第19話 ハゼル、立つ

 フォウが運ばれた医療施設は、軍が用意できる中でも最高峰のものだった。

 すぐに軍医が集められ、診察と同時に魔法による治療が開始される。


「強い衰弱の継続を確認、気力活性の魔法を開始」

「活力の減少、生命活動が収斂していっています。細胞回復活性の魔法を開始」

「心臓付近に害悪反応を確認、分析。致死性の呪いを確認。中和浄化魔法を開始」

「ダメです、中和しきれません! 最上級の呪いが複雑に絡み合ってます!」

「可能な限り反応を小さくさせろ! それだけで生存率は変わる! 浄化結界を展開、強度を最上位にしろ!」

「遅効致死性の猛毒も確認! 強力解毒を開始! 薬剤注入を!」

「毒が複雑すぎる……! 薬草だけじゃ無理です!」

「解毒できるものからやっていこう。解毒療魔術師を追加派遣してもらえ」

「しかし、既にほとんどの内臓に浸潤してますよ? かなり長期間、呪いに暴露されてたんじゃ、これ……」

「今気にするのはそこではないだろう。毒の遅効も追加させろ。毒の流れも変えるんだ。代替の受け皿を用意して、これ以上の負担の増加を防ぐことを最優先だ」


 軍医たちが次々と指示と相談を飛ばし、治療を同時並行で開始していく。

 それだけフォウの状態が悪いことを意味していて、ハゼルは顔色を真っ青にさせていくばかりだった。


 がたがたと震えだす肩をそっと撫でたのは、イリスだった。


 そっと寄り添ってくれて、温かい。

 ハゼルは思わず抱きついてしまう。


「おししょうさまっ……!」

「今は、見つめるしかできないってのが辛いな……」

「精霊様から魔力を大量に融通してもらってるだけでもかなり有り難い話ですよ。おかげで治癒師たちも遠慮なく魔法を使える」


 アデルの申し出は気休めだ。

 それでも魔による汚染は避けられない。限界はいずれ来る。

 ほとんど人海戦術でそれをどうにかするプランも組まれていた。普通であればもう治療の手立てがないと諦める段階だが、懸命の措置でフォウはギリギリ留まっている。


 じりじりと、時間だけが過ぎていく。


 そう、じりじりと。

 良くも悪くもならず、ただ必死の治療が続く病室に、足音がやってくる。


「お待たせしました」


 ゆるやかなウェーブがかった、モスグリーンの長い髪を携えた女性神官だった。手に持つ黄金の杖には、百舌が刻まれている。そして、周囲には金色の精霊が飛び回っていた。

 精霊との契約者――精霊魔術師だ。


「あなたは……」

「ウェイン共和国七執政、《百舌》のユーリエと申します。以後、お見知りおきを。早速ですが、《鷹》のアデルの要請により馳せ参じました。患者は?」

「こっちです」


 アデルが素早く出てきて、治療室へ案内する。

 一度大きく頷いてから、ユーリエは治療室へ入ってすぐにフォウの状態を確認し、険しい表情で治療を始めた。


 次々と見るだけで浄化されそうな魔法陣が展開され、フォウに吸い込まれていく。


 同時にユーリエの指示を受け、薬や魔法も展開されていった。

 一五分間、ずっとユーリエは玉のような汗を拭うこともなく魔法を展開し続け、ようやく一息ついてから治療室を出た。


「ユーリエさん!」


 たまらずハゼルが駆け寄る。後ろを追いかけるようにイリスもやってくる。


「とりあえずの窮地は脱しました。あの魔術式にいる限り、これ以上悪化することはありません。しかし、意識を取り戻すには毒が回りすぎています」

「そんな……」

「どうにかできないの?」


 絶望するハゼルに代わって、イリスが真剣な表情で訊く。


「毒が複雑すぎます。古代の神性魔法の術式を組み込んでいるだけでなく、とんでもない怨念も絡み合っていて、読みとれません。せめて、何かのヒントがあれば読み解くアクションも見えてくるんですけど」


 困った様子のユーリエを慰めるように、金色の精霊が飛び交う。

 それを見て、精霊はぐっと握りこぶしを作ってうつむき、唇を噛む。そして、『ごめんね、フォウ』と小さく呟いてからユーリエの前に飛んだ。


「精霊様?」

『殺生石だよ。フォウを苦しめてるのは、殺生石さ。それが体内にあるんだよ』


 告げられたユーリエは驚いたように目を見開く。


「妖艶九尾の天狐……今生の呪い……」

『どうにかなるかな?』

「石を取り除くことが一番ですが、もしそれをすると、町、いえ、国そのものが滅びる可能性が高いですね」


 スケールの大きい話に、全員が絶句する。


「それほど強大な呪いに晒されて、治療を受けながらでも生きていられるというのは、正直理解に苦しむところではあるのですが」

「色々と規格外だからなー、あいつ」

「おししょうさまですから……」


 腕を組むユーリエに、イリスとハゼルが妙な納得をする。


「なんだか腑に落ちない理解をされている気がしますが、とにかく、身体から取り除くのは事実上不可能です。ですから包み込むようにして封印する必要があります。外部に漏れ出さないようにするという考えですね」

『そんなの出来るの? 殺生石はとんでもない呪いでしょ』

「はい。不可能ではありません。ただ、難易度は恐ろしく高いです」


 言いつつ、ユーリエは金色の精霊を使って空中に文字を描く。


「一つ目、傲蜘蛛女神アラクネの織糸。これで殺生石を隙間なく囲ってから縫い付けます。次に、酒呑童子しゅてんどうじのお神酒、朱鳳凰フェニックスの炎、四方風神ウェンティの息吹が必要となります」

「どれも伝説級のアイテムじゃないの……」

「でも、集めないといけないなら、集めます。おししょうさまのために」


 ハゼルの決意は固い。

 おそらく、何を言っても変わらないだろう。


「それならば、私はここで治療を続けます。後、そのうちの一つ、朱鳳凰フェニックスの炎ならありますよ。この子がそうですからね」

『やたら神聖な炎の精霊かと思ったら、それから生まれた精霊だったのね』


 精霊が驚いて言うと、ユーリエは頷く。


「じゃあ、のこりのみっつをさがせば、おししょうさまは本当にたすかるんですか?」

「少なくとも、意識は取り戻せますし、呪いの進行も止まります」


 ぱぁ、と、ハゼルの顔が明るくなる。


「ですが、進行が止まるだけで、これまで受けたダメージが解消されるわけではありません。彼女は長年、この毒を受け続け、全身はすでにボロボロです。今まで動いていたのが奇跡なくらいに」


 ユーリエはハッキリと告げる。

 分かりやすくハゼルの表情が強張るが、それでも続けた。


「意識が戻ったとして、どれくらい命が持つか分かりません。これを寿命と呼んで良いものか分かりませんが……長くはないでしょう」

「そ、そんなっ! それもどうにかならないんですか!?」

「《天空のしずく》があれば、もしかしたら、ですけれど……」

「それは主神がもたらす文字通り神の奇跡じゃんか! ムチャ言い過ぎだろ!」

「ええ、無茶を言っている自覚はあります。だから、これは求められません」


 イリスがたまらず反発すると、ユーリエも同意した。


「とにかく、だ。まずは目を覚ましてもらうことが大事だろ? いきなり現れやがったあの意味不明な将来崩神ハーメルンについて、教えてもらわないといけないからな」

「ええ、そうですね」


 ハゼルから事情を聞いていたイリスが息巻く。


「王国が関わってくる話のようですからね……こちらも水面下で準備を始めておきましょう。戦争にならなければ良いのですけれど」


 アデルも思案顔だった。

 とはいえ、フォウの過去に深く関わっている穢れた神が悪意を向けてきている上に、王国との関わりも示唆されている。対策は必須だ。

 表だって行動すれば、王国を刺激してしまう懸念があるため、慎重には動かなければならないだろうが。


「とにかく、エーギルの出現を理由に穏やかな国境封鎖を行います。同時に国境警備の強化、監視の強化も。同盟国の帝国にも働きかけておきましょう」

「国防に関しては任せるよ。アタシらは、とにかくそのアイテムを集めよう。酒呑童子しゅてんどうじなら情報があるからね」

「ほんとうですか!?」

「ああ。こうなったら付き合うよ。フォウくらい頼りがいがあるってワケじゃないけど、アタシは序列第一位だったんだからサ」


 どん、と胸をたたくイリスは、とても心強かった。


『ハゼル。私もちゃんと協力するからね』

「うん! おねがいします!」

「じゃあ善は急げ。とっとと動くよ」

「『おお――――っ!』」

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