第24話 ハゼルと四方風神の息吹 3
ざらついた感覚がした。
ハゼルは違和感を覚えながらも、臨戦態勢を取った。背格好からして王国の兵士なのだろうが、雰囲気がまるで違う。
敵意や殺意といった厚みの差だ。
明らかに、この二人はさっきまでの兵士とは一線を画す。
ぴりぴりと肌が緊張でちりつく中、イリスは剣を構えて前に出る。
「人に毒殺ナイフ投げつけるなんて、ずいぶんなコトしてくれるね? 覚悟はできてるんだろうな?」
「覚悟などと、我らにそれを言うか」
「ずいぶんと強い女だ」
ゆらり、と、二人は構える。
瞬間、露に塗れた草が揺れ、二人の姿が消える。
僅かな疾風。鋭い吐息。
イリスはほとんど反射的に剣を振るう。
鋭い剣は、一瞬にして姿を見せた一人の黒装束を捉える。だが、黒装束の手にも刀があり、あっさりと受け止められた。
イリスは一度身を引き、次々と連撃を繰り出すが、全て受け止められる。
飛び散る火花。重なる剣戟。
先ほどまでの兵士とは格が違う。だが、それでもイリスが優位だった。
「少しできる程度でっ!」
「俺様は一人じゃねぇぞ」
言葉の刹那、二人目がイリスの背後に回りこむ。
「させないっ!」
すかさず獣人化したハゼルが横入りし、拳を繰り出して追い払う。
ガチガチと火花を散らしながらつばぜり合いをしていたイリスもまた黒装束に蹴りを繰り出して接近を拒否し、また身構える。
「ほう!?」
今度はイリスから仕掛ける。
地面を力いっぱい蹴り飛ばし、間合いをつめる。二人が左右から挟みこむようにして迎撃の態勢を取るのを見て、イリスは舞うように剣の連撃を繰り出す。
空気がしなるように唸り、二人の刀と衝突する。
イリスは目を鋭く細めつつ、相手をひきつけるようにして刀の反撃を捌いていく。徐々に後ろに下がり、二人の距離も詰まる。
「出てきな。
瞬間、イリスは神を開放し、その牙と爪で襲わせる。
完璧な奇襲だった。
だが、その犬神は寸前のところで動きを停止させた。
「――!?」
驚愕の刹那、犬神は着地するとイリスへ向き直り、威嚇を始める。
「――《調伏》」
「《制伏》――」
二人の言葉の直後、赤い電撃が犬神の全身を覆い、禍々しい気配に包まれる。
イリスは混乱しながらも大きく跳び下がった。
「バカな……私の神が! 支配された!?」
「ひゃーっはっはっはっはぁ!
「自分の使役する神に自分が噛み殺される。面白いなぁ、楽しいなぁ! けけけっ、聞かせてくれよ、その悲鳴をさぁっ!」
口汚く罵りながら、二人は犬神に命令を下す。
犬神は一歩前に進んで、敵意を剥きだしにした。
理由は分からない。原理も不明。だが、現実として今、イリスの神は奪われた。
(まずい、このままじゃ!)
(――あたしに任せて、ハゼルちゃん!――)
焦るハゼルに、声は心の内側からやってきた。同時に膨れ上がる力。
ハゼルは即座に応じた。
「おいでませ! さくらさんっ!」
名を呼んだ瞬間、巨躯の赤鬼が姿を見せる。一瞬にしてイリスを庇うように駆けつけ、犬神の突進を軽々と受け止めた。
「おーよしよし、お姉さんと遊ぼうね!」
凶暴に牙を剥いて暴れる犬神を手玉に取りつつ、
その様子を見つつ、ハゼルが特攻を仕掛ける。連中の力を使わせないためだ。
獣人の筋力を活かした瞬発力を発揮し、即座に懐へもぐりこむ。
「――ちっ!」
繰り出された一撃を黒装束は右へ大きく退避する。
ハゼルは素早く手のひらを突き出し、魔法陣を展開した。
「《天空の雷鳴、激甚の刹那――響け》っ!
弾けるように雷鳴が放たれ、空気を切り裂く電撃が黒装束を撃った。
「かはっ」
全身から白煙を上げ、黒装束が膝を折る。
チャンスとハゼルは追撃の構えを取るが、真横から黒装束が飛び出してきた。
(うわ、ヤバ――)
不意打ちだ。回避も迎撃も間に合わない。
「ハゼルっ!」
割り込んできたのは、イリスだった。
繰り出された刀を剣で受け止めて弾き、さらに連撃を加える。
「――《調伏》」
「《制伏》――」
二人の不気味な声がまた重なる。
瞬間、周囲から黒い靄が出現し、呼応するように地面が盛り上がる。
バキバキと木を根元からなぎ倒しながら姿を見せたのは、古ぼけたゴーレムだった。
「まもの――!?」
「違う、これは山神だっ!」
イリスが鋭い声をあげ、さらに構える。
「まさか、あのふたりも
威圧を受けながら、ハゼルも距離を取って構える。
相手が神となれば使える魔法は限られてくる。神に通用する魔法は、精霊の力を膨大に帯びて、しかも
だが、今のハゼルは
さらに神を使役できるかどうかは不安があった。
それはイリスも同じだ。複数の神を所有しているが、同時に使役できない。
神の同時使役は、それだけ超高等技術だ。
「正確には違うな」
「俺たちは《調伏制伏》の使徒。神を直接調伏し、支配する力を与えられた奴隷だ。言い換えれば、人によって造られしヒトモドキ。つまり、人間兵器ってヤツだな。けけけっ」
「人によって造られた、ヒトモドキ……!? あんたら……」
「ひゃーっはっはっはぁ。おいおい、そんなのに驚くなよ。王国の暗部じゃあ平気でやってることだぜ? 日々兵器を開発するのは大事なことだろ? そして、この世界において最も効率的な兵器って言えば――神だろ」
ドス黒い感情をばら撒きながら、二人は嘲笑う。
王国の闇そのものが、今まさに目の前にいた。
イリスもハゼルも言葉を失ってしまう。王国が人間を使って開発した、兵器。その言葉の響きのおぞましさ。
「それに、お前らにとったら親しみあるだろぉ? ああん?」
「あるわけないだろ! 何言ってんだ!」
イリスが噛み付くように言い返すが、嘲笑がまず返ってくる。
「なんだぁ? お前らもしかして知らないのか? ああ、知らないか」
「アイツが言うわけねぇもんな、そんなこと」
「あいつ……?」
イリスが訝ると、黒装束の二人は同時に嗤う。
「フォウだよ。フォウ。良く知ってるだろうが? 実験No.フォウ。あいつも俺たちと同じ――王国の暗部によって生み出された人間兵器だよ」
衝撃。
一瞬、ハゼルは何がなんだか分からなくなった。
(おししょうさま、が、にんげんへいき? つくられた、にんげん?)
混乱していると、イリスがさっと前に出てハゼルを庇う。
「何言ってんだ。っていうか、どうしてアタシたちとフォウのつながりを知ってるんだよ。ストーカーか?」
剣で威嚇しながら挑発すると、二人はまた嘲笑した。
「はっ。さっき、そこのチビガキが使った
「そうだよなぁ。剣技に秀で、動物系の神を使役するオレンジ髪の女――ウェイン共和国の
「それにそのチビガキの特徴。銀耳に赤い尻尾の狐獣人。そんなレアなやつでしかも
口々に語られ、二人は絶句する。
さすがに王国の暗部だけあって、情報は大量に保有しているらしい。
「――となると、お前たちを拘束すれば、色々と情報が手に入りそうだな」
「は? 俺たちを拘束するってか? 笑わせるなよ。ひゃーっはっはっは!」
「俺たちは出来損ないだ。情けで暗部に所属させられて、こうして道具のように使われているだけだ。お前らが欲しい情報なんてないぜ、たぶんな。けけけっ」
「そうだとしても、少なくともフォウに関する事情は知れる」
イリスは気合を剣にこめながら言う。
「ひゃーっはっはっは! だったらやってみろ! 俺たちは暗部、
黒装束が叫び、山神が蠢く。木々と同じくらいの背丈を持つ神は、身体を軋ませながら豪腕を振るった!
拳が地面に叩きつけられ、土が爆裂する。
凄まじい衝撃を浴びせられ、イリスとハゼルを顔を庇いつつ下がった。
「――くぅっ!」
「まずはこの神をどうにかしないと……精霊さん」
『ダメだよ。近くの精霊が手を貸してくれない。この山神は大切な存在だから、って』
厳しい表情で、精霊は頭を振る。
絶望的な状況に追い込まれた。
神の使役は難しく、その上で切り札になりそうな精霊魔法が使えない。ハゼルは頭が真っ白になりそうだったが、すぐに前を向く。それでも諦めるわけにはいかなかった。倒れるわけにもいかなかった。
(こんなところで負けるわけにはいかない。おししょうさまを、おししょうさまを、たすけるんだ――っ!)
ハゼルは覚悟を決めたように構え――そして、心の内側からの声を聞いた。
(――ならば、私に任せるが良い。ハゼル――)
ぞわり。
(――心配は要らない。私とさくらならば、な。あのような下衆に負けぬし、何より、同時に使役することも問題ない――)
強い言葉。にじみ出る信頼。
ハゼルは小さく頷いた。
どの道、それしか方法はないのだ。
「――おいでませ! ライコウさんっ!」
ハゼルが喉を震わせて呼ぶと、驚くくらいスムーズに、彼は姿を見せた。
神々しい光を放ちながら、烏帽子に着物姿の武士は顕現し、刀を抜く。
「気高くも荒ぶる山の神よ。汝の地に許可なく立ち入ったことを詫びよう。されど、こちらにも果たさねばならぬ使命があるのでな」
ライコウの刀が、光を放つ。
「天下五剣が一振り、ライコウ。またの名を童子切安綱。一振りにて参る!」
気合を吼え、刀を真横に振るう。
瞬間、斬撃の奇跡が光となって拡大、巨大な一閃となって山神を真っ二つに切り裂いた。
――無音。
切り裂かれた山神は、自身に纏う黒い靄の全てを消し飛ばし、また地中へと戻っていく。傷口はもう修復されている。否、そもそも斬られていない。
「けけけっ、反則だろ、それ」
「ひゃーっはっはっは。さすがフォウの身内だけあるな。規格外だ。けど――その破壊力、俺たちが貰い受ける!」
二人は左右に展開してから間合いを詰め、ライコウに肉薄する。
「――《調伏》」
「《制伏》――」
赤黒い波動がまた広がって、ライコウを包む。
だが。
ライコウは、ため息ひとつでそれらを弾き飛ばした。
二人の黒装束が同時に驚愕する。
「何っ!?」
「愚か者め。貴様らの汚らわしい力の正体は、穢れの再来だろう? 穢れは神を長期間に渡って傷つけるからな。その傷に干渉して穢れの記憶を揺り起こし、あたかも穢れたかのように錯覚させ、意識を混濁させて支配権を奪う」
ライコウの指摘に、二人は言い返せない。
「だが、穢れたことなどない私に、そのようなものが通じるはずがない」
ライコウは薄く笑ってから、刀を振るう。
その一閃は、間違いなく二人を切り裂いた。流麗たる白刃に負け、二人は同時に倒れた。
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