第31話 出来損ないの怒り
二〇分。いや、十五分でいい。わっちに全力を出させてくれ。
フォウはそうユーリエに願った。
それが何を意味するのか。誰よりもフォウは知っている。だからだろう、何かを言いかけたユーリエはそっと頷いてくれた。
遠くから戦況は眺めていた。
そして、今ここで介入しなければ意味がないと悟った。
フェイスと
(わっちは、果報者だよ、本当に)
困ったとき、フォウはいつでも助けられてきた。
だから、恩返しはここでしなければならない。
(わっちの残り少ない命――今、ここで果たすべきだ)
フォウはゆっくりと目を閉じる。まぶたに移ったのは、在りし日の愛すべき人たちと、師匠だった。
あっけらかんとしていて、何でもできて、優しくて、強くて。
自分が知る中で、最強の存在。
(お師匠。もうすぐそこに行きますから。身体を、こんなにボロボロにしちゃったけど、返しにいきますから。だから、後少しだけでいい。わっちに力をください)
施術が行われ、フォウの身体は驚くくらい軽くなった。
全盛期さえ上回る調子の良さだ。
「本当に、全力を出せるのは十五分が限界ですよ」
「十分すぎるさね」
フォウは、不敵に笑む。
◇ ◇ ◇
誰よりも何よりも、フォウは弟子を助けたかった。
もちろん戦況的に見て、一番危険だと判断したのもある。
だからフォウは駆け付けた。
最速で、最短で。
ゆらりと花魁の着物を翻しながら、フォウはハゼルの前に立つ。
「おししょう、さま……っ!」
ハゼルの泣きそうなか細い声だ。あの時と同じようだった。
それ故に、フォウの怒りは凄まじい。
柔らかな笑顔をハゼルに向けてから、凄絶な表情で
「覚悟はできてるね?
「……なんの覚悟かな?」
「地獄に落ちる覚悟だよ。わっちの弟子を、仲間をこんな目にあわせて、わっちをここまで怒らせておいて、タダで済むと思わないことだね!」
フォウが猛る。
「おいでませ――エーギル!
腕の一振りで、神を二柱同時に呼び出す。
出現した女神は即座に周囲一帯に尋常ではない威圧を放ち、
「これは……この威力はっ!」
驚愕する声が終わらないうちに大波が押し寄せてきた。海が巨大な海神をかたどり、さらに次々と下僕たちが出現、一気に動けない
あちこちで悲鳴が上がる中、フォウはさらに神を呼び出す。
「あんた、絶望が好きなんだって? だったらそこで見てな。じっとね。わっちが、あんたの計画の全てをひっくり返すところをね! おいでませ――
宣言の直後、白い蛇が
強烈に締め上げられ、
「なっ……ちから、が……! 出ない……!?」
「その蛇神はね、豊穣をもたらす神でもあるのさ。あんたの神としての力の源は負であったり瘴気であったりするんだろ? それと正反対の力を付与すれば、必然的にあんたは力を失う」
「フォウっ……!」
「そしてそれを跳ね除ける力はあんたにはない。そもそも神の格が違う上に、あんたも力を消耗しているからね。
フォウの分析は続く。
「現に、自分自身へ向けられる憎悪や絶望を増幅させて、力を保っているからね」
「そこまで見抜いてたのかい……恐ろしい女だね」
「どうとでも言ってくれて構わないよ。あんたにはわっちの師を殺した恨みもあるし、こうしてハゼルや仲間を甚振ってくれた恨みもあるしね。執念であんたをどうにかしてやるつもりだよ」
フォウは淡々と言ってから、指を鳴らす。
目標は、クラーケンだ。
即座にフォウはまた腕を振るう。
ふわり、と、艶やかなベールが宙に舞ったかと思うと、美青年が空を走っていった。
「おいでませ――ヘルメス!」
柔らかいのに、音さえ超えてヘルメスはクラーケンどもの周囲を飛び回り、一瞬で同士討ちを始めさせる。
艦隊からはがされ、海でクラーケンどもが互いに絡みついて荒れ狂う中、エーギルがそこに乱入していく。膨大な海の波で、クラーケンを飲み込み、下僕どもと一緒に海底へ連れていく。
やがて、クラーケンのおぞましい血が海面に浮かび上がってきた。
その間に、フォウは
目標はすぐに見つかった。
フォウは即座に暴風を荒れ狂わせ、船に乗っていたフェイスを空中にさらいあげる。
「なっ……!」
「久しぶりだね、フェイス」
風に翻弄されるだけ翻弄されていたフェイスに、フォウは接近して声をかける。
素早くフェイスは懐からナイフを取り出して投げつけてくるが、風の壁であっさりと叩き落とされた。
「フォウ……!」
「最強の出来損ないが、あんたの全部を台無しにしにきてやったよ。喜びな」
「ふざけるな! 何故今更、ここに!」
「そりゃあ、あんた。わっちは今、ウェイン共和国の
さも当然のように言うと、フェイスは絶句する。
「王国のかつての支配領地を復活させるために、世界そのものへの復讐を画策してる
「出来損ないが、口を開くな!」
「開くとも。あんたらの勝手なエゴで命を散らせていった子らのためにも、あんたらの下らない目的はここで全部砕け散ってもらう!」
「出来損ないが、口を開くなと!」
フェイスがかみつくように吠え、全身を膨れ上がらせる。だが、フォウは一切怯むことはない。
「神になりそこねた出来損ないが、わっちを出来損ないと蔑むんじゃないよ! 知ってるんだからね。その肉体! あんたの出自! 王族から抹消された第二王子だろう!」
ズバリ指摘を食らい、フェイスは窒息したように絶句した。
「己の限界を超えるためにヒトの枠から外れた結果、神にも人間にもなれない、半端な存在になった!」
「——……っ!」
「結果、王族から除け者にされて、今の地位に立ったこと! あんたの目的は支配領地の復活と共に、あんた自身が王国を乗っ取るつもりなんだろう! そんなもののために他人を巻き込むんじゃないよっ! 地獄に落ちなっ!
一気にまくしたて、フォウは神を呼び出す。死の不幸を呼び寄せる黒い犬が、稲妻を纏ってフェイスに突撃、その胸を大きく切り裂いた。
クロスに抉られた傷から、大量の血が飛び出す。
「ぐああっ!」
さらにトドメとばかりに繰り出された暴風に巻き込まれ、フェイスはバラバラになりながら海へと落下していった。
見送ることさえせず、フォウは《フィフス》のもとへ向かう。ただの殺戮マシーンと化した黒い肢体は、ひたすらに地上へと歩を進めていた。
艦隊が持ち直し、魔術支援を再開しているが、そのペースは止められていない。地上からの迎撃もままならないからだ。
(周辺の魔力枯渇が酷いね……このままじゃあ危険だ)
魔力による汚染も懸念される事態だ。
フォウは敢えて自分の存在を誇示するように飛び回りつつ──味方からの攻撃の巻き添えにならないためだ──、《フィフス》へ接近する。
近寄ることさえ忌避したくなりそうな穢れが周囲に漂っていた。
──穢れ。
それは、世界による神の拒絶。
単独で世界に莫大な影響を与える力を保有していながら、傲慢で、自分勝手で。そしていつからか、自分こそが世界の創造主なのだと謳い始め、戦争が始まった。神の息吹一つで嵐が起こり、津波が起こり、地震が起こり、火の海になり。
だから世界は、神を拒絶した。
その結果、生まれたのがこの世界だ。
故に、穢れた神は神の罪そのものである。しかし、その穢れで世界をまた危機に陥れている。
「どうしようもない神々だね」
とはいえ、今回は人間側も十分悪い。今、目の前にしているのは神でありながら、人間の愚かな業だ。
だからこそ、フォウは思う。
人間がキッチリとカタをつけるべきなのだと。
フォウは穢れを払いながら、フィフスの前に立つ。じっと凝視して対峙して、フォウはその正体に気付いた。
「あんた――ファウストかい」
驚いてから、顔を引き締める。
フィフス。
おぞましい数の加護によって封じられた神を宿す、人間。その外骨格は希少な魔導金属で覆われていて、姿は一切見えない。だが、伝わってくる魂の波動で、フォウは気づいた。
――かつて、同じ実験場で地獄を味わいながらも生き残った四人。
行方知らずになっていた、四人の中でも最後の一人。
それが、ファウスト。
「まさか、コアにさせられてたとはね」
ちくり、と心が痛んだ。
あの地獄まみれの実験場で、唯一会話していた人物だ。交流していた時間は短いが、思い入れはある。
同時に怒りも膨れ上がってくる。ここまで非道な真似をする連中に。とはいえ、主犯格はもう海の藻屑だが。
「仕方ないね。同じ出身のよしみだよ。わっちが引導を渡してやるさ」
それしか、はなむけにならないのをフォウは知っている。
ほんの少しの感傷を覗かせて、フォウは告げてから構えた。同時に、フィフス――ファウストも構える。
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