第十一話 困ったときには、助けてくれナイト

「ええええ〜っ!」


 喧騒に満ちたルビコンの酒場に、ひときわ大きな叫び声が響いた。


「なんで私が迷宮に? いや、なんで私が迷宮に?」


 思いがけないシクヨロの言葉に、動揺を隠せないヴェルチだった。


「なんで二回言ったの?」


「つーかよぉ、ヴェルチ」


 マルタンとシクヨロ、4946シクヨロ迷宮探偵社のふたりは依頼クエスト達成のため、有力な人員メンバー勧誘リクルートすべく説得に入った。


「はっきり言うと、オレたちがこの酒場みせに来たのは、今回の依頼クエストにあんたを引き入れるためだ」


「そっ。あくまで、その『お・ね・が・い』ってこと」


 いつの間にか、ヴェルチの両脇を挟んで向かい合う形になっているシクヨロとマルタン。


「……なんだか、あまりお願いされてるようには思えないんだが」


 ヴェルチは、冷や汗を流してふたりの顔を見回した。


「あれれー? イヤなの? ヴェルチ」


「そんなワケねえよ。なあ、ヴェルチ」


「い、いやっていうか、その……」


 目の前で繰り広げられている三人の会話を聞きながら、アイシアは不思議に思った。若いとはいえ元・王国魔獣騎士団「薔薇ファング・オの牙ブ・ローゼス」所属にして、百戦錬磨の魔獣騎士ビーストナイトであるはずの彼女が、どうしてここまで追い詰められているのだろう?

 それも、詰めているのは無精髭のおじさんと十二歳の男の子だ。話のようすからすると、ヴェルチはこのふたりになんらかの借りがあるようだが……。


「あのー、ヴェルチさん」


 疑問に思ったアイシアは、率直に尋ねてみることにした。わからないことがあったらなんでもすぐに聞きなさい、と田舎のお母さんにもよく言われているし。


「ひょっとして、なにか弱みでも握られてるんですか? こちらのおふたりに……」


 その問いには、ヴェルチの代わりにふたりが反応した。


「弱みだなんて、ねえ? そんな人聞きの悪い」


「迷宮で命を助けられたんだよな、オレたちに」


「えっ、命を? 本当ですか?」


 この屈強な肉体を誇る魔獣騎士ビーストナイトを前に、とても信じられないといった声を上げたアイシア。だが、やがて観念したようにヴェルチは話しはじめた。


「ああ、そうだ! 私はかつて、迷宮の中でこの命を救ってもらった。か弱き者を護るべき王国騎士ロイヤルナイトが……。よりにもよって、このふたりに……。本当に情けない」


「えっと、つまり……それで?」


「ようは、自分自身を護れなかったっつーことで、騎士ナイトとして責任とオレたちへの恩義を痛感してるってわけよ」


「そうそう。だからぼくたちが困ったときには、いつでも力になってくれるって。そういう約束だったよね」


「確かに、そうは言ったが……。でもまさか、こんな急に……」


「おや? なんだヴェルチ、前言を翻すのか?」


「『騎士に二言はない』んじゃなかったっけ?」


「……なあ!」


「……ねえ!」


「くぅっ……」


「ヴェルチさん……」


 語気を荒げながらヴェルチに顔を接近させ、左右から決心を迫るシクヨロとマルタン。アイシアは、その光景を固唾をんで見守っている。

 そうしてしばらくの間、思いを巡らせていたヴェルチは、やがて力強く両手を広げ、眼前まで接近していたふたりの顔を押しのけた。


「あーっ! もうわかった! わかったよ! 私も行けばいいんだろう?」


 こうして、ふたりの熱のこもった説得(?)により、ついに折れたヴェルチ。シクヨロとマルタンは、お互いの顔を見合わせながら親指を立てた。




「で、依頼クエストの内容はなんなんだ」


 無事、パーティーの一員となったヴェルチは、依頼クエストの詳細について聞きはじめた。


「魔法のアイテム探し。まだどの探索者にも存在すら知られていない、レア中のウルトラレアだよ」


「行き先は?」


「第十三迷宮だ。こりゃ一筋縄ではいかない、難関タフなダンジョンだぜ」


「……なるほど、かなり本格的じゃないか。腕が鳴るな」


「お、いいね! やる気出てきたみたいじゃん」


「ヴェルチさんに加わってもらえれば百人力、いや千人力ですよ!」


 最初はまったく乗り気でなかったヴェルチだが、いざとなればやはり熟練の魔獣騎士ビーストナイト、肝が座ったようだ。まだ出会って間もないが、アイシアはそんな彼女の姿に計り知れない頼もしさを感じていた。


「ただし! 私のほうも、条件をひとつんでもらうからな」


「もちろん、あんたの報酬ギャラのことだったら……」


「いや、カネはいらない」


「なに? 本当か?」


 予想していなかったヴェルチの返事に、少々口元がゆるむシクヨロ。ペンギン商会に多額の借金を抱えている4946シクヨロ迷宮探偵社にとって、出費はすこしでも抑えるに越したことはない。


「その代わり、と言ってはなんだが……」


 マルタンの顔をじっと見つめるヴェルチ。そして、ゆっくりと舌嘗めずりして、その紅い唇を濡らしはじめたのだった。ペロッと。


「……え、なに? なに?」


 笑みを浮かべながら、甘いため息を漏らすヴェルチの姿を見て、なにかを察したシクヨロはマルタンの肩をそっと叩いた。


「しょうがねえな。マルタン、ひと肌脱いでやれ」


「ええええ〜っ!」




続く

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