第七話 報酬は、キッチリいただきますので

「それでだ。お前さんの依頼を受けるにあたって、ひとつ重要なことを決めておく」


「あ、なんでしょう」


 シクヨロは、アイシアと固く交わしていた握手をほどきながら言った。


報酬ほうしゅうだ。今回の依頼内容に関して、オレたちはあんたが手にしたすべての利益のうち、きっかり半分をいただく。いいな?」


「半分?」


「そうだ。手に入れたアイテムについては、探索者ギルドの鑑定を受けたあとに、その鑑定評価額の半分を支払ってもらうことになる」


「……はい」


 シクヨロの言葉を、真剣に聞いているアイシア。マルタンが、その話に補足した。


「今回の依頼目的の『マカラカラムの護符タリスマン』が無事に手に入ったら、探索者ギルドに預けておけばいいのさ。鑑定評価額をほぼそのまま受け取れるし、優先的使用権の契約だけ結んでおけば、キミがこれからの冒険で使いたいときに使用料を払うだけで、いつでも自由に借りられるんだ」


「へえー、そんなこともできるんですね」




 説明しよう。


 彼らの話に登場した「探索者ギルド」とは、探索者たちに、さまざまな冒険クエスト斡旋あっせんする一種の組合のことである。探索者たちをサポートするとともに、迷宮の周辺環境の管理なども請け負っている。また、レアアイテムを鑑定して売買するほか、希望者にはレアアイテムの報酬と優先的使用権を与えた上でそのアイテムを預かり、使用者から料金を取るということも業務にしているのだ。

 ちなみに、シクヨロが経営する「4946シクヨロ迷宮探偵社」は、探索者ギルドに登録はしているが、冒険クエストの受注は依頼者から直接受ける形を取っている。


 以上、説明終わり。




「ここまではいいか? それで、着手金と必要経費なんだが……」


「あー、それなんですけどぉ。あのぅ……私、手持ちがちょっと」


 そう言って申し訳なさそうにしているアイシアを前に、シクヨロはふたたびタバコをくわえた。


「まあ、そんなこったろうと思ったよ。あんまりカネ持ってるようにも見えないしな。そこで提案なんだが、特別にこのふたつを無料チャラにしてやってもいい」


「えっ、ホントですか?」


「ああ、ただし——」


 シクヨロは、アイシアを指差しながら言った。


アイシアおまえさんも、この迷宮ダンジョンに同行するのが条件だ」




「——まあ、なんとなくそうなるんじゃないかな、とは思ってましたけど」


 アイシアは、あきらめたように言った。


カネがなければ、カラダを張る。まあ、この世界ゲームの基本だな」


 タバコの煙を吐き出しながら、アイシアを諭すように話すシクヨロだった。


「まあ、うまいこと生還すれば、護符タリスマンはタダで手に入るし探索者としてのレベルは上がるし、一石二鳥じゃねえか。スライム退治なんかとは比べものになんねえぞ?」


「生還できれば、ですよねえ……」


 心細そうにシクヨロを見るアイシア。シクヨロは、黙ったままそっと横を向いた。




「それじゃ、ちょっと遅くなったけど……」


 そう言ってマルタンが、杖を片手に一歩前に出た。


「あらためて、ぼくの名前は『マルタン・オセロット』。人間ヒューマンで、年齢としは十二歳。見てのとおり、魔導師ウィザードだよ」


 マルタンは、新たにパーティーに加わったハーフエルフの和風剣士アイシアに、自己紹介をした。


「それから、この杖は『ジンジャー』。ぼくの手製なんだ」


 そう言うと、マルタンはその長くてゴツすぎる魔法の杖・ジンジャーを振るった。ジンジャーは、電飾や火花や蒸気らしきものを目まぐるしく発しながら、その内部の複雑な機構ギミックを披露した。その動きに、思わず目を奪われるアイシア。


「……あ、そういえばさっきのかわいいネコちゃんって、マルタンさんだったんですね!」


「ネコじゃなくて、斑山猫オセロットなんだけど」


 わずらわしそうにつぶやくマルタン。


「ホント、かわいかったなぁ〜。ねえ、またネコちゃんに変身してくれません?」


「やだ」


「えー、一回だけでいいですからぁ」


「だめ」




 そんなふたりの前に、満を持してその男が立つ。


「そして、このオレが『シクヨロ』。ご承知のとおり、探偵さ」


「探偵さん、なんですよね。でも、そもそもこの世界ゲームに『探偵』っていう職業ジョブがあるんですか?」


 アイシアの素朴な疑問に、シクヨロは答えた。


「いや、探偵っつーのはねえな。だから、オレのジョブは便宜上『商売人トレーダー』ということになってる」


「その商売人トレーダージョブが、レベル三っていうことなんですよね」


「ん、まあそうだな」


「……あのぉ、こういうこと言うと大変失礼なんですけど、それでホントに大丈夫なんですか?」


「あー大丈夫大丈夫。ほらオレ、頭脳労働担当だから」


「はあ」


 心配と不安の色を隠せないアイシアに、胸を張るシクヨロ。この男は、一見すると軽薄そうだが、なにかを内に秘めているような雰囲気もある。それがなんなのかは、まだわからないが。


「それによ、このマルタンは魔導師ウィザードレベル四十七だしな」


「よ、四十七なんですか? その年齢としで? すごいじゃないですか、マルタンさん!」


 マルタンのレベルを聞いて、アイシアは思わず称賛の声を上げた。


「それなら、あの『第十三迷宮』でもなんとかなるかもしれませんね!」


 小躍りして盛り上がるアイシアには聞こえない声で、マルタンとシクヨロは小さくつぶやきあった。


「どっちかと言うと、問題はこの駄エルフアイシアのような気がするけど」


「ま、オレが抑えればなんとかなるだろ。——さて、それじゃあそろそろ出かけるか」


 シクヨロの言葉に、アイシアが振り向いた。


「あ、迷宮ですか?」


「いや」


 シクヨロは、ネクタイを手早く締め、黒いシルクの中折れフェドーラ帽をかぶりながら言った。


「探索者ギルドだ」




続く


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