第28話 熾烈なる海岸防衛戦線
海が凪ぐ。
まさに嵐の前の静けさだった。そこに、船が現れる。簡単な造りの木船だが、熟練した魔力を放っていた。あらゆる防御結界が展開されているからだろう。
さらに、乗っているのは全員黒装束で、強い魔力を内包していた。
掲げているのは、ウェイン共和国解放戦線の旗。
単なるカモフラージュでしかない。王国が攻めてきたわけではないという、王国の詭弁じみた策略だろう。
その船はゆっくりと進んでくる。
戦火。
船から閃光が放たれる。それは巨大な光の渦で、海面を蒸発させながら直進――南端港から徒歩で二時間程度離れたくらいの、漁村を狙っていた。
膨大な破壊は、過たず小さな木製の港へ突き進む。
刹那。
突如として複雑な幾何学模様の刻まれた魔法陣が生まれ、大小関わらず何重にも展開し、歯車のように絡み合いながら回転。多重防御壁を生み出した。
衝撃で視界が真っ白になり、遅れて爆音がやってくる。
おぞましい程の破壊力が防御壁の一枚目を貫いた。即座に二枚目の盾がせき止めるが、ガラスのように砕け散っていく。
それを幾つも繰り返し、閃光は徐々に勢いを失っていく。
やがて海岸にたどり着くころには、もうすっかり破壊力を失っていた。
最後の壁が、閃光を完全に無力化させる。
小さな漁村に、ざわめきが生まれた。
「に、二十三連の最高防御結界が……ここまで破られたとは……」
「圧倒されている余裕はありませんよ! 防御班、次の結界展開準備! 迎撃班、最大展開用意! カウント開始! 全艦出航、砲撃用意! 地上迎撃開始!」
驚愕するフード姿の老人に、アデルは矢継ぎ早に指示を下していく。
慌ただしく動き出す陣営を見ながら、アデルは海の先――姿を見せた《フィフス》
を睨みつけた。
「残念でした。南端港を襲うふりを見せて、この漁村へやってくるのは読めてましたよ」
この漁村は小規模ながらも港を構えていて、それでいて南端港にもほど近い。しかも南端港は海からの防衛力は高いが、地上からの攻撃に対する防衛力は高くなく、特に漁村がある側からは弱い。
敵ならば、確実にその弱点を狙ってくるだろうとは簡単に予測がついた。
また光が煌めく。
直後、防御結界が展開されていく。さっきよりも分厚い。
同時に、左右から迎撃班の魔術が発動し、炎の雨を次々と降らせる。
(フォウ様の予測が正しければ、あれは魔導金属を纏った神そのもの。それは、神を加護で制御するための拘束具であり、核である人間を守るため)
まるで重爆撃のように海面が爆裂して柱を生む。それでも閃光は解き放たれ、防御結界に直撃した。
眩い光が周囲を包む。
(だから、魔法による直接的なダメージはほとんど期待できない。でも――相手を消耗させることは出来る)
真正面から衝突して、勝てる確率は低い。
だが、相手には活動限界がある。それまで粘り切るのが、今回の作戦だ。
そのためには膨大な人員だけでなく、魔力も必要だ。ここまで大規模な魔術行使を維持しようとすれば、ものの十分で周囲の魔力は枯渇してしまう。
アデルは、その問題を精霊で解決した。
ハゼルとユーリエの純精霊に協力を仰ぎ、精霊たちを集めたのだ。これにはハゼルの神たちも協力してくれて、相当数が集まっている。
人員も可能な限り集めていて、帝国からの援軍も少なくない。
(準備はこれ以上ないくらい整えた。あとは、踏ん張るのみ)
アデルは神経を集中させる。
これだけの人員を的確に動かして初めて、この作戦は成功する。そのカギは、指揮官であるアデルが握っていた。
「防御結界、二十四番まで破損! 出力の上昇を確認!」
「解析班、光や威圧、魔力量から測定を続けてください。防御班、三十結界! 迎撃班は炎に雷を混ぜて迎撃してください!」
「第一艦隊、第四艦隊出港します!」
「三分で持ち場につくよう命令! 魔導エンジンの使用許可! 全砲門使用許可! 火器管制フルオープン! 以降の判断は艦長に委ねます! 目標は《フィフス》及び《フィフス》を支援する船団!」
「第二艦隊、第三艦隊準備入ります!」
「待機! 士気の維持及び戦況分析、適時援護へ入れるよう、出港権限を付与!」
アデルは即座に指示を下していく。
頭の中では、もう何重にもプランを組み立て、何回もシミュレーションしてきた。
(一瞬の判断遅れが致命的になる。特にこの初動、間違えるわけにはいかない)
凄まじい緊張感と戦意で、アデルは全身をみなぎらせた。
また閃光。夥しい魔力障壁が砕かれていくが、やはり港には届かない。そのたびに大波が周囲を襲うが、簡易ながらも増強させた防波堤が良くもってくれていた。
「敵に動き! 高速で接近してくる影が一つ! 早い、この速度で海を渡ってくるなんて!」
「——神だ! 特別対応班に通電!」
アデルは即座に叫ぶ。
(任せましたよ……ハゼルさん、イリス!)
◇ ◇ ◇
漁村から海に出て少しの距離に、岩礁地帯がある。
気を付けなければ座礁させてしまうような岩礁が大量にあり、中には小さい島ともいえる場所まであって、複雑な形状をしている。
そこに、つばの広い帽子を被った男が現れる。
存在だけで不気味な男は、静かに微笑んでから指を鳴らす。
どろり、と、岩礁から黒い粘液がせりあがってくる。
「さぁ奏でよう、おいで、おいで。ボクの歌と演奏についておいで、彷徨える哀れな子の魂よ」
ダミついていて、音も外れていて、ひどく不愉快な歌だ。
騒音の方がまだメロディアスに思える不協和音の中で、黒い粘液はヒトのような何かに変化していった。
その数、およそ三〇だ。
「さて、と……誰を狙撃すればいいのかな」
「誰にもさせねぇよっ! 出てきなっ!
声と同時に、黄金の閃光が駆け抜けた。
唸り声と共に鋭い爪と牙がむけられ、次々とヒトのような何かが切り裂かれて崩れ落ちていく。
「《自由なる旅人、限りなき風怒の顕現。南より来たりし殲滅の閃光》――
そこに、洗練された声が響く。
岩礁一帯に魔法陣が展開され、周囲に雷が満ちていく。
「《流れたゆたう自由の風、純真無垢よ、清廉潔白であれ》――
さらに声が展開され、新しい魔法陣の展開。
あっという間に、男の生み出した黒いヒトのような何かは崩れ去った。
その中で、浄化の力で強化された
「《天空の雷鳴、激甚の刹那――響け》っ!
直後、背後から雷撃が容赦なく全身を殴りつける!
ダメージなどないはずなのに、男は全身から白煙を上げて僅かによろめいた。
「これは……ただの魔法じゃない?」
「——鬼熊っ!」
戸惑う中、今度は赤黒い大熊が凄まじい勢いで突進してくる。
受け止められるはずがなく、男は回避すべく距離を取った。
「なるほど。ボクの相手は君たちがしてくれるんだ?」
岩礁でも一際突き出た岩の上に着地し、男は薄ら笑いを浮かべる。
対峙するように姿を見せたのは、イリスとハゼルだった。
「あんたの命運もここまでだよ、
威勢よくイリスが吠えると、鬼熊がまた仕掛ける。空気ごと破壊するような剛腕で、岩礁を叩き折る。
破片が飛び交う中、鬼熊は跳躍して落下を始めた
「なるほど。よく研究しているね」
淡々と評した直後、海面から黒いぬめりが飛び出し、鬼熊の爪を受け止めた。
無残にもぬめりは飛び散るが、
軽々と着地すると同時に
『ぐがぁっ! ガアアアアッ!』
「あらららら」
だが、鬼熊は平然と振り返り、威嚇の咆哮を上げた。
「《天空の雷鳴、激甚の刹那――響け》っ!
そこに電撃。
だが、今度は
「油断も隙もないんだね、君は。そういう小賢しいところはフォウそっくりだ」
ゆらりと帽子の影の奥から眼光を滲ませ、
「良い作戦だね。あの決戦兵器――《フィフス》への迎撃に全戦力を投入すると踏んでいたんだけど。アレに関する情報をフォウから聞き出していたら、猶更に対抗できるのは強力な
朗々と不快な声で語る。
「《フィフス》を海上で足止めして、時間切れを狙う。無謀極まりない大胆な作戦だよね。実現には膨大に優秀な人員と魔力の両方が必要だし、効率的に運用する頭も必須だ。それをなんとかしてみせたのだとしたら、ウェイン共和国は予想以上に強国だね。これは潰さないといけない」
ニタァ、と、
「加えて、その防御態勢を崩すためにボクがやってくると予想もしていた。これは完全にフォウの入れ知恵だろうけれどね。ボクにとって相性が悪いだろう君たちが出てきた時点で確定だ。やっぱり、潰さないといけない」
ざわざわと、背筋が削られるような感覚に陥る。
敢えて不快さを増幅させて前面に出しているせいだ。この穢れた神は、そうやって人の判断能力を切り崩してくる。
「——世界への復讐のために。君たちは不要だ」
「……さっきからゴチャゴチャと、うるさいのよね」
そんな
光は見る間に姿を変化させていく。
一人は巨躯の赤鬼。一人は、上半身は特攻服を纏った不良少女、下半身は蜘蛛。
「どう言い繕っても、正論にはならないのよ」
「ほんそれ。それだけは同意するし。色々とカッコつけてるけどさー、やってることはサイテーだし」
神々しい光を受け、
「「一発! ぶん殴るっ!」」
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