第14話 出来損ない、最強をかけて決闘

 イリスに案内されたのは、ホテルが所有するプライベートビーチの中でもVIP専用のエリアだった。すなわち、スイート宿泊者であるフォウたちのためだけのビーチだ。

 ここなら確かに広く、人気も無い。


 決闘する、という意味でも最適だった。


 気が気じゃないのはアデルだったが、フォウが決闘を快諾したせいで口出しできないでいる。

 そんなアデルの隣で、ハゼルはイリスをじっと見つめていた。


『どうしたの? ハゼル。見とれちゃった? 確かにあのイリスって女、すごくキレーだもんね。でも、フォウだって全然負けてないけど?』

「そうじゃないよ。おししょうさまのがきれいだもん」

『しれっとのろけたわね』

「ボク、おししょうさまいがいの神具女かごめを見るのはじめてだから、ついきになって」

『そうなんだ?』

「ちょっと意外ですね」


 ハゼルの言葉に、精霊とアデルが両方疑問符をつけてきた。


神具女かごめは低級の神なら単独で挑む場合もありますが、基本的にはチームを組んで行動しますからね。王国はどうか分かりませんけど」

「おうこくもおなじ、だと思います。でも、おししょうさまは、ひとりでぜんぶなんとかしちゃうから……」

「なるほど。納得しました」


 アデルは苦笑して頷く。

 神具女かごめが強大な相手に挑むとき、チームを組むのは自分だけでは封印できないからだ。分割して体に取り込み、浄化する作戦をとる。


 だが、フォウには必要がない。


 オリュンポス十二神であるヘルメスでさえ、時間はかかったにせよ単独で体内に封じ込めて使役しているのである。

 規格外なのだ。


「勝負になると良いですね……」

『あんた、ウェイン共和国の偉いさんなんだから、自国の第一位を信じなさいよ』

「いえ、間違いなくイリスは我が国の最強です。実力は本物ですし、私もちゃんと認めていますよ」

『じゃあ見守りなさいよ。私もちょっと興味あるんだよね』


 精霊が促すと、少し間を取って対峙する二人が動いた。


「じゃあ、先制はアタシからいくよっ! 出てきなっ! 狩猟犬神カヴァス!」


 イリスが名を呼ぶと、手の甲の紋様から犬が飛び出す。

 馬ほどのサイズがある気高い金色の犬だ。纏った光は昼前だというのにはっきりと視認できた。

 グルル、と威嚇を受け、フォウは目を細めた。


「へぇ、英雄の犬神かい。確かに強そうだね」

「余裕ぶってると、噛み切られるよっ!」

「分かってるさね。おいでませ、黒死犬ブラックドッグ


 フォウが腕をゆったりと振る。

 黒い稲妻を伴い、漆黒の犬が現れた。赤く、死を思わせる犬神。

 相反する二匹は同時に地面を蹴り、最速で交差した。


 ほとばしる、黒と金の稲妻。


 ほとんど互角のそれは複雑に絡み合い、周囲に破壊を撒き散らしながら消えた。

 だが、体勢を瞬時に取り戻し、再度の攻撃を仕掛けたのは狩猟犬神カヴァスだった。

 刹那の差は大きく、反応をするも鋭い牙の一撃を黒死犬ブラックドッグは顔面に受け、弾き飛ばされて地面に転がった。


「いいよ! その調子だ、やっちまいな!」


 イリスが声を荒げる。

 呼応して、狩猟犬神カヴァスは追撃を仕掛ける。だが、黒死犬ブラックドッグも砂浜を転がりながらも起き上がり、ギロりと睨み返す。

 とたん、狩猟犬神カヴァスの口から黒い靄が吹き出した。


『ぎゃんっ!?』


 強酸でも浴びたように口が溶け、狩猟犬神カヴァスが悲鳴を上げる。

 生まれた隙を黒死犬ブラックドッグは見逃さなかった。

 全身から稲妻を解放し、その全てを容赦なく叩き込む。砂浜の一部を黒く焦がし染める威力の直撃を食らい、狩猟犬神カヴァスはその場に倒れこんだ。


「なっ! ち、ひっこみな!」


 ダメージを確認し、イリスが素早く体内に神を戻す。

 その表情は険しい。


「やってくれるっ! 神としての格はこっちが上だったのに!」

「戦い方も大事ってことさね」

「だったら、圧倒するまで! 出てきなっ! 鬼熊おにぐまっ!」


 イリスが次の神を呼び出す。


「複数の神を呼べるのかい。たいしたもんだね」

「序列第一位をなめるんじゃないよっ!」


 イリスの気合を受け、巨大な黒熊が襲い掛かる。対抗するように黒死犬ブラックドッグが稲妻を放つが、ものともしない。そればかりか、稲妻の中を突っ切り、猛然と突進を繰り出した。

 回避は間に合わない。

 凄まじい風圧を周囲に放つ腕の一撃が、軽々と黒死犬ブラックドッグを殴り飛ばした。


「戻っておいで」


 フォウはすぐに体内へ戻すと、次の神を呼び出す。

 緩やかな動作で腕を振った。


「おいでませ――狂気女神リッサ


 開放されたのは、どろどろしたオーラを纏う女神。

 瞬時にして風が暴風となって荒れ狂い、穏やかな波を打つだけの海が荒れる気配を見せた。

 それだけでなく、対峙する神――鬼熊を怯えさせる。


「……なっ」


 睨まれただけで戦闘不能になってしまった。

 悟ったイリスは即座に神を戻すが、そのまま動けなくなってしまう。


 狂気女神リッサの権能だ。


 全身から放つ狂気性で動物の精神を異常状態に陥れる力があり、格下であれば動物神でさえ恐怖で動けなくさせる。

 そのまま同士討ちはもちろん、洗脳状態にまで持っていける神だ。


「こんな切り札っ……!」

「切り札じゃあないんだけど、イリス。お前さんには特攻だろうと思ってね」


 余裕の笑みを浮かべながら、フォウは言う。


「動物神と相性が良いんだろう? だから何柱もの神を所有していられるのさ」

「もう見抜いたっていうの?」

「二柱も見れば十分さ。器量、傾向。全部ね。ま、あとどれくらいの神を保有しているかはカンだけどね」


 涼しくとんでもない発言をぶつけられ、イリスはその場に膝を折った。


「負けた。私の負けだよ。だからその神を引っ込めてちょうだい。さっきから身体にいる神々が怯えきってるんだ」

「分かったよ。戻っておいで」


 降参を受け入れ、フォウは神を元に戻す。

 周囲に静けさが戻ってきた。


「す、すごい……あんな制圧の仕方があるなんて」


 呆気に取られていたアデルが言葉を漏らす。


『たった二柱の神を見ただけで、あそこまで分かるものなの?』

「おししょうさまは、あいての紋様をみるだけで、だいたいのすいさつをしますから」


 ハゼルが自分の腕に刻まれた紋様を見せつつ言う。

 神具女かごめは神を宿す際、身体に刻まれた紋様を浮かび上がらせる。これは千差万別で、同じ紋様を持つ者の方が少ない。


 フォウは、その紋様の分析が可能だ。


 これは唯一無二といえるくらいの能力だ。ハゼルでは紋様はわかっても、どう分析すれば良いかさえ分からないのだ。

 彼女自身のありえない強さのひとつである。


『はー……さすが最強ね』


 精霊も感嘆するしかない様子だ。


「バケモノってレベルじゃないね。アタシじゃあ手も足も出ないよ」

「ものわかりの良い人で良かったよ。それだけで十分強いさね」

「あんた。人によったらそれイヤミだからね?」


 フォウの差し出した手をとりながら、イリスは苦笑する。


「それでは、これにて決闘は終了ですね。イリス」

「ああ。分かってるよ。序列第一位は譲る。ここまで圧倒されたら言い訳も何もないからね」


 アデルに頷きかけ、イリスは答えた。そして胸についていた証を、フォウに渡す。


「序列第一位を示す証だ。大事にしなよ」

「なるほどね。分かった。大事にするよ」


 フォウはしっかりと両手で受け取り、胸に取り付ける。

 すると、イリスは人懐っこい、無邪気な笑顔になった。


「似合ってるな!」

「ありがとうね。さて、そろそろお腹が空いてきたね。ハゼル。お昼にしようか」


 お昼。

 そのキーワードを耳にしたとたん、ハゼルは尻尾を立てにピンと伸ばした。


「ほんとうですか! おししょうさまっ!」


 全力で駆け寄り、ハゼルはフォウにしがみつく。


「ああ、本当だよ。港の露店にいこう」

「じゃあアタシが案内してやるよ。アデルじゃ目立って目立って仕方ないからさ」


 案内役をイリスが買って出る。アデルは無言で手を合わせて謝意を示した。


「分かりました。フロントの方には私から伝えておきます。それと、無礼を承知で申し上げるのですが、私はこれから仕事がありますので、このあたりで一度失礼します」

「そうだね。七執政をいつまでも引き止めておくのはまずいからね。ありがとう、アデル。迎え入れてくれて感謝するよ」

「いえ、感謝はこちらの方です。非常に心強い味方ができました。それでは」


 本当に急いでいるらしく、アデルは貴族式の一礼を済ませると足早にホテルへと戻っていった。

 アデルを見送ってから、イリスを先頭に市場へ向かう。


「それじゃ、とっておきのグルメを教えてやるよ。積もる話もあるしさ」

「積もる話?」

「そ。ちょーっと厄介な依頼が来ててね、協会に。アタシも頭を悩ませてたんだ。だからそれに関しての話。っていうか相談?」


 つまるところ、それは厄介な穢れた神がいるという示唆だ。


「仕事熱心だね。いいよ。歩きながら聞こう」


 フォウは苦笑しながら返事をした。

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