第23話 ハゼルと四方風神の息吹 2
イリスは、ぐ、と力を入れる。だが、しっかりと縛られているせいでビクともしない。さすがにプロだけあって、さっと解けるようなものではなさそうだ。
洞を利用した簡易の拘束所で、イリスは小さくため息をついた。猿ぐつわを噛まされているので、言葉も話せない。
(さてさて)
三方は地盤の固い岩に囲まれ、唯一の出入り口は格子を組まれてしまっている。しかもご丁寧に見張り付きだ。
傍にはハゼルもいて、こちらも猿ぐつわを噛まされているが、すやすやと寝息を立てている。
(まだ催眠ガスの影響が残ってるっぽいな)
島に上陸し、森をしばらく探索していたら奇襲を受けた。
それも気配さえ感じさせない精度と早業で、あっという間にイリスとハゼルは催眠ガスを浴びせられ、拘束されてしまった。
そして気付けばここにいた。
敵は完全に黒装束で、所属を明かさないようにしている。だが、立ち振る舞いからして軍人だろうと推測はついた。それも、かなり専門的な訓練を十分に受けている類の軍人だ。
イリスは見張りに気を付けつつハゼルを刺激するが、起きる気配が全くない。
とっさに吸い込む量を最低限にセーブしたイリスと違い、ハゼルはがっつりと吸い込んでしまったようだ。
(下手したら昏睡状態に陥るぞ……まぁ、相手からすればそれでもいいんだろうけどさ)
目を細めつつ、イリスはまたため息をつく。
しばらく大人しく待っていると、ふわふわと小さいホタルのような光が漂ってくる。かなり光量は抑えられていて、良く見ないと認識さえ難しいくらいだった。
言うまでもなく、精霊である。
疲れたといってハゼルの中にいた結果、精霊は存在に気付かれることはなかった。そこでイリスは精霊に素性調査を頼んだのだ。
『ただいま』
「おかえり。どうだった」
猿ぐつわをあっさりとかみ砕き、イリスは小さい声で語りかける。
『うん。イリスの推察通り、王国の連中だったよ。第三研究分室とかどうとか』
「聞いたことはないな。となると、軍部でも裏の方か」
『うん。どうも島を支配しようとしてるみたいだよ』
「王国が? なるほどな。フォウの言った通り、戦争を仕掛けようとしてきてるのか……」
フォウの思いつめたような、焦ったような表情を思い出しつつイリスは吐き捨てる。
「そのような蛮行、許すわけにはいかないな」
『どうするの?』
「脱出する。情報収集は終わりだ」
そう言って、イリスは意識を高める。
「出てきな。
姿を見せた金色の犬は、あっさりとイリスとハゼルの拘束を牙と爪で切り裂いて解く。一瞬で自由を取り戻したイリスは、そのまま格子に向かって突撃させ、強引に突破する。
ズガァン! と重い音が響き渡り、その衝撃でハゼルも起きた。
「うへぇっ! な、なんですか!?」
「起きた? 事情は後で説明するから。とりあえずここから出るよ。ついておいで」
飛び起きたハゼルに有無を言わさない調子で言い放ち、イリスは破壊したばかりの格子をくぐりぬける。
刹那。
異様なまでの気配と、魔法陣。
「死ねっ!
二人の兵士が同時に魔法を開放する。
瞬間、金色の犬が飛び出し、その魔法を引き付けて己の身で受け止める。ごう、と周囲に熱が広がるが、犬には毛一つにもダメージがない。
驚く兵士二人に、犬のタックルが襲い掛かる。
一撃で壁に叩きつけられ、兵士はあっさりと昏倒した。
イリスは素早く縄で拘束して移動を始める。
「すごいてなみですね……」
「こう見えて荒事には慣れてるからね。ほら、いくよ」
イリスは周囲を警戒しつつ、洞に入っていく。
騒ぎを聞きつけたか、周囲から響いてくる足音が多くなってきていた。
「ハゼル、後ろにいな」
イリスが指示した瞬間、また二人の兵士が角から出てくる。
同時に兵士が剣を繰り出すが、イリスは左にさっと回避してから掌底を顎にたたきつけ、一人を黙らせる。さらに倒れざまに剣を奪い、もう一人の兵士に切りかかった。
がきん、と剣戟。
まともに拮抗したのは、その一回だけだった。
鮮やかな動きで、イリスは次々と剣を繰り出す。あっという間に黒装束の兵士は防戦一方になり、徐々に後ろに下がる。
どん、と壁に背中をぶつけた瞬間、イリスの袈裟斬りが兵士の剣に直撃し、叩き落した。
「な、しまっ……」
「その程度の腕で、アタシに挑もうとしてたのかい? 笑わせる!」
繰り出されたのは裏拳。
叩き落された剣に意識を向けていた兵士は慌てて気づいて顔を上げるが、その鼻っ面に一撃を食らう。さらに剣の柄頭で額を殴られ、あえなく気絶した。
「つ、つよい……!」
ハゼルは目を大きくさせて驚いていた。
兵士だって決して弱いわけではない。むしろ軍人として訓練を良く受けている方のはずだ。イリスは、それを簡単にあしらっている。
「アタシは確かに
「すごいですね」
「まーね。ウェイン共和国騎士団伝統の闘剣大会で、三年連続優勝したからね」
ウィンクするイリスは不敵な笑みを浮かべていた。
『出口はこっちだよ』
精霊の案内で、イリスたちは洞の中を突っ切る。
時折兵士と鉢合わせするが、全て撃破した。
「なんでこんなところに、おうこくのへいしが……?」
『分からないけど、この土地にいる精霊に聞いたら一度や二度じゃないみたい。この前は、島の主がやられたって』
「島の主? 神か?」
イリスの疑問に、精霊が頷く。
『そうみたい。山神の一柱みたいだけど』
「どうしてそんなこと……」
「実効支配するつもりだからだろう。ここはウェイン共和国のものだけど、お互いに不干渉地域でもあったんだよ。そこに手を出すってことは、いよいよフォウの言ってた通りか。王国は戦争を仕掛けるつもりなんだろうな」
イリスは険しい表情だ。
ウェイン共和国と王国は貿易関係もある隣国で、外交的にも繋がりがある。だが、仲良しかといわれるとそこまででもない。どこか緊張している。
これはイリスが序列第一位になって、アデルたちと話す機会が増えたからこそ知った事実だ。
(かなり昔はここらへんも王国の領地だったからな。相手からすれば取り戻したい領地になるのか)
王国はかつて、第一大陸を支配し、第二大陸の大半も手中に収めていた。
それが天災や時代の変化を受けて帝国が誕生し、第二大陸全土を巻き込む戦争が勃発。結果、王国は撤退した。その後、ウェイン共和国が帝国の後見を得て独立、誕生した。
複雑な経緯ではある。
今も帝国と王国は仲が悪い。そしてウェイン共和国は帝国が後見してもらっている関係上、密接な間柄だ。むしろ兄弟関係に近い。
(でも、ウェイン共和国に手を出したら、絶対帝国も黙ってないのに)
帝国は今や第二大陸の覇者だ。
それでいて、周辺国家との関係は非常に良好で、安定した統治を続けている。国家としての基盤、そして国力を見れば、帝国は王国より大きい。
(何かあるんだろうな……
思いながら、洞の崖をのぼり、外に出る。広がったのは森だ。
決して視界が開けたわけではないが、やはり地上の空気は美味しい。イリスは思わず深呼吸した。
「これからどうしましょう?」
「とりあえず四方風神の息吹を手に入れよう。精霊たちから情報は集めてあるんだろう?」
『もちろん!』
精霊は胸を張りながら周囲を飛び回る。
『四方風神の息吹は、あっちの山、遺跡の中にあるんだって』
「あれですね。すこしふるいけど、しろいしんでんがあります」
精霊が指差した方向を睨んで、ハゼルは言う。見つけたらしい。
イリスからはまったく見えないが。
「……良く見えるね?」
「じゅうじんですからね!」
「なるほど。じゃあ、さっさと回収して戻ろう。アデルに報告しないとな」
ハゼルと精霊の先導で、森の中を突き進む。
ここからは時間の勝負だ。
通常よりもかなり早いペースで三人は進む。フォウがいれば確実に不可能なペースだったが、体力のあるイリスは平気でついてきた。
「階段があるね」
汗が滲む頃、坂道を登っている中でイリスは見つけた。
土にまみれて見えにくいが、確かに階段がある。それだけでなく、神殿が近いのだろう、壊れて朽ちた灯篭や彫像も草木の陰から見つかった。
「あとは、ここをあがるだけですね。何かちからをかんじます」
「言われてみれば確かに、かすかだけど……」
言葉は最後まで続かなかった。
一瞬の気配、否、殺意。
明確に感じ取ったイリスは素早く振り返り、同時に繰り出した剣で飛んできた何かを地面に叩き落した。
鈍い音を立てて地面に突き刺さったのは、ナイフだ。
刃まで黒塗りされていて、見るだけで分かるような猛毒が塗りこまれている。
確実に殺すつもりのナイフだった。
「誰だ! 出てきな!」
イリスが声をがならせると、正直に二つの影が現れる。
やはり黒装束。
ただし、その眼光はとてつもなく鋭かった。
「今のを防ぐのか、やるな」
「これは楽しめそうだね、セカンド」
「ああ、楽しめそうだ。サード」
二人はそう言い合って、不敵に笑んだ。
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