 北欧神か! こいつ、こんな神の力を!』
「させないよ?」
ヘルメスが防御結界を展開しようとするが、阻害される。
困惑するようにヘルメスが目を見開くと、自身が叩き潰したはずの三匹の
死と不幸を呼び起こす、雷鳴の黒犬。
その権能はまさに死と不幸を呼び寄せる。その力で、ヘルメスの防御結界の展開を邪魔したのだ。
「単純に攻撃させただけじゃないんだからね?」
『バカな! こんな下級の神に、何故――っ!』
「ひとつ。穢れてるから。ふたつ。三カ月かけて、わっちはあんたを削れるだけ削った。みっつ。今、この清浄結界は、雷を限りなく強化する状態。以上!」
慌てふためくヘルメスに、一本ずつ指を立てながらフォウは解説してやる。
『このっ! なめた真似をっ!』
「いくら穢れで
『――バカなっ! こんなバカなっ! 人間風情が、過ぎたる力にも程がある!』
「そう言われてもね。持った以上は仕方ないよ」
『貴様っ、本当に
「そうだよ。歴代最強の
一回転しながら、フォウは手を掲げる。
刹那、集めに集まった雷が一条の雷鳴を解き放つ。
――瞬光。
音よりも光が周囲に炸裂する。直後、耳を貫き、腹の底まで揺るがし狂わせるような爆音と熱風が周囲を席巻し、森の木々を薙ぎ払っていく。
更に地面は砕かれ、衝撃で地震を起こし、おぞましいほどの熱が草を焦がし、文字通り消し炭にしていった。
まさに、破壊。
最後にまた光が放たれ、視界が染められた。
漂ってきたのは、黒焦げの臭い。
「もう大丈夫だよ。ハゼル」
結界に守られて破壊を免れていたフォウが声をかけると、後ろに隠れていたハゼルがひょこっと顔だけ見せる。可愛い。
「あ、あいかわらずのはかい力ですね……おししょうさま。森がひとつ消しとびましたよ?」
「だからあんまりやりたくなかったんだけどね」
フォウは苦笑する。
周囲を見渡すと、すっかり景色は変貌していて、視界が開けていた。
あちこちから焦げた煙がたちこめ、中には残りかすのように火が上がっている。まさに焦土と言える有様だった。
「あ、あそこですね」
ハゼルが指さすと、ヘルメスはその焦土のど真ん中で倒れ伏していた。
全身はズタボロで、穢れの黒ではなく、焼けて焦げた色で染められている。
『が、かはっ……』
瀕死に近いが、辛うじて息はあった。
フォウはしゃなりと近寄り、その額に指先を触れる。
「じゃあ、わっちの体内においで」
『我を……許容するのか。すでにトールを体内に宿しておき、ながら……?』
「キャパシティなら心配しないでいいよ。桁外れだから」
『生意気、言いおって……』
これは自慢でもなんでもない。事実だ。
一般的な
もはやヘルメスに抵抗する力はない。
ヘルメスは光の粒子となり、フォウの体内に吸収される。
「さて、と。じゃあ行こうか」
「え? いくんですか?」
「じゃないと、騎士団が駆け付けてくるからね。厄介なことになる前にとんずらだよ」
フォウがウインクすると、ハゼルは顔をひきつらせた。
「おししょうさまったら……」
「あ、でもさすがに疲れたからさ、おんぶしてよ、おんぶ」
「はいはい」
呆れるハゼルの背中に、フォウはもたれかかる。
体格差はあるが、ハゼルは難なく背負いあげる。子供とはいえ獣人。すでに鍛え上げられた大人くらいの腕力はあった。
「じゃあいきますよ」
一声かけてからハゼルが一歩踏み出した時だった。
『ちょっと。どこに行こうっていうのよ! よくも私の森を消し炭にしてくれたわねっ!』
甲高い怒りの声がやってきた。
『責任、取ってもらうからね。取らないなら――呪い殺してやるんだから!』
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