第15話 出来損ない、グルメを楽しむ。

 共和国の港に併設された市場は、フォウでも初めて見るくらいの賑わいだった。

 カテゴリとしてなんとなく区分けはあるものの、もはやカオスと呼べるくらいに露店が立ち並んでいる。


 あらゆる食料品はもちろん、工具や武器まで売っている店まであった。


 そんなより取り見取りの中で、イリスはとっておきの店をひとつ紹介していた。

 肉の串焼き。

 しっかりと焼けた肉はそれはそれは美味しそうな色をしていて、日の光をキラキラと反射する脂がしたたっている。

 ひとつひとつが大きく、立ち込める湯気からはたっぷりのスパイスが効いている。


「い、いただきますっ」


 一番にもらったハゼルは、尻尾をぶんぶん振りながら一口。

 じゅわ、と、旨味。びっくりするくらい柔らかくて、瑞々しい。大して力を入れていないのに、あっさりと噛み切れてしまった。

 それなのに決してホロホロではなく、弾力がある。

 むしろガツンとした肉の旨味に脂の甘味が口の中を踊りまくる。スパイスや塩もちゃんと効いているが、肉のほうが強かった。


「お、おいしいっ……」


 涙さえ浮かべながら、ハゼルは感想を口にした。


「そうだろうそうだろう。この肉はウェイン牛のものだ。当然、我らウェイン共和国の特産品なんだぜ」

「へぇ、そうなのかい。どれ、私も……おお、これはたまらないね」

『うひょーっ、こんな美味しいのはじめてだよっ!』


 フォウと精霊も舌鼓を打つ。

 あっという間に一串食べてしまった。だが、すぐに次の串焼きが待っている。


「次はこっち。豚の串焼きだよ。リブロースだから脂多いよ」


 説明されなくても、肉がてりてりだった。

 早速ハゼルが食べる。

 じゅく、と、まるで水のような音。ぷるぷるした肉は、やはりあっさりと噛み切れた。


「あっはーっ、あ、あまいですぅっ」

「うん。確かに。こっちの方が甘さを感じるかもねぇ」

『カロリー爆弾には違いないけどね』

「身体に良い脂だから大丈夫だよ。それに運動したらすぐに消費するし」

『それ、若いから許されるヤツだからね』

「な、なんで怒られてるんだアタシ……」


 イリスが困惑する隣で、精霊はそれでも肉を頬張っていた。美味しいものには勝てない。


「さて、食べながら聞いて欲しいんだ」


 三種類目の串焼きをハゼルに渡しながら、イリスは切り出した。


「うん。そうだったね。厄介なことになってるんだって?」

「ああ。港のはずれに、小さい漁村があるんだけど、そこに穢れた神が現れたんだよ。他の神具女かごめが退治しにいったんだけど、立て続けに失敗してね。で、巡りめぐってアタシに回ってきたんだ」

「強力なのかい?」


 真っ先に問うと、イリスは頭を振った。


「いや、失敗したといっても、神を封印できなかったってだけで、怪我さえほとんどしてない状態なんだ。だから、強力な権能を持ってるわけじゃないと思う。実際、アタシも挑んでるけどピンピンしてるし」

「……ふむ。攻撃性はないってことかい? それは珍しいね」


 フォウは顎を撫でる。

 穢れた神というのは、基本的に生物に対して極めて獰猛だ。穢れをもって命を汚染し、食い散らかす。

 そんな猛威があるからこそ、神具女かごめがいるのだ。


「でも、被害は出てるんだよ。漁村の子どもが連れ去られてる。といっても、三日か四日したら、近くの砂浜や林に寝転がってるんだけどね。外傷とかはないけど、丸二日は寝てから目を覚ます感じだ」

『生命力は吸われてるってことかしらね。具体的に観察してみないと分からないけど』


 精霊の分析に、イリスもフォウも頷く。ハゼルは四本目の串にありつく。話はちゃんと聞いているので、フォウは咎めなかった。


「実害は出てるといえば出てるからね。最初はイタズラかと思ったけど、ちゃんと穢れた神の気配もするんだよ。そこまで強くはないんだけどさ」

「うん? その言い方だと、神とは対峙してないのかい?」

「そうなんだよ」


 イリスは眉根を寄せながら、言葉を少しだけ捜すように口だけを躍らせる。


「なんというかさ、キツネに化かされてるっていうかさ……」

「いるんだけどいない、ってことですか?」


 フォウのフォローに、イリスが頷く。


「ああ、そういう表現が一番近いかもね。間違いなくいるんだけど、掴めないんだ。何より厄介なのが、神を使役するとすぐにどっか逃げちゃうんだよ」

「逃げる? 戦わないで、かい?」

「そうなんだよ。まるで霧が晴れるみたいに、気配が消えていくんだ」

『追いかけなかったの?』

「追いかけようとしたけど、神の気配が混じるっていうか、使役する神の気配で感知できなくなるんだよ」

「相当希薄だね、それは」


 フォウは唸る。

 かなり珍しい事例だ。

 死者が出ないというのもそうだが、神を使役すると消える神、というのは聞いたことがない。穢れた神は獰猛で、畏れることがない。例え力の差があったとしても戦いは挑んでくる。


 それこそ、使役する神が狂気女神リッサのような権能でもない限り不可能だ。


 もちろんイリスも分かっているはずで、そんな神は使っていないだろう。

 だとするなら、相手はどういう穢れた神なのか。

 まったく謎だらけだ。


「とにかく、一度いってみるしかなさそうだね」

「フォウの知識にも該当する神はいないのか?」

「ちょっと聞いたことないさね」


 フォウは返事しつつ、もう一度思い当たる神がいないか思いをはせるが、やはりない。


「じゃあ昼ごはんを済ませたら向かっていいか? もう一ヶ月以上漁村の人たちが苦しんでるんだ。どうにかしてやりたい」

「分かったよ」

「助かる」


 フォウが即答すると、イリスはほっとしたように胸をなでおろす。


『誰かのために、か。ちょっと意外だな』


 疑問を口にしたのは、精霊だった。注目を浴びて、うーん、と腕を組む。


『いや、変な意味じゃないんだよ。だって、神具女かごめって嫌われてるじゃん? それなのに誰かを助けるって、なんだかなって。差別してくる人を助けたいって人間は思うの?』

「嫌われてる? 差別? 何のことを言ってるんだ」


 きょとん、と、イリスは首を傾げる。


「そういや、こっちじゃ嫌悪の視線を感じないね?」

「いわれてみればそうです。なんかここちいいですよね」


 気づいたようにフォウが言うと、ハゼルも同調する。


「王国はどうか知らないけど、うち、っていうか、第二大陸じゃあ神具女かごめは一つの職業として定着してるし、差別の対象でもないぞ?」

「「えっ」」


 二人の声がハモる。


「いや、てっきり序列第一位だから厚遇されてると思ってたんだけど」

「違うってば。そりゃもちろんホテルのスイートなんて、序列第一位でもなければ接待されないけど。でも、虐げられることはないよ。第一大陸って、そういうとこなのか?」

「どっちかというと奴隷扱いさね」

「うわー……マジで引くわ」


 イリスは本気で嫌悪を示していた。

 国によって神具女かごめの扱いが微妙に違うのは知っていたが、それでも第一大陸全体の風潮として、神具女かごめの扱いは悪い。神具女かごめだと判明したら、親子の縁を切るくらいにひどい扱いだ。


 何せ、加護失女かごめと言われているのだから。


 しかし、こちらではそういうのはないらしい。

 風通しが良いのだろうか。


「ま、ウチじゃそういうの一切ないから、もっと堂々としてていいよ」

「そうかい。いや、本当に良いトコにこれたね。追放サマサマだよ」


 もしそうでなければ、今も奴隷扱いだったのだから。


「それじゃ、デザート食べてからいこっか。漁村には夕方に着けば良いんだ。その頃になると穢れた神が観測できるからね」


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