第22話 ハゼルと四方風神の息吹

「あの、ほんとうにいいんですか?」


 戸惑いながら、ハゼルは旅支度を整えた青年姿の神――ミナモトノライコウを見る。白鞘の日本刀を帯刀する姿は、さっきまでの穏やかな姿とは想像もつかないくらいに勇ましい。

 ミナモトノライコウは、精悍な顔で微笑む。


「うむ。事情を聞くに大変なことになっているようだからな。この土地に住まう神としても見過ごせない事態だ」


 力強い言葉だった。

 酒呑童子しゅてんどうじのさくらと傲蜘蛛女神アラクネを迎え入れるにあたって、ハゼルが改めて事情を説明したところで、ミナモトノライコウも同行を申し出てくれたのだ。

 ハゼルからすればありがたいことこの上ない。


 何せ、ミナモトノライコウも非常に強力な神だからだ。


 いくら神の連続使用で疲弊していたとはいえ、あのフォウが手玉に取られたのである。あの神――将来崩神ハーメルンは警戒するに越したことは無い。

 何より、ハゼルは神具女かごめとしては未熟で、手持ちもほとんどいない。手札は一枚でも多く持っていたかった。


「こう見えても私は末席とはいえ、武神に属する神だ。多少は役立てるだろう。それに、だ。ハゼル。君の師匠への思いに感銘を受けた。君の願いを叶えさせてほしいのだ」

「……! ありがとうございます!」

「ライコウサマが来てくれたら、百人力だよ!」

「その通りだし」


 自信満々にさくらとアラクも胸を張る。恋敵ではあるが、なんだかんだと仲良しのようだ。


「それじゃあ、よろしくお願いします」

「うむ。それで、次の目的は四方風神ウェンティの息吹だそうだな?」

『そうなのよ。でも手がかりがなくて』

「協会や共和国も情報収集に走ってるはずだけど、調査結果がくるのは先だね」

『ここ、精霊が多いから聞いてみたけど、みんな知らないんだよね』


 ライコウの問いかけに、イリスと精霊が答える。


「ふむ。いや、それは当然だろう。四方風神はここにはいないからな」

『え?』

「まさかの国外?」


 精霊とイリスが顔を引きつらせ、ハゼルが不安そうな表情になる。慌ててライコウは両手を振った。


「違う違う。いやすまない。言い方が悪かったな。四方風神というのはそもそも一か所に集まらないんだよ。彼らは性質的に交じることがない。季節や天候に影響を及ぼす自然神だからな」

「あ、たしかに。おししょうさまもそういってました。だからかんぜんにつかまえるのはむずかしい、って」


 思い出してハゼルは手を叩いた。

 フォウは北暴風神ボレアスを使役しているが、あの威力を誇りながらも、まだ神の全てを体内に収めたわけではない。あくまでも神の一部を封印し、神の一部を使役している。

 これは自然神に限らず、他の神々にも言える。分割してそれぞれの体内に封印した場合などが当てはまり、その場合は使役できる力も一部になり、威力も弱まる。

 ライコウは頷く。


「うむ。そもそも星そのものの自然を司る神だからな。で、その中でも風の神は自由を謳歌しているし……ともあれ、四方風神ウェンティの息吹というのは、そんな神々の影響力が偶然にも重なりあって結晶化したものだ。その条件を満たす場所というのは非常に少ない」

「そうだったのか……奇跡の秘宝というのは耳にしていたが」

『なるほど。だから精霊に聞いても分からないのね。精霊は長生きだけど旅してるわけじゃないし』


 関心するイリスと精霊。

 その隣で、ハゼルは腕を組んでいた。


「じゃあ、そのじょうけんをみたすばしょって……」

「ウェイン共和国と王国の国境線付近にある島、絶風島だな。そこにある神殿にあると聞いたことがある」


 ライコウは、遠くを見通せる景色――その奥にある海を見ながら言った。



 ◇ ◇ ◇



 暗がり。ろうそくしか灯りがない中、覆面の男は小さい丸テーブルを挟んだ向かいに座る、つばの広い帽子男の戯曲を聞いていた。

 ざらついて、ひどく不愉快で、それでも引き付けてやまない男の歌声に耳を傾けながら、覆面の男――フェイスは淹れたての紅茶を口に含む。


「……というわけなんだよ!」


 誇らしげに語る男――将来崩神ハーメルンはやや興奮気味だった。


「つまびらかに美しい戯曲だったよ。どうもありがとう」

「ふふ、君くらいだよ。ボクの戯曲を聴いてそんな感想をすぐに吐き出せるのはね。ボクの声は人を不快にするのだけれど」

「そうなのか? あまりそんな感じはしなかったけれど」

「ふふ。君はもう半分以上人間やめているからね。耐性がついてるんじゃないか?」


 ちゃかすように言われ、フェイスも覆面の奥で微笑む。


「神とは業が深いものだ。それよりも、フォウに関することなんだけれど。寿命が短いとあったが、持ってどれくらいだ?」

「環境によるからね、そればっかりは何とも言えないな。ただ、内臓がズタボロだったからね。そこにちょっと大きめの殺生石を埋め込んだんだ。普通に考えれば持って数日じゃないかな? 人間が扱える魔術程度じゃ、殺生石の毒を完全に中和することは不可能だしね」

「ほう。思ったよりも影響は大きかったか?」


 フェイスが顎を撫でると、将来崩神ハーメルンは嘲笑うように口の端を歪めた。


「世界からの祝福――加護を簒奪し、神々の浄化と許容量拡大のために使った殺生石の欠片。反動は遅効性の猛毒。それを中和するために薬剤を使っている、だっけ」


 その殺生石—―厳重に封印されている—―手の平に出現させつつ語ると、フェイスは頷く。


「うむ。そのありふれた薬草を組み合わせ、さらに過剰なまでの浄化薬を体内に取り込むことで毒の効果を中和させる。とはいえ、完全ではない。徐々に体は蝕まれていく。それでも後数年は持つと思っていたのだが……」

「薬草も浄化薬も、過剰に使えば毒になるよ。内臓への負担も大きい。子供のころはそれでも代謝が勝るけど、大人になれば急激に影響は出るものさ」

「ふむ……」

「もちろん、想定以上に神を封印してきている可能性もあるけどね。どんな神を持っているのか覗こうとしたけど、プロテクトかけられちゃってさ。小賢しいよね」


 やれやれと頭を振ってから、将来崩神ハーメルンは殺生石を消す。

 ふと、テーブルに一枚の紙が浮かび上がる。

 そこには、処分決定と押印があった。


「へぇ、そうするんだ? 人造強化型による最強の神具女かごめ計画――実験番号四番ナンバー・フォウ――唯一成功と言える実験体。完全処分なのはちょっともったいない感じもするけどね」

「失敗作だ。出来損ないとはいえ、奇跡的に我らの要求値を満たしたから神具女かごめとして活動させていたが、少々好き勝手もしてくれていたからな。無断で国外逃亡も看過しがたい。何より、ヤツからもたらされる実験データは不要だ。完全消滅してもらう」

「ふーん。そういう罪でいくんだ。でっちあげるね」


 くく、と将来崩神ハーメルンは愉しそうだ。


「問題ないさ。それに――フィフスが完成したからな」

「王国の国家予算の実に二〇%もかけた新しい神具女かごめ……まさに最強に相応しい存在、だっけ?」

「ああ。君が集めてくれた加護も大きく役立っている。これを持って、我ら王国は復権を目指す」

「あはは。神具女かごめと言いながら、その実態は兵器じゃないか。でも面白い。かつて第一大陸を支配し、第二大陸も大半を手中におさめていた超国家――それの復活か。楽しそうな混沌が待ってるね?」

「故に、まずは手始めに――ウェイン共和国を殺す」


 フェイスはそう言うと、また紅茶を口に含んだ。


「すでに部隊は送り込んでいる。まずはウェイン共和国の南端港の制圧の足掛かりとして、国境島――絶風島を実効支配するためにな」

「ああ、なるほど。すまないね。ボクが火の海にできていれば良かったんだけど」

「問題ない。当初のプランだ」


 フェイスは余裕の笑みを浮かべる。


「そのために、ヤツを送り込んだからな」



 ◇ ◇ ◇



 大きく荒れる海。

 四方からの風に囲まれて、その島は鎮座していた。

 ウェイン共和国と王国の貿易船が行き交うルート上にあるこの島は、ほんの僅かだけウェイン共和国側にあるこの島は共和国所有だ。

 島としての規模こそ大きくないが、火山島のために起伏が激しく、カルデラ湖もあって自然がとても豊かだ。さらに海水によって削られて形成された大きい洞があり、軍艦でさえ収容できる天然の要害でもある。


 つまり、軍事的価値が非常に高い。


 両国は貿易用の帆船でおよそ三日かけて行き交う。

 この島はちょうどその真ん中であり、より高速移動が可能な軍艦であれば一日で着いてしまう。

 両国にとって、お互いを攻める上で重要な拠点になるのだ。


 そんな島だからこそ、両国は互いに友好的であることを示すために手を出してこなかった。


 普段は誰も手を出さない無人島。

 そういうイメージだ。

 にも拘わらず――イリスたちは捕まって拘束されてしまっていた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る