第17話 出来損ない、横入りの神をどつく。
「戦争って、穏やかじゃないな。どことやりあうってのさ」
「王国だよ」
分かりきったようにフォウは端的に告げ、訴えるようにイリスを見た。
「何か知ってる風だね? とにかく、アデルに渡りつければいいんだね」
「ああ、お願いするよ」
「それじゃあホテルに戻ろう。あそこには武官がいるから、早文を出せる」
多くを訊かないイリスに、フォウは内心で感謝していた。
さすがに元序列第一位だけあって、こういう場面での思考の回転は素早い。
とにかく今は時間最優先だった。
フォウは内心で焦りを覚えながら走り出す。
――が。五〇メートルも走ったところで息切れしてしまった。
「ぜ、ぜはーっ、ぜはーっ」
「ちょっと体力なさすぎない!?」
イリスに咎められるが、フォウは返事さえできない。
「おししょうさま、たいりょくないから……」
「す、すっかり、忘れて、たよ……ハァ。ハゼル、おんぶ、して、おくれ」
「はーい!」
うずくまってしまったフォウに、ハゼルは駆け寄った。
◇ ◇ ◇
そこは、摩訶不思議な空間だった。
確かに床はあるのだが、全方位に星空が投影されているせいで、まるで宙にでも浮いているかのようだ。
そんな広大な空間の中心地に、一基の培養基があった。
大の大人が入っても問題ない大きさのそれは、不穏当な色の液体に満たされ、常に怪しい色の煙を吐き出している。
そんな培養基を囲んでいるのは、おびただしい数の魔法陣だ。
火、水、風、土――多種多様な属性の魔法陣は、常に緩やかに回転しつつ、時にはスパークして培養基に影響を与えている。
さらにその周囲には、白衣をきた研究員が多数いた。それぞれ薬品を足したり、記帳したりと忙しない。
だが、この複雑極まりない術式を完全に理解しているのは、ただ一人だけだった。
「オリハルコンとミスリルの比率が少し乱れているな、調整しろ。熱源が足りない。後二〇は出力を上げろ。足りないなら奴隷を使え。一人か二人で事足りるはずだ。アンオブタニウム製の超臨界流体の準備はどうなっているか」
「はい。現在はこのような数値です」
「……ふむ。十分だな。次、アダマンタイト装甲は?」
「完成まで後三日です」
「よろしい。ウーツ鋼の素体は?」
「こちらも問題ありません」
手渡された報告書を読み込み、フェイスは何度も頷いてから報告書を丁寧に隣を歩く秘書へ渡す。
そこへ、氷に閉ざされた筒を持った作業員が入ってくる。分厚い鋼鉄の鎧には凍結を防ぐ魔法陣が刻まれていて、筒を覆っているのが魔氷だとすぐに知らしめる。
生身で触れれば五秒で全身を氷付けにしてしまう恐ろしい氷で封印されているのは、フェイスが待ちに待ったものだった。
「
すぐにもたらされた報告書に目を通し、フェイスは感嘆の息をつく。
「すばらしいな。彼に報酬を渡しておいてくれ」
「かしこまりました」
秘書が速やかに姿を消す。
「神の様子はどうか」
「小康状態です。問題ありません。解凍状態は維持しています」
「よろしい。では、最後の加護が届くまでにできることはしよう」
「「はっ」」
「さぁ、コードネーム《フィフス》。完成された最強を」
◇ ◇ ◇
「アデルが、いない!?」
ホテルに戻るなりすぐに手配をかけたイリスが、そう声を上げた。
対応しているのは、ひげを蓄えた精悍そうな壮年だ。ぴんと背筋が伸びていて、いかにも武官らしい。
一行は、ホテルから少し離れた人気のない広尾に移動し、そこで説明を受けていた。
「正確に言えば、指揮を執るために前線へ向かわれました」
「七執政が指揮を執るって、どういう事態よ」
イリスは顔を青くさせた。
確かにアデルは軍事、治安を担当する《鷹》だ。見た目は文官のようだが、その実、兵士としての訓練も受けていれば、指揮に関する知識も実務経験も持っている。
「大量の魔物が出現したのです。この港まで約一〇キロの地点にまで迫ってきています」
「なっ……」
「近いね。港に避難命令は?」
絶句するイリスに変わって、フォウが訊く。
「防衛網が残り五キロにまで押し込まれたら開始する予定です。今は前線に騎士団を送り込んでいる状態なので、人手がこちらもありませんから。準備だけは済ませています」
武官の顔色もかんばしくない。
防衛網が後退することを既に予測しているのだろう。ウェイン共和国は軍事力の面において非常に高い。
そんな騎士団を持ってしても防衛網を突破されそうなどと、とんでもない事態だ。
「尋常じゃないね。どんな魔物なんだい?」
「オークの群れです。それもただの群れではなく、さらに膨張しています」
「……膨張だって?」
「はい。規模が異常に拡大しています。また、群れの中心に穢れた神の気配も観測しました」
フォウとイリスは同時に顔を見合わせた。
大量発生したばかりか、常に数を増やし続けるオークの群れの中心に穢れた神の気配。
この条件に該当するのは一柱だけだ。
「それって、
「しかいないだろうね」
苦るイリスに、フォウは同意する。
膨れるだけ膨れてしまうと、国ひとつが呑み込まれてしまう。
何せ、際限がない。
ただちに討伐すべき存在だが、周囲を取り囲むオークの群れが障害になる。ほとんどの
それこそイリスといった上位勢でもなければ対抗不可能だ。
「
「協会には打診していますが、上位勢が集まるには時間がかかると思います」
武官の顔色はやはりよろしくない。
ウェイン共和国は人一倍穢れを受けた土地だ。よって
「オークの群れの規模は?」
「すでに二〇〇〇近いかと思われます」
イリスは絶句する。
それだけの数では、イリス一人が先行したところで意味がない。
「現状の騎士団も集まりつつありますが、押し返す力はありません。弩をはじめとした兵器類の調達も開始していますが、数が足りません。ですので、アデル様は時間を稼ぎつつ、湿地帯で本格的に布陣、進行を徹底的に遅らせるつもりです」
「湿地帯なら、ここから八キロってとこだね」
「はい。時間との戦いになります」
武官の表情の険しさを、フォウもイリスも悟る。
「おししょうさま……」
「分かってるよ。悪いけど、こっちにも時間がないんでね。イリス。悪いけどアデルと最速で合流しておくれ。オークはわっちとハゼルでなんとかする」
「え? あんたたちだけで?」
「任せておくれ。ハゼル。風域強化の結界だよ」
「はいっ!」
目を大きくさせるイリスに頷きかけて、フォウとハゼルは離れる。精霊も慌ててくっついた。
ハゼルが両手を合わせる。
「《自由なる旅人、心の
風が渦をなして集結し、緑色の複雑な幾何学模様が地面に浮かぶ。
次々と風たちが呼ばれるように集まる中、フォウが腕をめくる。
「おいでませ、
祝詞を告げた刹那、神が顕現する。同時に集めた風が全て消費され――フォウたちを一気に空中へ打ち上げた。
衝撃波で木々が大きく揺れる。
「って、ええええええっ!? 飛んだぁああっ!?」
そんなイリスの悲鳴に近い驚愕を耳にしつつ、フォウとハゼルは暴風に包まれたままさらに空高く打ちあがり、目標に向かって落下を始める。
おびただしい風を集めたハゼルの結界と、風を自在に操る暴風の神を完璧に使役するフォウだからこそ可能な荒業だった。
まるで流星のような勢いで、フォウたちは突き進む。
フォウは自分がすり減るのを自覚しつつも、前を睨んだ。
まして、強力な神である
だからこそ、この強引極まりない移動手段は使いたくない切り札だった。
言い換えれば、それだけの緊急事態なのだ。
「ハゼル。着陸と同時に水の結界を展開してちょうだい」
「はいっ!」
威勢の良い返事を聞いて、フォウは眼下を睨む。
すでに湿地帯に入っていた。
辺りには騎士団が柵などで防塁を築いていて、オークの集団がかなり迫ってきていた。
(思ったより進軍が早いね。とっととケリをつけないと)
グン、と落下位置を操作し、フォウとハゼルは湿地帯のど真ん中に凄まじい勢いで着地した。本人たちにダメージはないが、周囲の土がめくれ飛ぶ。
「《すべての命の源、すべての命の流れ、途切れなき循環の王子。集え、世界を二つに分かつ片割れどもよ》——
今度は水色の幾何学模様を地面に浮かばせ、湿地帯の水を集める。
「さて、ハゼル。よく見ておくんだよ。二種の異なる神の使役方法を」
「はいっ! おししょうさまっ!」
「まずはオークどもを止める。——おいでませ、
フォウはまず左手を振り、神を召喚する。
同時に凶悪で禍々しい威圧が放たれる。おぞましいばかりのそれは、一瞬でオークどもに伝播し、瞬く間に動きを強制的に止めた。
すかさず、フォウが右手を振る。
「おいでませ。エーギルっ!」
出てきたのは、白波のような髭を蓄えた海神。
トライデントをふるってから、集めた水を利用して眷属を生み出す。その数は一〇〇以上だ。二〇〇〇規模のオークに比べれば小さいが、今のオークは動けないただの的である。
「仕留めなさい」
フォウの指示に従い、エーギルが眷属をけしかける。
荒々しい海の音を立て、大波のように眷属たちがオークどもへ襲い掛かる。次々とあがる悲鳴。血飛沫。だが、それでも
道が開ける。
エーギルの眷属たちと、エーギルの操る波の攻撃によって、オークの集団に風穴があいた。鎮座するのは、禍々しい肉塊といった表現が正しい、異形の魔神――
フォウはそこを狙う。
「一撃で終わらせてあげる。おいでませ――。
出現したのは、白服を纏った少年。
「さぁ、
指示に従い、少年は荘厳なつくりの弓矢を番え、放つ。
同時に、少年は力尽きて淡い泡沫のような光の粒子となって消え、フォウの体内へ戻る。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――っ!!』
そして放たれた矢は、あやまたず
膨大な光を放ちながら矢は
「悪いけど、あんたを体内に入れるわけにはいかないんでね。消滅してもらうよ」
「しょうめつ……?」
「ハゼルも気を付けな。あの手の魔神は体内に取り込むと自分が汚染されるからね」
「はいっ! おししょうさま!」
元気の良い返事を聞いていると、周囲のオークたちも次々と蒸発していく。
産み出した神が消えたからだ。
フォウは神々を自分の体内に戻し、その消滅を見届ける。
残ったのは、神が残した血の痕のみ。
「ふう……──」
大きく息を吐いて──フォウは駆け寄ってくる馬を見つけた。アデルとイリスだ。
(さて、どこからどう話そうかな)
そう悩んだ矢先だった。
ずしん、と、呼吸さえ苦しくなるほどの重圧が全身を襲った。本能的に振り返ると、そこには笛を持ったツバの広い帽子を被った男が一人。
絶句。
フォウは一瞬、言葉と動くことを失う。
それでも我を取り戻すが、相手の方が速かった。
『久しぶりだな、フォウ』
歪んだ笑みに、不快極まりないざらついた声。
フォウは敵意を一切隠せなかった。
「あんたに名を呼ばれたくはないね、
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