第30話 熾烈なる海岸防衛戦線 3
クラーケンの巨大な足が、軍艦の甲板に叩きつけられる。
かなり頑強な造りになっているはずだが、凄まじい暴力に負けて破壊されていく。
そこへ魔法が次々と叩き込まれるが、ほとんど傷がつかない。
「――ダメです、完全に取りつかれました! 二番艦、四番艦、轟沈っ! 続いて五番艦も! 三番艦は大破っ! 戦線が維持できません!」
「三番艦の退避を援護しつつ艦砲のゼロ距離射撃を行う! および物理攻撃で引きはがせ! 弓で攻撃だ! 目を狙えっ!」
「さ、左舷よりもう一体のクラーケン出現――!」
「近寄らせるな! 魔導エンジンはどうなっているか!」
「すでに全力で運転中です!」
「艦砲射撃、開始っ!」
砲門が開き、大砲を次々と撃ちこむ。轟音が何回も響き渡るが、クラーケンはびくともしない。むしろ、こちらの砲門が痛む始末だった。
艦長は次々と入ってくる最悪の報せに顔を歪め、ヘッドレストを殴りつけた。
「くそっ! 怪物どもめ……! 総員に退避命令、同時に三番艦に指揮権を移譲する! いいか、本艦は囮になる! このままバケモノを張り付かせて足止めしろっ!」
「そ、そんなっ……」
「助かりたければすぐにでも海へ飛び込め!」
覚悟を決めた発言の直後、軍艦が大きく傾く。
クラーケンが乗り上げてきていた。
如何に軍艦と言えど、あの巨体は支えられない。
「だ、第二マストが破損……――いや、へし折られますっ!」
「足場が保てません! 迎撃不可能ですっ!」
言われるまでもなく、軍艦がまた激しく揺さぶられる。
二匹目にも取りつかれたのは、感覚で分かった。
もはやまともに立つことさえ叶わない。誰もが絶望に染め上げられ、泣き叫ぶものもいる中で、艦長は覚悟を決める。
「もう報告などいらんっ! 貴様らの避難が最優先だ! とにかく海へ飛び込め、僅かでも助かる可能性にかけろ!」
「艦長はどうなさるおつもりですか!?」
「クラーケンが乗り込んできたのであれば、むしろ好機だ! このまま魔導エンジンを逆流させて自爆する!」
「そんな……!」
「だから、いいから貴様らは逃げろっ! 巻き込むぞっ!」
「……っ!」
艦長の激に、船員たちが次々と退避していく。
それを背中にしつつ艦長はコンソールに移動し、魔導エンジンの出力を触る。
「こう見えても、叩き上げの艦長なんでな。船の構造はこれでもかってくらい熟知してるんだ」
きゅぃぃぃい、と、高鳴る音。
船では二匹のクラーケンが荒れ狂っている。第一マストもへし折られ、あちこちで破損が凄まじく浸水が始まっていた。
この船はもう沈没する。
だからこそ。
ここで犬死するわけにはいかなかった。
今回の戦いが、ウェイン共和国の運命を左右することを艦長は痛いくらいに理解していた。
「この命、ただでくれてやるわけにはいかんぞ、怪物どもおおおおお――――っ!!」
魂の咆哮。
魔導エンジンの逆流が始まり、一気に過負荷が増大していく。
船員がどうか無事に逃げられていることを祈りながら、艦長は光に包まれた。
――爆轟。
海面が激しく揺られ、凄まじい爆発が周囲に衝撃となって襲う。
クラーケンもまともに食らい、身体中をズタズタにされ、青い血をまき散らしながら船と一緒に沈んでいった。
◇ ◇ ◇
クラーケンどもと艦隊の激戦は、第一艦隊壊滅の報せとしてすぐにアデルの元へ報告された。
クラーケン二体を道連れにしたとはいえ、あまりに大きい損害だった。しかも、海にはまだ十体も存在している。
「すでに全艦隊が出撃しています!」
「隣港に呼び寄せていた予備戦力を投入する! 第一艦隊の穴を埋めろ! 及び全艦隊にクラーケンへの対処を最優先、取りつかせないように立ち回れ! 遠距離からの弾幕を中心に、魔術は結界展開中心、魔術による攻撃は通じない! 精密射撃で弱点の目を狙えっ! 単体で挑むな、艦隊戦術を駆使せよっ!」
アデルがすかさず命令を下す。
完全に予想外だった。否、可能性としては考慮していたが、ここまでの数が出てくるとは思っていなかった。
思わず歯軋りしてしまう。
「《フィフス》の進撃を確認っ! 進んできています!」
「ダメです、我らの魔術だけでは動きを鈍くさせるしかできませんっ!」
「魔術による弾幕を一割強化! フル稼働させろ!」
「敵に高魔力反応! 来ますっ!」
「防げっ!」
アデルの命令に呼応し、膨大な防御魔術結界が展開される。
直後、閃光が解放され、海を蒸発させながら壁を次々とぶち破って迫ってくる。
ビリビリと衝撃が伝わってくる中、反撃も始まる。
(まずい……予想以上に損耗が激しい!)
魔術師たちを次々と入れ替えて攻撃及び防御を展開させているが、徐々にそのペースが落ちてきている。
それだけ、魔術師たちに想定以上の疲労が蓄積している証拠だった。原因はただ一つ。《フィフス》が予想以上に強力だった。
とはいえ、泣き言は吐いていられない。
今、この場に揃えた戦力が最大なのだ。
それでやりくりするしかない。粘るしかない。もとより不利は承知なのだ。
(このまま、時間切れを待つしかない)
焦れる心を律しながら、アデルは前を睨みつける。
増幅させた魔術攻撃により、《フィフス》の進撃は弱まった。だが、海面のあちこちで戦闘が始まっていて、艦隊が苦戦を強いられている。
抜本的な救援が必要なのだが、手がない。
(キーマンは、ハゼルさんたちだ。あの方々が神を倒してくれる以外に突破口が見つからない!)
ふがいないと思いながらも、アデルは命令を次々と下していく。
二射、三射と閃光をやり過ごしながら、時間だけがジリジリと過ぎていく。
「敵に高魔力反応っ! さっきよりも感覚が短いっ!」
「防げっ!!」
叫ぶと、防御結界が展開される。
だが、間に合わなかった。
閃光が激突し、周囲に地震のような揺れを与えながら拡散していく。閃光は次々と壁をぶちやぶりながらも婉曲し、アデルたちがいる魔術師たちの集団ではなく、漁村でも奥の方にある森に着弾した。
――きゅどおっ!
直後、猛爆が起こった。
目も開けられない衝撃波が襲ってくる中、森は一瞬で消滅し、さらに火の手を周囲にばらまいていた。
(なんて威力――っ!)
戦慄していると、恐ろしい報告がやってきた。
「報告っ! 今の砲撃で、魔力収集源の一つである森が消滅っ! 精霊からの魔力供給が削られます!」
「なっ」
「今の魔術行使レベルを維持できませんっ!」
アデルは衝撃に絶句した。分かっているかのように、《フィフス》の進撃が早まった。上陸を許せば、負けは必須。
(しまった、やられた! 万事休すか――)
絶望が、始まる。
◇ ◇ ◇
荒い吐息。
剣が閃き、稲妻が炸裂し。犬神は岩礁に叩きつけられてから霧散した。
「これで……最後……!」
ハゼルは大きく息を吸い込み、残った最後の一人――
精神汚染の影響は残っているせいで、まだ足元が少しおぼつかないが、これだけのメンツがいれば倒すことは可能なはずだ。
「ははは、素晴らしい。幼獣とはいえ、これだけの
圧倒的不利にも関わらず、
不快感を露わにしつつ、ハゼルは間合いを詰める。
(コイツを倒せば……‼)
意識を高めると、嘲笑うように
じく。
じくじく。じくじくじく。
不気味な泡立つ音を出しながら、岩礁からまた闇が大量に生まれる。
見る間にそれらは、
「なっ……!」
それも、さっきよりも数が明らかに多い。
全員で驚愕していると、
「あははははっ! 一回だけしか呼び出せないなんて、言った覚えはないんだけどなぁ! 面白い反応だね、あはははっ!」
「性格悪すぎるわよ、あんた……!」
挑発に乗せられて、さくらが激高する。
凄まじい威圧に足元の岩礁が弾けるが、
「ああ、そうだね。ボクは絶望を見るのが好きだから。さて、結構疲労しているみたいだけど、この攻撃――捌ききれるかな?」
ドス黒い笑顔の直後、
素早くアラクがまた眷属を呼び出し、さくらが暴れ狂うように向かっていくが、そこに静かな金切り声が響き渡った。
「これは――
ハゼルが遠くを見ると、小さい岩礁に三匹の翼を持った人魚――
——二重の精神汚染。
全員の動きが明らかに鈍った。
『まずい、そろそろ魔力が集められなくなってきてる』
精霊の声も弱い。それでもハゼルはあきらめない。獣人化させ、飛び掛かってくる一匹を拳で岩礁に叩きつけた。
イリスも懸命に剣で迎撃するが、波状攻撃に防戦一方だった。
「くそっ、このままじゃ……!」
反撃を繰り出すが、剣が空を切る。動きが鈍くなっているだけ、で説明できない動きの素早さだ。
「まずい、わね……動きが読まれてる?」
「うっとうし過ぎるし! こいつら、毒が効かなくなってるし!」
さくらとアラクの言葉に、
「ああ、もちろん君たちの戦いを分析して、フィードバックさせてもらっているよ? 当然じゃないか。この程度で躓くわけにはいかないからね」
またもたらされる、絶望。
「君たち穢れを知らない神や脆弱な種族じゃあ分からないだろうね。穢されるという苦痛を。悲しみを。世界に対する憎悪と失望を」
悪くなる足場と状況、苛烈な攻撃。
「ボクは許せないんだ。だからボクは世界への復讐を完遂する。いきなりボクらを穢れで汚染した世界に見せつけてやるのさ。ボクを拒絶した代償にもたらされる、最悪の絶望と恐怖をね! 世界がボクらを穢してまで作りたかった世界を、その世界に住む全ての命を滅ぼすことで!」
ふと、手が天に掲げられる。
「ボクの最後の権能を特別に見せてあげよう。——炸裂せよ、痛みども」
——どくん。
鈍い音。
直後、ハゼルたちの全員におびただしい数の傷が生まれ、血が飛び出した。
「————っ!?」
突如として襲ってきた激痛に、全員がその場で膝を屈した。
「な、なにが……!?」
「ボクはね、ボクに与えられた痛みを返すことができるんだ。
また、哄笑。
「あはははぁ、愚かだね、馬鹿だね、阿呆だね! ボクに戦いを挑んだ時点でキミたちは終わりだったんだよ! ボクの戦術は痛みの分かち合いだからね。でも、ボクは負けない。ボクはその痛みを分かち合わない」
ゆらり、と、異様なまでに身体を傾け、
「さぁ、君たちの将来を食べさせておくれ。まずはハゼル。君からだ」
ダメージを負ったハゼルに、
「「「ハゼルっ!」」」
全員が、ハゼルを庇うように動いた。
だが、次々と苛烈な攻撃に晒されて倒れていく。
「さくらさん! アラク姉さん! イリスさん!」
悲痛の声をあげてハゼルは起き上がろうとするが、痛みで動けない。
血だまりが、岩礁にしみこんでいた。
「あははは、あは、あははははぁあ! 美しい、美しいね! でも無様だ滑稽だ醜悪だぁ! いひひひひっ!」
「くっ……
全身を焼き尽くすかのような怒りの中、ハゼルは痛みを忘れて起き上がる。
だが、左右から
「かはっ」
血が、口から漏れる。危険な色だった。
(そんな……ボクは、ボクは……おししょう、さま……)
いやだ。イヤだいやだイヤだ。
こんなところで全部が終わるなんてイヤだ。
ハゼルは守りたかっただけだ。フォウを、そして仲間たちを。それさえも叶わない小さい自分が嫌になる。
フォウのようになりたい。でも、なれない。
悔しい、悲しい、辛い。
「おししょう、さまっ……!」
絞りだした、声。
「呼んだかい、ハゼル」
その声に、頼もしい声が返事をした。
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