第18話 出来損ないの秘密
――
できることなら、対峙したくはない神の一人だ。
すべての命の将来を奪う権能を持つその穢れた神は、神としての序列だけを言えば決して高くはない。だが、あまりにも狡猾で凶悪で老獪で、そしていとも容易く絶望を囁いてくる。
一気に張りつめる緊張。
指一本でも動かせば、取り返しのつかない戦いになる。
直観だけで悟り、フォウは呼吸を忘れて睨みつけた。その表情にいつもの余裕は消えうせているが、対する
『つれないな、フォウ』
「あんたとつるみたくないからね?」
異常な威圧を覚えつつ言い返すと、
『昔から変わらないな? そういうところだけは。小さい頃からそうだっただろう。余裕がないと敵意を剥き出しにしてシャットアウトするのは悪い癖だ』
どこまでも不愉快にざらついた声が、フォウだけでなくハゼルまで撫でる。
完全にイニシアチブを取られ、場を支配されてしまっていた。
『それに、しばらくぶりの再開なんだ。感動してハグの一つくらいしても良いんじゃないか? 喜んで受け入れるぞ?』
「受け入れながら殺すだろう、あんたは」
『さすが旧知だな。良く分かっている』
にたぁ、と
「今さら何しに来たんだい。こそこそと子供から加護を奪ってるんじゃないのかい」
問いかけつつ、フォウは意識を高める。既に指先の先まで神経を張りつめている状態だが、それは緊張からだ。
戦いは回避できない。
既に
フォウにとっての将来は、ハゼルだ。
そして目の前にいる穢れた神は、その将来をナチュラルに奪いに来る。
『なんだ。どこで知ったの? まあいいけど、ずいぶんと野暮ったいことを訊くんだな?』
「このタイミングで現れたってことは、どうせこの一件にも糸をひいてるんだろ?」
『ふふっ、さすがだな。そうだ。ちょっと人間が心から奏でる合唱と、自然の情熱が生み出す熱いリズムを聞きたくなってね。ちょっと笛を吹いたのさ』
あっさりと認められて、フォウはますます疑う。
何もかもを信じるな。
フォウは痛いほど知っている。
「港を火の海に沈めて、住民を皆殺しにするつもりだったのかい? ずいぶんと大袈裟なことしでかすね。そんな派手好きじゃないだろ、あんた」
『そうでもないさ。極上の結果が待っているのであれば、表舞台にも立つよ。
両手を広げ、それこそ道化のように振る舞う。明らかな皮肉だ。
(なるほど。港を消す目的は軍事拠点、物流拠点を消すこと。そして──《鷹》のアデルを始末することか)
解読したフォウは、さらに思考を続ける。
(つまり、コイツ単独で動いてるって訳じゃない。間違いなく王国が関わってる。それも、協会じゃあない。王国そのものが関わってる。やっぱり、フェイスが関わってるな)
待っているのは、戦争だ。
このタイミングで仕掛けてくる理由が判明しないが、水面下での活動はかなり活発なのだろう。準備もかなり整っていると思って良い。何せ、この裏舞台を好む神が動いているのだから。
「極上の結果、ね……けど、もうその手駒は消えたよ」
『ああ、見ていた。すばらしい手並みだった。流れるように神を同時使役し、神殺しまで。順調に神々を体内にためこんでいるようだな。どれくらいになった? まだ容量的には余裕がありそうだが』
「教えるつもりはないね。それとも、あんたもその一人に加えてやろうか?」
『それは勘弁願いたいところだな』
ふ、と鼻で笑ってから、
ほんの一歩動いただけで、肉薄された。
あれだけ緊張していたのに、接近を許してしまった。
「――っ!」
「おししょうさまっ!」
すかさずハゼルが我に返り、獣人化しながら割って入る。空気を唸らせる拳は、しかし
二人の感知能力をはるかに上回る速度で、
ざわり。
瞬時に、フォウはハゼルを睨んだ。
「逃げてっ!」
『無駄だ。穢れろ』
だが、
放たれた黒い闇は、ハゼルを球体の中に閉じこめる。球体はまるで墨汁みたいな液体を滲ませ、どろどろと垂らし始めた。
「な、これはっ……うわああああっ!?」
液体がうごめき、槍となってハゼルの全身を突き刺す。
「ハゼル――――っ!」
喉から絶叫し、フォウは神を使役しようと紋様を光らせる。
その刹那。
またもや僅か一歩動いただけで、
「ぐっ……!」
その手からもたらされた穢れた力が、フォウの神の使役を妨害した。
「貴様っ……!」
『その取り乱し方、前と変わってないんだな。必死で滑稽だ』
嘲笑いながら、
ミシミシと頬骨が軋む。
フォウは激痛に顔を歪めながら、その手を両手で掴んだ。だが、びくともしない。悲しいくらいに細い腕には、腕力がほとんどない。
『もうどれくらい前だったかな。忘れたが――あの頃のお前の師匠とずいぶんと似てきたんだな。化粧まで真似して、面白い。忘れないようにするためか?』
「関係、ない、だろうっ……!」
『ああ、関係ないね。俺にとって、お前の師匠はゴミ同然だったからな。余計なことまで吹き込もうとしてたから殺しただけの、使い捨てだ』
「
『その情けない有様でよく言えたものだ。器風情が』
唐突な不快感と異物感に、フォウはもがく。
だが、手はお構い無しに心臓へ入り込んだ。
『なんだ。寿命が近いな。もうそろそろ熟れる頃だったのか。もっと神々を封印していて欲しかったが、仕方ない。所詮、お前は出来損ないの器だからな。期待はしていなかった』
「ぐっ……! は、離せっ……!」
『ああ、離してやるとも。これを返してからな』
――どくん。
異物。熱。
フォウは全身を硬直させた。体内に植えつけられた、否、戻ってきた違和感。
それはおぞましい速度で、再び全身を強く蝕む。
「うっ……かはっ……!」
『そう長くない寿命だ。有意義に使え?』
「このっ……!」
フォウは最後の力を振り絞り、爪を立てる。
だが、それは空を切った。
ほんの一瞬で、
急速に意識が遠のいた。
それでも、フォウは手を伸ばそうとする。
「ハゼル……、ハゼルっ」
穢れた球体をなんとかしなければ。
ハゼルを、殺させるわけにはいかない。
それなのに、それなのに――。
手は、動いてくれなかった。
意識が、落ちる。
◇ ◇ ◇
ハゼルは、激昂していた。
ほとんど本能的に、体内に入り込んだ穢れを拒絶。一気に弾き飛ばす。その影響は球体にも及び、あっさりとそれは瓦解した。
ハゼルは魔による汚染の一切を受け付けない特殊体質だ。
そこに精霊との契約の影響と、
無傷で生還を果たしたハゼルは、まず倒れたフォウに駆け寄る。
「おししょうさまっ!」
外傷らしい外傷はない。
だが呼吸は浅く、顔色も真っ白だ。体温もぐんぐんと下がっていっている。
かなりの衰弱状態だった。
『すぐに回復魔法をっ! ハゼルっ!』
ハゼルの体内に避難していた精霊が飛び出し、必死の形相で叫ぶ。ハゼルは頷いてから意識を高めた。
「《癒しの手、心の手、慮る温もりの行方》――
周囲の魔力を回復に変換し、力を注ぎ込む。
だが、効果らしい効果は無い。
『回復が、追いつかない……!?』
「そんな……どうしたら! おししょうさまっ!」
ハゼルが泣きそうになったところで、馬の足音がした。
やってきたのは、イリスとアデルだった。
「おい、どうした!?」
「おししょうさまが、おししょうさまがっ!」
すがりつくように言うと、すぐにイリスとアデルが馬から下りてフォウを見る。
「……これはいけません。すぐに軍の医療施設へ! イリス、ひとっ走りお願いします! 僕は彼女を呼んできますから!」
「彼女?」
「ウェイン七執政、医療担当。《百舌》のユーリエ。わが国最強の癒し手です」
その言葉は、頼もしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます