第26話 出来損ない、その目覚め

 イリスからもたらされた情報は、アデルを通じてウェイン共和国に激震を呼んだ。ただちに七執政会議が行われ、対策が協議される運びとなった。

 とはいえ、すでにアデルによってある程度の準備は整えられている。


 帝国との協力体制を整え、国境の警備も強化してある。


 残すは緩やかな国境封鎖といったタイミングだった。

 だが、既に王国が不法に侵入し、島を実効支配しようとしているとなれば話は別だ。緩やかな国境封鎖は一気に難しくなった。

 王国が、どんな難癖をつけてくるか分からないからだ。


「相手が戦争を仕掛けてくるつもりなのは承知していますが、我々はその口実を与えてはなりません」


 アデルは険しい表情だった。隣に立つ、ウェイン共和国七執政――《百舌鳥》のユーリエも同じ表情だ。


「ええ。仮に戦うとしても、国際社会に対し、どちらに非があるかを明確にしなければなりませんからね」

「その通りです。戦争ともなれば、周辺国家も巻き込む可能性が高いですからね。不必要な非難や攻撃を受けないためにしなければ……」

「そのためにはまず、情報が必要です。イリスが拿捕した、セカンドとサードと名乗る人物……王国の暗部」

「その中心人物であり、今回の事件の流れを知る人物、フォウ様から聞く必要がある」


 おびただしい治癒用の魔法陣で囲まれた室内で、フォウは寝ていた。


「では、始めます」


 酒呑童子しゅてんどうじのお神酒、傲蜘蛛女神アラクネの織糸、朱鳳凰フェニックスの炎、四方風神ウェンティの息吹。

 ほとんど伝説上のアイテムばかりを取り揃え、ユーリエは慎重にフォウへ処置を施していく。


 殺生石の毒を封じ、活力を与える。


 ユーリエでなければなしえない神業でもって、フォウは息を吹き返した。

 ゆっくりと、目が開けられる。


「う……」


 漏れる、声。


「ハゼル……ハゼル、は……?」

「おししょうさまっ!」


 掠れた声で呼ばれ、ハゼルが飛びつくようにベッドへ駆け寄った。フォウはその姿を認めると、穏やかな笑顔を浮かべ、その頭を優しく撫でる。


「良かった、無事だったかい……」

「はい、ぶじでした」

「そうか……良かった、本当に良かったよ」


 フォウは上半身を起こし、ハゼルをゆっくりと抱きしめる。

 どう見ても慈愛にしか見えない。

 ハゼルも安心したのか、そっと身を預けていた。


「感謝してくれよ。あんたを助けるのは大変だったんだからな」


 イリスがそこに入る。こういう役割は自分のものだと自覚があるらしい。


「ああ、分かるよ。この感じ。随分ととんでもないものを手に入れてきたんだね?」

「ハゼルのおかげだ。ハゼルが頑張って集めたんだよ」

「ハゼルが?」


 フォウは目を大きくさせてハゼルを見る。すると、ハゼルは少し恥ずかしそうに頷いた。


「あ、でも、みなさんにきょうりょくしてもらいました」

「それでも凄いじゃないか! ハゼル、あんたは世界一の弟子だよ」


 フォウは全力笑顔でハゼルをぎゅうっと抱きしめる。


「で、感動してるとこ申し訳ないんだけどさ、フォウ」

「うん?」

「お前を助ける道中、セカンドとサードってヤツと戦闘になった」


 たったそれだけで、フォウの全身に緊張が走った。

 ゆっくりとハゼルを離してから、フォウは真顔になる。


「もう拿捕して、尋問して、ある程度の情報は手にした。っていっても、フォウ。お前さんたちの過去に関してばかりだけどな」

『後、ごめん。秘密にしててって言われたけど、話しちゃった』


 追い打ちをかけるように、精霊が申し訳なさそうに詫びてくる。

 フォウはすぐに苦笑した。


「まぁ、いつまでも誤魔化せるとは思ってないし、わっちがこうしてるって時点である程度覚悟してたさね。それで? どこから何を話せばいいんだい?」


 フォウはアデルを見る。


「王国は既に国境にある島、絶風島に侵入して実効支配しようと企んでいました」

「なるほど。じゃあ、ついに完成したんだろうね、アレが」

「アレ?」

「わっちらは実験体だ。その先には、何があると思う?」


 おうむ返しに訊くアデルに、フォウは言葉を投げかける。

 返事は、すぐにやってこなかった。


「答えは簡単さね。完成品――つまり、本番仕様の人造の神具女かごめだよ。名はフィフスになるだろうね」

「やはり、ですか」

「やつらはわっちら神具女かごめを兵器化させたがってたんだよ。最小の犠牲で最大の戦果をあげるっていうコンセプトさ。単純で血も涙もない。でも、差別の対照にして強大な力になる可能性を持っているのがわっちらだったからね。まぁ結論、奴らは戦争がしたいのさ。ウェイン共和国とね」


 戦争。アデルはもちろん、全員が聞きたくない言葉だっただろう。

 自然と雰囲気が曇る中、アデルが口を開く。


「教えてください。フィフスに関する情報を」

「悪いけど詳しくはしらないね。わっちも最下級の神具女かごめ、それも地方の支部に追いやられたてたんだ。そこからじゃあ核心には迫れない」


 フォウはきっぱりと言ってから、顎を撫でた。


「ただ、推察は可能だよ。わっちら実験体から得られたデータをもとに、完成品は造られたはずだからね。それに、様々な魔道金属を集めてるのも知ってる。それに、間違いなく将来崩神ハーメルンも絡んでるだろうね」


 名を口にして、フォウは嫌悪を見せる。

 よっぽど嫌っているらしいのが良く分かるが、アデルは突っ込んでいく。


「そこから何が導きだされますか?」

「従来とは真逆の神具女かごめが出てくるんじゃないかな。将来崩神ハーメルンは子供から加護を奪う力を持ってる。神隠しの能力もあるからね」

「真逆の神具女かごめ?」

「わっちら神具女かごめは、加護がないから神々を受け入れることができる。じゃあ加護と神々はどういう関係なのかって話になるんだけど、簡単に言えば水と油の関係なのさ。互いに相容れない」


 言い換えれば世界と神々は反目しあっている。世界の穢れによって神々が汚染されたのも、そこが理由だ。


「そこを活用して、加護で神々を囲うことで封印することも可能じゃないか──っていう考えじゃないかな。そしてそれが実現したとすれば」

「大量の加護で神々を拘束して、隷従させている──!?」


 アデルが顔を青くさせながらも導いた答えを、フォウは肯定した。

 また絶句の沈黙が落ちる。

 唯一、深く考え込んでいる様子のユーリエが動揺しながらも反論を始めた。


「そんなこと、可能なのですか? 世界からの祝福、加護は確かに我々にとっては強烈ですけど、神々の権能の前からすれば微々たるものですよ」

「実際、セカンドとサードは《調伏制伏》で神々を支配していたさね」


 予想していたフォウはまず事実を叩きつける。


「あの二人は穢れたことのある神限定とはいえ、強力な拘束力を持っている。あれは複数の加護の力を複雑に用いて、神々の古傷から記憶を揺り起こして実現させているからね」

「……複数の加護を正しく用いれば、可能だと証明されているのですね」

「加えて、殺生石を使えば制御もより簡単になる。あれほど凶悪な呪術の伝播力はないからね。毒で神々は汚染されないけれど、乱された精神を侵すことは可能さ」


 また沈黙が落ちた。

 見る間に、アデルの顔色がさらに悪化していく。


「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃあ、その完成品というのは、神具女かごめというより神そのものではありませんか?」

「支配の核はあくまで人間さね。そうじゃないと長時間の制御は不可能さ。実際、セカンドとサードも長時間の支配はできないからね」

「神々を人間の精神力だけで押さえつけるには限界があるからか。でも、人間の魂と神々を結び付ければ……」

「その通りだよ、イリス。人間という枠に神々の格を陥れるのさ。そうすれば、魂が擦り切れるまでは制御が可能だね。まぁ、核になった人間の魂は味わったことのない苦痛を覚えるだろうけど」

「そ、それって、核にされた人間の魂はどれくらいで……」

「一カ月ってところだね。ただ、神の力を行使すれば、持って数時間だよ。核になるのは神具女かごめだ。加護がないから核にする器としては最適だし、代えはいくらでもいる」


 フォウが吐き捨てると、その憤りは全員に伝わった。

 非道の極みである。許せる行為ではなかった。


「話を聞くだけでも腹立たしい限りですが……対処しなければならないのですね」

「その通りだね。幸いかどうかは知らないけど、このタイプは量産がきかないはずだよ。このバカげた行為を維持するための素体に金が掛かりすぎるからね。攻めてくるとすれば、確実に単体のはずだ」

「……なるほど。分かりました。対策を練ってみます」


 アデルは腕を組みながら考えこみ始めた。

 あくまでフォウの推測だが、信ぴょう性はかなり高いと判断したのだろう。

 フォウは安堵したように息を吐いてから、苦笑を浮かべた。


「後は、わっちの処遇だね。なぁ、わっちはいつ処分されるんだい?」

「……は?」


 いきなりの爆弾発言に、イリスが呆気にとられ、誰もが驚いた。


「え? だってわっちの体内には殺生石が埋め込まれてるんだ。これは絶対に外へ出しちゃいけない代物なのは分かるだろう? だから、わっちを処分するのは妥当なことじゃないか」

「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!? 何言ってんだフォウ!!」

『そうだよ! 考えなさいよね!』

「おししょうさまっ!」


 次々と非難が飛んでくるが、フォウは気にも留めない。


「確かに、今、体内の殺生石は封印されてる。でもそれは、わっちが存命しているからだ。だから命が尽きれば封印は解除される。あ、安心しな。わっちが自分の魂の全部を持って外に出ないようにするから。ただ、そうなると死体を保管してもらう必要があるさね。できれば地中奥深くに――……」

「そうして、ボクのからだにたましいをうつすんですか?」


 フォウの言葉を、ハゼルが遮る。

 まっすぐと、不安な視線をぶつけてきた。フォウはきょとん、と首を傾げてしばらく考えてから――思いっきり怒った。


「ハゼル。あんたアホか」

「ひっ」


 本気の静かな怒声に、ハゼルが震えあがる。


「まさか、わっちがハゼルの身体を奪うと思ったのかい? わっちのこの劣化した身体を捨てて、新しい身体としてあんたに乗り移ると? あんたの可愛い可愛い魂を追い出してまで? そんなこと出来るはずないだろ。わっちにはそもそもそんな技術はないし」


 フォウはあっさりと否定する。

 久々の叱り口調に、ハゼルはすっかり肩を縮こませていた。


「っていうかそんな与太話誰が吹き込んだんだい。いや状況的に見てセカンドとサードだね。よし今すぐ連れてきてぶん殴ってやる!」

「お、落ち着け、フォウ。そんなことできないから。つかお前も絶対安静だ」

「ごめんなさい、おししょうさま。でも、おししょうさまのいまのからだは、おししょうさまのものじゃないっていうのもきいてて……」


 しょんぼりするハゼルの頭を撫でてから、フォウはため息をついた。


「そこまで聞いてたのかい。本当におしゃべりだね、あのアホ二人組は。ま、そうだよ。わっちの今の身体は、わっちの師匠のものだよ」

「本当だったんだ……」

「はぁ、仕方ないね。あまり話したくないことだけど、いいよ。話してやるさね」


 少しだけ寂しさも表に出しながら、フォウは語り始めた。



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