第十話 美しき薔薇の牙・魔獣騎士ヴェルチ

「て、てめえ、離しやがれこのっ! ……イテテテテッ!」


 蜥蜴男リザードマンは、掴まれた腕をそのまま捻りあげられ、情けなく悲鳴を上げた。


一端いっぱしの探索者が、たかが飲み物ジュースをかけられたくらいで大騒ぎするんじゃない」


 それは、銀色シルバーに光るフルプレートアーマーで全身をおおい、真紅のマントをまとった騎士ナイトだった。しかも、まぎれもなく女性である。そればかりか、なんと彼女の頭頂部には、獣のような一対の耳があった。シクヨロはその人物に気づき、旧知の名前を呼びかけた。


「ヴェルチ!」


「シクヨロ、このはおまえの連れか」


 シクヨロに「ヴェルチ」と呼ばれ、振り向いたその騎士はそう言ってニヤリと笑った。燃えるような紅蓮の瞳と、艶めいた褐色の肌。縞模様のロングヘアと、頭部のケモ耳と口元からのぞく鋭い牙は、まさに彼女がトラの半獣人「ワータイガー」であることを物語っている。

 そして、蜥蜴男リザードマンの探索者と対峙してもまったく見劣りしないほどの、長身で均整のとれたプロポーション。出るとこがボンッと出て、締まるとこがキュッと締まっている。そのメリハリのついた肢体は、武骨なフルプレートで隠されていても十分に魅力的に思われた。


「ああ、わりいな。めんどうかけちまって」


「いいさ、これくらい」


 そのとき、ヴェルチの一瞬の隙を狙って、蜥蜴男リザードマンが掴まれていない方の左手で腰の短剣ダガーを抜いた。蜥蜴男リザードマンは、そのまま短剣ダガーを彼女の首元に向けて突き刺そうとした。


「……んの野郎ヤロっ!」


「フン、抜いたな?」


 ヴェルチは、まるでそれを予想していたかのように身をひるがえし、手刀で短剣ダガーをはじき返した。蜥蜴男リザードマンの得物は、高速で回転しながら天井に突き刺さった。


「酒場で武器を抜くのはご法度はっとだ! 知らんわけではあるまい、トカゲ男」


 ヴェルチはそう言うと、自分よりも大柄なその蜥蜴男リザードマンを抱え上げ、背負い投げの要領で勢いよく床に叩きつけた。蜥蜴男リザードマンはたったその一撃だけで、長い舌を出して伸びてしまった。


「おい、そいつを店の外に放り出しておけ。しばらくは出入り禁止じゃ」


 店主の老ドワーフ、ルビコンは蜥蜴男リザードマンの仲間たちに告げた。彼らは、気絶したその男を抱えてそそくさと出ていった。




「ご主人、店を騒がせてすまなかった」


 ヴェルチはそう言って、ルビコンに頭を下げた。彼女が大立ち回りを演じて、一時騒然となっていた酒場は、ようやく落ち着きを取り戻していた。


「いや、気にせんでくれ、ヴェルチ。大事おおごとにならずに収めてくれて、こっちも助かったわい。まずは一杯、これはワシからのおごりじゃ」


 ルビコンは、冷たいエールを満たしたジョッキをヴェルチに手渡した。


「おお、これはありがたい! では、遠慮なく」


 ヴェルチはジョッキをあおり、エールを流し込んだ。喉を鳴らして一気に飲み干すと、彼女はジョッキを握った手の甲で口元を拭いながら息をついた。


「っかぁーっ! うまいっ!」


「それにしても、いつもホント美味うまそうに飲むよなあ、あんたは」


 ヴェルチのそばに立ち、あらためてシクヨロは声をかけた。


「ひさしぶりじゃないか、シクヨロ。どうしたんだ? このところ酒場ここに顔も見せないで」


「まあ、いろいろあってな……。だが、ようやく目処メドがついた。念願の初仕事だぜ」


「初仕事って、まさかあの『迷宮探偵』か?」


 シクヨロは、答えるかわりにアイシアを指差した。


「この剣士フェンサーが、依頼主のアイシアだ。アイシア、こちらは」


 シクヨロが紹介するまえに、彼女は自分の名前を告げた。


「私は『ヴェルチ』。元・王国魔獣騎士団『薔薇ファング・オの牙ブ・ローゼス』の魔獣騎士ビーストナイトだ。よろしくな、お嬢さん」


「はぁー、すごい、でっかい……」


 アイシアは、ヴェルチと対面しながら、いろんな意味でそうつぶやいた。




「あ、あの、先ほどは助けていただいて、本当にありがとうございました!」


 ようやく我にかえって頭を下げるアイシアに、ヴェルチは大声で笑って応えた。彼らは元のテーブルに戻って、あらためて初顔合わせの祝杯を挙げた。


「それにしても、エルフの剣士フェンサーとは珍しいな。きみも探索者なのか?」


「はい! あんまり、迷宮の経験はないんですけど……」


「でもな、こう見えて剣士フェンサーレベルは二十二だし、王立魔法学術アカデミーの超古代文学部を首席で卒業だぜ」


 シクヨロの言葉に、目を丸くしたヴェルチ。


「えっ、アカのチョコぶんを? へぇー、やるなあ、きみ!」


「えへへ」


 ヴェルチに賞賛され、素直に喜ぶアイシア。どうやら、見た目よりかなりくだけた性格らしい。


「お姉さんも、王国魔獣騎士団なんてすばらしいです。私、魔獣騎士ビーストナイトの人とはじめて話しました」


「まあ『元』、だけどな。まだ、ほんの二十一歳の若輩者さ」


 こちとら、よわい百七十のハーフエルフなのだが。黙っとこ、とアイシアは思った。ヴェルチはジョッキを傾けながら、アイシアの隣でまずそうにルートビアを飲んでいる少年魔導師ウィザードに、親しげに声をかけた。


「マルタンとも、ずいぶん会ってなかったな」


「キミは、ずいぶんと入り浸ってるようだね」


 ヴェルチの挨拶に、そっけなく答えるマルタン。


「ああ、なんてったってこの店ルビコンのエールは絶品だからな」


 そう言ってヴェルチは、もう何杯目かわからないジョッキをグビグビっと飲み干した。そんなヴェルチの、胸当てに刻印された薔薇のエンブレムを、ため息まじりに横目で見るマルタン。


「まったく、『薔薇ファング・オの牙ブ・ローゼス』の一員ともあろう者が、ねえ……」




 説明しよう。


 「薔薇ファング・オの牙ブ・ローゼス」とは、女性の半獣人のみで構成された、王国魔獣騎士団の中でもエリート中のエリートとされる一団である。王家に忠誠を誓い、時として盾となり矛となって、さまざまな外敵からこの国を護りつづけているのだ。武力と魔力はもちろんのこと、品位と風格を備えていなければ、そのメンバーに選抜されることなど到底かなわない。

 かつて、薔薇ファング・オの牙ブ・ローゼスでもとりわけ厚い信頼を受け、将来を嘱望されていたヴェルチが、なぜその地位を離れることとなったのか。いまは、それを語るにはあまりにも紙幅が足りないためあえて割愛する。


 以上、説明終わり。




「しかしシクヨロも、いよいよ迷宮探偵の初仕事か……。大変だろうが、まあがんばってくれ!」


 そんなヴェルチに、シクヨロはさらっと告げる。


「いや、おまえも行くんだよ」




続く


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