第九話 ルビコンの酒場で、出会いましょう
コロンカランコロン♪
「しゃっしゃせーっ」
(いらっしゃいませ)
「……は?」
「こっちゃっちゃっちゃーっす」
(こちら、メニューになります)
「あ、あのぉ……」
「きゃっしゃっしゃっしゃしゃいーっ」
(それでは、ご注文お決まりになりましたら、どうぞお呼び下さいませ)
「……」
シクヨロたち三人は、探索者のための交流場として知られる「ルビコンの酒場」へとやってきた。背丈のヒョロッとした、ニキビ面の若い店員が彼らを迎えたが、なにを言っているのかさっぱりわからず、思わずアイシアは固まってしまった。
「……もしかして、あの店員さん、外国の方でしょうか?」
テーブルへと通された三人。アイシアはシクヨロの耳元でささやいたが、それには答えずシクヨロは別の店員にたずねた。
「
両手に皿を抱えた店員は、無言のままカウンターの方をアゴで指した。そこでは、この店の主人である老ドワーフのルビコンが接客中だった。ジョッキにエールをなみなみと注ぎながら、大声で客と話し込んでいるルビコンの姿に、シクヨロは肩をすくめた。
「こりゃ、しばらくかかりそうだ。……それにしても、今日も大盛況だな」
あらためて三人は、あたりを見回した。けっして広いとは言えない店内に、甘く香ばしい酒と料理の匂いが隅々まで満ちている。古びていて雑多だが、不快ではない。丸太を削り出したイスに座りグラスを手にしたら、それだけでもうここを離れがたい気持ちにさせるような、不思議な温かみがあった。
そしてなによりも、この店に独特の雰囲気を醸し出していたのは、まさに客そのものであった。さまざまな
「——この人たち、みーんな探索者なんですか?」
アイシアは、驚いたように言った。
「ぜんぶじゃねぇけどな。ま、ここにいるほとんどのヤツが迷宮で生計を立ててんだろ」
「なんだ、アイシアは
マルタンの問いかけに、アイシアはうなずいた。
「はい。私、お酒飲めないし、居酒屋さんにはほとんど行ったことないですね」
「探索者にとって、酒場はギルドと並ぶくらい重要拠点だ。同じ目的を持つ客同士、顔なじみになれば有力な情報も手に入るしな」
シクヨロは、懐からタバコを取り出しながら言った。
「さてと、飲みもんは適当でいいか? ……おーいこっち、ルートビアふたつ。あと、オレはエールを中ジョッキだ」
店員は、シクヨロの注文した飲み物を運んできた。
「おやしゃしゃーっ」
(お待たせいたしました)
「しゃしゃしゃー♪」
アイシアは、うれしそうに店員のマネをした。
「ルートビアってさ、なんか
舌を出して、顔をしかめるマルタン。
「すいませーん、こっちおかわりくださーい」
「もう飲んだの?」
「しゃー♪」
ルートビアを一気飲みしたアイシアは、空のグラスを高々と上げて店員を呼んだ。そのとき、ようやく客との歓談が一段落したルビコン親父が、シクヨロの姿に気づいた。
「おまえさん、来とったのか」
「よお、
「ああ、『アイツ』の顔ならまだ見とらんが、もうすぐ来るじゃろ。このところ、二日も置かずに店に来とるからの」
ルビコンは、口元のヒゲを撫でつけながらそう言った。この酒場の名物親父であるこのドワーフは、エール作りに人生の大半を捧げており、長年この店で探索者たちの胃袋を満たしてきた。絶妙にホップの風味を効かせた名物のエールはもちろんのこと、この親父の人柄にひかれてこの店を
「そうか、じゃあしばらく待たせてもらおうかな」
シクヨロはそう言って、ジョッキのエールをあおった。ほのかに甘みのある泡と、苦味を含んだ褐色の液体が、シクヨロの喉を心地よく通りすぎていった。
「仕事か」
「まあな」
「どこだ」
「第十三迷宮。レアアイテム探しだ」
「ほう……そいつは豪気じゃわい」
ルビコンはそう言って笑った。
「それなら、なおのこと『アイツ』がおらんとの」
「そうだな」
シクヨロはうなずいた。どうやらルビコン親父は、シクヨロが探偵業をはじめる前から、彼のことをよく知っているようだった。
「ところで、その仕事はだれの依頼じゃて?」
「ああ、それはあのエルフの
そう言って、シクヨロはアイシアを指差した。ちょうど彼女は、一向におかわりを持ってこない店員に業を煮やし、席を立って自分でルートビアを注ぎにいっていた。グラスにあふれんばかりのルートビアを満たしたアイシアは、舌なめずりをしながら自分のテーブルに戻ろうとしていた。
「あっ」
そのときである。とくになにもない床で、アイシアはなぜかつまずいた。両手で大事に持っていたグラスは、そのまま宙を舞った。
「ああああーーーー!」
「
マルタンが助けの手を出そうとするも
「つっっっ、冷てぇぇぇぇーーーー!」
「やべっ」
思いもよらない事態に、シクヨロはあわてて立ち上がったが、その
「てめえーー、なにしやがんだコラ!」
「あ、あの……ご、ごめんなさいっ!」
アイシアの胸倉を掴むと、
「ごめんで済むか、このアマがぁー!」
怒りが頂点に達した
「そのへんで止めとけ、トカゲ男」
そのとき、
続く
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