わっちは確かに《世界一の出来損ない》だけど、本当に追放するの? 知らないよ? ~最強の師弟は二回追放された結果、新天地で神々をフルボッコします~

しろいるか

第1話 出来損ない、ギルドを追放される。

「……なぁにが、お前らとの契約は今日限り、だよっ。ばっかじゃないの! 新しくギルドマスターになったからって調子乗りすぎでしょっ!」


 狭い室内に、酒やけの声が静かに響く。

 安宿特有の獣油ランプが揺れる中、固いソファのようにしかみえないベッドに女はだらしなく寝そべっていた。

 花魁を彷彿とさせる煽情的で妖艶な恰好は、すっかりと乱れてしまっている。

 床にはひょうたん型の酒瓶が幾つも転がっていて、かなり飲んでいる様子だ。


「おししょうさま、のみすぎですよ。はい、冷たいぬれタオルもらってきました」


 荒れに荒れる女を諫めたのは、銀髪で狐耳の男の子だった。

 冷たいタオルを受け取った女は、起き上がるなり遠慮も何もなく顔をごしごしと拭く。それでも、女の狐のような妖艶さを演出している朱色のアイラインはびくともしない。


「これが飲まずにいられるかって話さね。わっちがどれだけ苦労してたと思うのさ。それを一切無視してくれちゃってさ」

「たしかに、あれはひどいと思います!」


 妖艶な女――ベアトリーチェ・フォウは息まきながら怒り、男の子――ジル・ハゼルも頷く。

 二人からすれば、思い出すだけで腹立たしいできごとだった。

 つい昼過ぎまで身を寄せていたギルドを追われてしまった二人は、仕方なく町の安宿に泊まる羽目になっていた。獣油ランプは臭いし、狭い室内は妙に湿気ているし、ベッドの布団は薄くて固い。まさに最悪だった。


「だよね! 『剣も弓も魔法も使えない、魔物を倒せないヤツはいらねぇ!』だの『ギルドに何の貢献もしない役立たず!』だの! どんだけ説明しても信じないし! 失礼極まりないね!」

「はい! おししょうさまの代わりに、ぼくがギルドの雑用をぜんぶしてました! なにもこうけんしてないなんてあり得ないです! あとおししょうさま、その声真似ちっとも似てません!」

「うん待って。それ、わっちが何もしてないように聞こえない? 後、しれっとキツいこと言わなかった?」

「いいえ! おししょうさまはがんばってました!」


 ハゼルはまず否定する。


「夜しかでてこないバケモノと、まいにち、ずっと寝ないで夜明けまで戦って! だから、ひるまで寝るしかなかったのに! ありえないです!」


 ハゼルは拳をにぎり、しっぽをぴん! と立てながら怒りを口にする。

 声真似についての指摘はスルーされたらしい。フォウは苦笑する。


「それに、バケモノたいじを依頼してきたのはあっちじゃないですか! しかもギルドマスターじきじきに!」

「ま、依頼してきたのは先代だけどねぇ」


 フォウはキセルに火をつけつつ、不満げに眉根を寄せる。

 夜に出てくる謎のバケモノ退治。手に負えないからどうにかして欲しい。それがフォウたちへの依頼だった。


 (――ギルドの面々には不安を与えるから黙っててくれって言われたから、わざわざギルドに入ってやったってぇのに)


 キセルから、ゆらりと白い煙が出た。


 (まさか、ギルドマスターが代替わりすると同時に追い出されるとは思いもしなかったね。ちゃんとわっちのこと、引き継ぎをしたのかね? それとも信じなかった? ま、後者だろうね。あのムサ男、先代のやり方は気に入らなかったみたいだし。わっちのことなんて、先代の妾だと思ってたからねぇ。いくら説明しても聞く耳持ちやしなかった)


 だから邪魔者になったと判断して、二人を追い出したのだろう。

 まったくもって短慮浅薄な行為である。


「まぁ確かに? わっちは剣も弓も魔法も使えないさね。体力もそこまであるわけじゃないし」

「五〇メートルも走ったら、一〇分くらい動けなくなりますもんね」

「か弱いから朝も弱いし?」

「なんだったら昼もよわいですもんね」

「肌も弱いから、水仕事とかも苦手だし」

「せんたくしたら服をビリビリにするし、そうじしたらむしろ散らかるし、りょうりしたらドラゴンさえ苦しむ猛毒ができますもんね」

「……ハゼル?」


 フォウは口元だけ笑って弟子であるハゼルを見る。ハゼルの目はきらきらと純真に輝いていた。眩しい。


「それを並べられたら、わっちが追放されても当然ってことにならない? お前さんはどっちの味方なんだい?」

「もちろん! ごしゅじんさまです!」

「《おししょうさま》だろ」


 即座に訂正すると、ハゼルは口元を小さい手で隠してから、しょんぼりする。


「あ……ごめんなさい。おししょうさま……」


 狐耳をぱたんと倒し、泣きそうな顔で俯くハゼル。フォウは何かに撃ち抜かれたかのようにのけぞった。


 (うぬぅっ!? こ、こんなの、怒れるはずないじゃないの!)


 フォウはため息をついて、ゆっくりとハゼルの頭を撫でた。


 (奴隷から解放されて、もう半年は経つのにね……)


「怒ってないよ」

「ほんとうですか?」

「本当の本当。むしろダメダメな師匠でごめんねぇ」

「そんなことないです! たしかにいろいろとダメダメですけど!」

「そこは否定しておくれ。嘘でもいいから」


 がっくりうなだれると、ハゼルはきょとんと首を傾げた。


「え? でも嘘はダメって……」

「うん、そうだったね、うん。ごめん」


 フォウは素直に謝るしかなかった。純粋の前に勝てるものはない。


 (それにしても、あのバケモノは惜しかったね。あとちょっとってトコまでいったんだけどねぇ。ま、仕方ないか。追い出されちゃったし、気に掛ける必要はないね)


 すう、とキセルを吸ったタイミングで、部屋のドアが開かれた。

 入ってきたのは、全身鎧の男が三人だった。すでに剣を握っている。


「だ、だれっ!?」

「言うまでもないさね」


 怯えるハゼルを自分の後ろに回り込ませつつ、フォウはキセルをまた吸って、息を吐いた。


「わっちを殺しに来たんだろ、ギルドマスター。追い出すだけじゃあ足りなかったかい?」


 反論はなかった。

 むしろ肯定するかのように、全身鎧の一人がヘルメットのバイザーをあげると、ムサい男、ギルドマスターは舌なめずりをわざわざ見せつけてくる。


「はっ。あのギルドはもう俺様のものだからな。それに、何を吹聴するか分かったもんじゃねぇからな。この加護失女かごめ風情がっ!」

「お、おししょうさまをそんなひどい名でよぶなっ!」


 最高の侮蔑に言い返したのはハゼルだった。


 (本当は怖いだろうに、この子は……)


 しっぽが如実に恐怖を表していたが、ハゼルは勇敢だった。否、自分が慕うフォウをバカにされて怒っているのだ。

 緊迫した状況下にも拘わらず、ハゼルの健気さにフォウは少し頬を緩めてしまう。


「なんだぁ、知らねぇのかよクソガキ!」


 野太い声に恫喝され、またハゼルが縮こまる。


「こいつはな。世界から祝福されず、加護をもらえなかったゴミクズだ! 生きてるだけで不幸を呼び寄せる害悪――穢れそのものなんだよっ!」


 だから、加護失女かごめ

 混沌と魔を司る、悪の権化――穢れと同じ。人に対する悪態として、最悪の言葉である。ハゼルは怯えながらも唸るように威嚇する。フォウはそんなハゼルの頭を撫でてなだめつつ、キセルを置いた。


「だから女は殺す! だがガキ、テメェ奴隷として売り飛ばす! ひひひっ、良い金ヅルだからなぁ!」


 下卑た声と顔に、フォウは呆れた。


 (やっぱり、そっちが本命かい。誰に入れ知恵されたか知らないけど、金のためにわざわざやってくるたぁ、大したバカだよ)


 だが、ギルドマスターの言葉は、ハゼルのトラウマを呼び起こすのに十分だった。ガタガタと震えだし、唇まで青くさせてしまう。

 確かにハゼルは銀髪狐耳のしかも眉目秀麗な男子。買い手にはことかかないだろう上玉である。

 フォウは落ち着かせるように、ハゼルの頭をぽんぽんと撫でてから背中をさする。


「まあ、穢れそのものってぇのは、否定はしないさね。わっちは世界一のできそこないだからねぇ」


 フォウは薄く笑う。否、キレていた。


「だからさ、わっちをどうこう言うのは構わないよ? けど、わっちの可愛い可愛い弟子を怯えさせるのはいただけないね? ちょっとオイタが過ぎるんじゃないかい? ――この子はお前たちみたいなのに渡さないよ」


 最後の言葉にドスを利かせ、威圧を放つ。

 だが、気付かない敵連中は嘲る調子を崩さなかった。


「はっ! なんだ、やる気か? いいぜ。毎日ずっと夜な夜な酒に溺れて、昼過ぎまで寝てるだけの出来損ないクソ女が、いったい何をどうやって俺たちと戦う気だよ!」


 フォウはおもむろに袖をめくり、するすると細い腕に巻かれた包帯を解いていく。


「確かに、わっちは剣も弓も魔法も使えないさね」


 だが。


「戦えないとは言ってないよ?」


 露わになった細腕に刻まれた紋様が、赤く光った。


「神の力を見せてあげるよ」

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