第29話 熾烈なる海岸防衛戦線 2
二柱の神が同時に地面を蹴る。
目で追いきれない速度で、
「——ちっ」
明確に舌打ちし、
反射的だろう、笛を光らせて構え、糸をそこに集約させる。
「——落ちなっ!」
アラクは強引に糸を引っ張り、
そこへ、
「ごるああぁああっ!」
猛獣でさえ逃げ出すようながなり声で、さくらが拳を繰り出す。
すかさず起き上がった
アラクが糸を岩礁にも張り巡らせていたのだ。
粘り気の強い蜘蛛の糸に足を取られ、動きが鈍る。
ぶおん、と空気が何重にも唸り、剛腕が
険しい表情で
「どっせぇいっ!」
さらに追撃が顔面をとらえるが、
「ふぅ。危ない危ない」
少し離れた岩礁の上で、
破壊された腕をぷらぷらさせているが、すぐに淡い光を纏って修復する。
「変わり身が間に合ってよかった」
さくらとアラクが同時に睨みつける。
威圧がまともに伝播するが、
軽やかに笛を回転させて口元に持って来る。
「まったく。そんな切り札を持っていたなんてびっくりだよ。神による物理攻撃がボクの弱点だって知ってて用意したの? だとしたら恐怖だね、ああ、怖い怖い」
「ちっとも怯えているようには見えないんだけど?」
「そんなことはないさ。震え上がりすぎて脳みそが縮みそうだ」
「白々しいわね」
さくらは吐き捨てるように言ってから構える。
「白々しい? 心外だなぁ。キミは嘘を見抜く権能を持っているはずだろ? だったらボクに試してみればいいじゃないか。怖がってるってサ」
「そうやって心を見せて、あたしを動揺させるつもりでしょ? 狂った神が良くやる手段ね」
「……驚いた。若い
「若い? あら嬉しいね。でもこう見えても《穢れの日》を経験してるよ。あたしはね」
野蛮に笑い返し、間合いを詰めていく。
即座に飛び掛からないのは、何か仕掛けてくるつもりだととっくに見抜いているからだ。
じわりとした間合いの詰め方に、
「ふーん。ますますやりにくいね。でもまぁ、関係ないか。どのみち殺すんだからね」
「強い言葉使うのね。大丈夫かしら?」
「問題ないさ。穢れなかった君たちには分からないだろうからね。この苦しみは」
空っぽの笑顔を浮かべて、
奏でられたのは、不協和音。
同時に、岩礁から黒いぬめりのような何かが大量に出現し、次々と獣と化していく。さっきのヒトのような何か、ではない。
体毛も目も牙もある、れっきとした魔獣だった。
「これは――!?」
「さっきのモドキとは次元が違うぞ、気をつけろハゼル」
さっとハゼルに近寄って、イリスは警戒を口にする。
さくらとアラクも同じだった。ぴりぴりと空気を張りつめさせながら構えた。
「ふふふ、気付いたかい」
「ボクの権能は神隠しと幼きものが持つ加護の簒奪。あとはこの声と音による精神汚染と洗脳くらいだ。正直、どれ一つを取ってしても、完全上位互換の能力を持つ神はいる。君たち強力な神からすれば、ちゃちい能力かもしれないね」
聞くに堪えない声での語りは、どこか空虚だ。
それを聞いてか、魔獣どもがグルルと威嚇で唸る。毛を逆立たせ、威圧を放つ。
一気に周囲が不穏な空気に包まれる。
「でも、それらを組み合わせれば、何が出来るかな、という話だよ。条件さえ揃えば、ボクは神でも操れるんだ」
「
「幼獣とはいえ、神殺しの魔神だよ。君たちでどうにかなるといいね!」
イリスの言葉に挑発を被せ、
直後、最初に動いたのはアラクだった。
「数で押してくるってんなら、こっちも数集めればいいだけだし。あんたたち! 出番だよっ!」
アラクは号令を下すと、地面から次々と蜘蛛の眷属が現れる。
蜘蛛たちは暴走するように駆け回り、迫ってくる
「へぇ! おっと!」
面白そうに笑う
さくらは追撃の構えを見せるが、左右から犬神が飛びついてくる。
小さくとも、見せる牙は凶悪そのものだ。
「チビ助が、あたしに挑むなんて一〇〇〇年早い!」
さくらは一歩だけ後ろに下がって挟撃を回避すると、二匹の犬神の後頭部を掴んで互いの頭部を激突させる。
ごしゃ。と、頭蓋の砕ける音。
さらに猛毒をしみこませ、さくらは犬神を蒸発させる。
「覚悟することね! 乙女を怒らせると怖いんだから!」
「……キミを乙女と呼ぶのは結構憚られると思うんだけど……まぁ構わないか。これだけの数、対処しきれるかな!?」
すかさずハゼルが精霊から魔力を大量に借り受ける。
「《来たれ、命の知恵の源よ。轟き吼えよ、獅子の怒りとなれ》――
ごう、と火炎が渦を巻いて猛り、ハゼルに迫った犬神を二匹焼き払う。そんな炎の合間を縫うように犬神が飛び出してくるが、即座にイリスが割って入った。
手に持った剣を閃かせ、鮮やかに斬り飛ばすと
ほとんどアイコンタクトだけでの連携だった。
さらにイリスは前方の障害となる
ハゼルはすでに意識を高めていた。
「《天空の雷鳴、激甚の刹那――響け》っ!
放たれた雷撃は、容赦なく
瞬時に気付いた
「怖い怖い。殺意が高いね? 子供のくせに」
「……ゆるせないから。ボクは、おまえをゆるせない! おししょうさまをきずつけた、おまえをっ!」
「――ふーん。ずいぶんと強い言葉を言ってくれるじゃないの。ちょっと優位だからって調子に乗ってるんじゃない?」
「ボクは将来を奪う神。君たちに絶望を教えてあげよう!」
宣言するなり、
それは想像を絶する不快な音で、周囲に異様な気配を放った。
――精神汚染。
本能的に理解したと同時に、精霊がハゼルの周囲を飛び回る。
それだけで幾らか気分はマシになったが、ダメージは避けられない。眩暈に襲われたかのように動きが鈍る。
(――しまった。この汚染環境下では、私が出られない――)
抵抗するように立つハゼルに、内側からライコウが焦燥の声を出した。思わずハゼルは目を大きくさせた。
ライコウは、この状況を突破できる切り札だった。
それを防がれたのは、あまりにも大きい。
(なんとかして、あの汚染を――)
ハゼルは頷く。
即座に妨害へ動くが、激しく海面が蠢いた。
「これは――!?」
遠くの先、軍艦がいるあたりの海面が轟き、巨大な怪物が何匹も姿を見せる。
「クラーケン!?」
「へぇ、全部で十二匹か。ずいぶん頑張ったね、フェイスは」
驚くハゼルたちを他所に、
クラーケンは海を縦横無尽に荒らしながら、軍艦へと襲いかかる。それまで《フィフス》に砲撃を集中させていた軍艦たちが一斉にクラーケンを狙うが、ほとんど効果がない。
戦況が、一気に傾く。
「さぁて、どうするのかな? 助けに入る? ああでも、君たちのうち一人でも抜けたらボクを抑えられないよ? すぐにでも地上に向けてこの幼獣たちを差し向けるし、ボク自身も攻撃を仕掛ける」
明らかに面白がっていた。
「助けたければ、ボクを殺すしかないよ。それも、可及的速やかに、ね?」
「――どこまでもふざけたことをっ!」
「ああ、楽しい、楽しいね。絶望を奏でる音だ」
ハゼルの怒りをぶつけられてもなお、
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