第27話 フォウ、その過去

 フォウは王国でも片田舎のはずれ、小さな山里で生まれた。天狐と人間の娘で、与えられた加護は《天啓》という非常に強力なものだった。

 いずれは偉大な魔法使いになるだろう。


 両親からも期待されて、フォウは魔法使いの元で修業をはじめ、史上最年少で王国でも最高峰と謳われる王立魔導師学園への入学を決めた。


 それが、人生の最高潮だった。

 入学を控えたある日、里が消滅した。穢れた神の仕業だった。フォウは騒動の最中に将来崩神ハーメルンによって拉致され、加護を奪われただけでなく、実験台として研究所に送り込まれた。

 親しい人をすべて失い、心を壊したフォウは地獄の日々を過ごし、過酷な実験に生き残る。

 だが、研究所からデータ収集目的で半ば放逐される形で神具女かごめとしてある人物に預けられて訓練を受ける。


 その名を、ベアトリーチェ。


 彼女のもと、フォウは再び人としての心を取り戻す。

 だが、フォウの肉体が限界を迎えてしまった。このまま死ぬのだろうと思っていたが、またしても将来崩神ハーメルンが現れた。


 目の前で師匠は魂を消し飛ばされ、その肉体にフォウは魂を移植された。


 強引に生かされたフォウは、数年間自暴自棄になりながらも王国の言われるがまま任務を遂行し、大人になった。

 大人になれば、将来崩神ハーメルンの支配的権能からは逃れられる。

 ようやくフォウは呪縛から逃れ――ハゼルと出会った。


「わっちはその時思ったんだよ」


 あまりに重い話なのに、フォウは穏やかだった。


「ああ、わっちと同じだ。だから、助けようって。そして、せめてこの子だけは、わっちと違って幸せにしてあげようって」

「おししょうさま……」

「だから助けたんだよ。ハゼル。あんたの身体を乗っ取るつもりなんて、これっぽっちもないさね」


 安らかに微笑むと、ハゼルは大粒の涙をぶわっ、と決壊させた。


「ご、ご、ごべんなざい、おししょうさまぁああああああ」

「はいはい、泣かないの泣かないの。可愛い子だねぇ」


 涙をぼたぼた流しながら抱き着いてくるハゼルを、フォウは抱きしめる。


『ものすごい甘えん坊だね……』

「フォウが倒れた時は、自分がなんとかするって息巻いてたのにな」

「うちの子はやる時はやるんだよ」

「自慢するね、フォウは」


 苦笑するイリス。フォウは隠すこともせず威張った。


「それで? 話を戻すんだけど」

「我々はフォウ様を処分などするつもりはありません」


 フォウの言葉を遮ったのはアデルだった。こちらはまだ少し怒っている様子だ。

 微妙に威圧感のある様子に、フォウは焦る。


「ちょ、なんだい。怖いね」

「とにかく今は国防が最優先ですから、この治療室の現状維持につとめるのが精いっぱいです。なのでフォウ様にはここで身体の悪化を防いでもらいます。ことが終われば何とかできるよう、最善は尽くさせていただきます」

「それ、すっごい無茶言ってるんだけど大丈夫かい? そんなことに国家予算を投じるつもりなのかい?」

「それだけの価値がありますからね、フォウ様には。すでにこうして情報を提供していただいてるんですし」


 アデルはこともなげに言ってのけ、隣にいるユーリエさえ頷く。


「今、あらゆる情報を集める手筈を整えていますから」

「……そうかい、果報者だね、わっちは」

「とりあえず、今日はここまでにしましょう。フォウ様の体力の回復には、しばらく時間が必要です」

「そうだね、そうしてくれると助かるよ。実はまだ眠くて、さ……」


 フォウはまたベッドに横たわり、ものの数秒で眠りについた。



 ◇ ◇ ◇



「――最後の加護の注入が終わりました」

「そうか」


 暗がりの中、フェイスは待ちに待った報告を受けた。

 支部長から吸い出した最後の加護――《回復促進の加護》だ。かなりレアな加護だ。これで、本当に完成を迎える。


「支部長は?」

「殺生石を埋められています。もう助からないかと。延命治療も施しておりません」

「そうか。それで良い。その方がヤツのためだからな」


 むざむざ苦しめるつもりはなかった。もとより興味がない。

 ただ、殺生石の処理だけはしっかりとしなければならない、と思うだけだ。

 魔導師たちによって、だだっ広い空間が照らされていく。


 様々なチューブや培養基から伸びる管によって接続され、拘束されている漆黒の肉体。


 禍々しい神の様相は、さながら絶望を示していた。

 満足のいく出来具合に相好を崩していると、気配が真横で生まれた。

 将来崩神ハーメルンだ。


「ふう。ただいま。遠隔操作用の部品を回収してきたよ」

北豊戦神テュールの喉仏の一部と、破滅犬神ガルムの牙の一部か」

「その通り。今までボクの権能を遠地で発動させるために置いていたけど、もうその必要はないからね」


 鼻歌交じりに言いつつ、将来崩神ハーメルンは指を鳴らす。

 それだけで、回収してきた破片たちが漆黒の肉体――フィフスへと導かれていき、体内へと入り込んだ。


「それに、あれがないと起動しないでしょ?」

「まったくもってその通りだ。フィフスの起動には神が必要だ。よし、各員、起動準備! これは練習ではない。――本番だ」


 そう告げると、一斉に研究員たちが慌ただしく動き始める。


「いいのかい? セカンドとサードの報告は来てないんでしょ?」

「来てないが、待つ必要もない。仮に占領していたらそれまでだし、占領していないのであれば、そこで試運転をするまでだ」

「なるほど? ということは、思った以上の出来具合ってことだね」


 面白がるように将来崩神ハーメルンは言う。

 フェイスは隠すことなく頷いた。


「間違いなく貴公の功績でもある。我らは、最強の矛を手にした。これより王国の復権――否、覇業を始める」

「あはは。それは良いね。ボクとしても協力した甲斐があったというものさ」


 まるで戯曲のように舞いながら、将来崩神ハーメルンは大袈裟に言う。


「君たちは世界の覇権のために。ボクたち神々は、世界への復讐のために」

「ああ。はじめよう」

「滅びの、始まりだ」



 ◇ ◇ ◇



 その報せは、早朝に入った。


「絶風島が……消し飛んだ!?」


 ホテルのルームサービスで朝食を取っていたハゼルたちにもたらされたのは、王国との国境付近にある島、絶風島が閃光と共に消えたという観測報告だった。

 ここ数日、睡眠時間さえ削って対処に追われていたアデルの驚きは、特に大きく、愕然としながら立ち上がる。

 島が一つ消し飛ぶなど、ただごとではない。


「正確に言えば、島の山ですが……神殿があった山がほぼ全て消え去り、残ったエリアも火の海に包まれています」

「それでも異常だろ。敵は軍隊か?」

「いえ、集団ではありますが、破壊は単体で行われました」


 イリスの質問に答えた兵士の顔色はかなり悪い。

 単体で島の山を消し飛ばす威力――。

 そんなもの、該当するのは一つしかない。


「いよいよ来ましたか……! 対象の現在位置は?」

「はい。一〇艘ほどの集団をなして、こちらへ近寄ってきています。報告からの時間を逆算して、現在は到着まで残り半日の位置にいるかと。狙いはここ、南端港でしょう。集団はウェイン共和国解放戦線の旗を掲げてはいますが……」

「軍艦なみの速度じゃないか。あんなちゃちい集団が、そんな上等なもん持ってるわけないよ。言うまでもなくブラフだろうね、そりゃ」


 イリスもパンを口の中に放り込み、立ち上がる。


「集団、か。おそらく《フィフス》のサポートチームでしょうね」

「どうするんだ? アデル」

「迎え撃ちます。どのみち、上陸を許すわけにはいきません。南端港に非常事態宣言を発令、港の騎士団は速やかな住民の避難をお願いします。同時に帝国へ打電。駐留している全艦隊の出撃。近隣の騎士団を強制招集、防衛網を展開します」

「はっ!」

「イリス。神具女かごめ部隊も集結をお願いします。海岸線において魔導師軍団と協力し、ただちに配備、迎撃準備。出し惜しみは不要です。全勢力を集めてください」


 大袈裟なくらいの指示だが、やりすぎではない。

 むしろ妥当な措置だ。


「オッケー、任せな」

「ぼくもでます」


 イリスが素早く部屋から出ていく中、ハゼルも立ち上がる。


「お願いします。現状、フィフスに対抗できるのはあなた様とイリスしかいません」

「わかっています」


 フォウはあれからずっと眠っていて、絶対安静の状態だ。

 起こすわけにはいかなかった。

 それに、ハゼルもちゃんと対策を練ってきている。


「――あいつをたおして、おししょうさまのちりょうにせんねんします」

「ええ、そうしましょう」


 二人は、互いに頷き合った。




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