第三話 私、一流の探索者になりたいんです

「まず、そもそも『一流の探索者』とは、なにか……」


 アイシアの依頼、というか決意の言葉を聞いたシクヨロは、テーブルの上に両肘をつき、口の前で指を組むと、目を細めて遠くを見つめながら、ゆっくりと語りはじめた。なんとなーく、ネトッとした口調で。


「ところで、アイシアさん、とやら」


「はい、探偵さん」


「シクヨロ」


「シクヨロさん」


「どうしてそれを、わざわざ迷宮探偵ウチに?」


 ネットリ口調に一瞬で飽きたシクヨロは、いつもの彼に戻って単刀直入にたずねた。


「あの、探索者ギルドで聞いたんです! 迷宮に関する依頼ならなんでも受けてくれる『探偵さん』って人がいるって。それで私、一大決心してここに」


 そんなアイシアをさとすように、マルタンが言った。


「なんでも、っていうけどさ、このシクヨロおじさんが請け負うのは迷宮内での調査とか、失踪した人とかレアアイテムの捜索とかなんだけど。この人、そこまで便利じゃないよ」


「はあ」


「あ、あと探偵だからって、殺人事件の推理なんかもしねーからな」


「そうなんですか?」


「迷宮内で死んでたら、原因はほぼほぼトラップかモンスターだしね」


「推理いらねーよな」


 吸っていた煙をため息混じりに吐き出すと、シクヨロはタバコをもみ消しながら言った。


「ま、探索者になりたければ、まずはギルドに登録して、どこか適当なパーティーメンバーに混ぜてもらうことだ。そうやって知識と経験を積まなきゃ、一流になんかなれっこないだろ」


「それはまあ、そうなんですけど……」


 口ごもるアイシアに、マルタンが問いかける。


「実際、どこかの探索パーティーに所属してみたの?」


「まあ、以前はすこし……。でも最近は、なぜかわからないんですけど、どこも私をパーティーに誘ってくれないんですよね」


「なんでだろ? 経験値レベルが低すぎるとかかな」


「ハーフエルフのお嬢ちゃん、アンタの剣士フェンサーとしての経験値レベルって、いまいくつくらいなんだ?」


 シクヨロの問いに、ちょっと恥ずかしそうに答えるアイシア。


「あ、あの……。いちおう、レベル二十二です」


「にじゅうに? っか! やるじゃん」


もうぶんないね。ちなみにシクヨロは?」


「レベル三」


「さ、さん? ひくっっっ! よくそれでいままで迷宮で生き残ってこれたね」


「スライムには、まあギリ勝てるな。スライムベスはちょっとヤバい」


 真の「命知らず」とはこういうことか、とマルタンは思った。


「っつか、べつにオレのことはいいんだよ。それよりアンタのその腕前なら、駆け出しのパーティーメンバーなら引く手数多あまたのはずだろ。どうしてそうならないんだ?」


「うーん。もしかして、なんですけど……」


「言ってみな?」


「私がちょーーっとあわてんぼうで方向音痴で、閉所恐怖症の暗所恐怖症で、貴重な回復アイテムをなくしちゃったり、フロアトラップを真っ先に踏んづけちゃったり、うっかり仲間の人を斬りつけちゃったり、戦闘中に催眠魔法スリープかけられたら冒険終わりまで目を覚まさなかったり、おまけに人の三倍は食料を食べちゃうから……かもしれません」


「ほーん」


「私、ほかの探索者の人たちに、よく『エルフ』って言われるんですけど」


「へーぇ」


「あのー、エルフってなんですか?」


「さあな。ダパンプみたいなもんじゃね」


「あ、知ってます? DA PUMPって、ISSA以外の初期メンバー全員脱退してるんですよ」


「マジか。カーモンベイビーって、だれもついてきてねぇじゃん」


「いいよ、そんな話は。もうわかったから」


 あきれるように、マルタンは言った。


「わかりましたか?」


「うん。ようするにキミは、迷宮探索に絶望的に向いてないってこと」


 その言葉を聞いたとたん、ひどく落ち込むアイシア。


「そうですよね……。まあ、うすうすは気づいていたんですけど」


(うすうす?)


 ポジティブ思考にもほどがある、とシクヨロは思った。


「しかしなあ。それだけ剣の腕が立つんなら、べつに剣術道場の師範でもVIPの用心棒でもいいじゃねえか。どうしてわざわざ探索者なんかに」


「そうだよ。それでなくとも、よりによってこんな『ドラゴンファンタジスタ2』みたいなクソゲーでさ」




 説明しよう。


 すでにご存知かとは思うが『ドラゴンファンタジスタ2』とは、この物語の舞台となっているファンタジーオンラインRPGのことである。通称『ドラファン2』。あの『ドラゴンファンタジスタ』の続編にあたる。

 とにかく自由度が高く、システム的にも優れているが、驚異的な難易度の高さ(いわゆるバランスの悪さ)と内容の鬼畜さにより、この業界では九割がた「クソゲー」扱いされているのである。たとえば、ゲーム中に死んでしまったら、もう二度と生き返ることはできず、強制的にゲームアカウントごと消滅ロストする、などだ。



「いくら立派な装備やアイテムを揃えてても、死んだらなにもかもぜんぶ消えちまってやりなおしだからな。鬼畜難易度っつうか、プレイヤーはただのマゾだろ。何年もかけてレベル上げまくったキャラをうっかり凡ミスで消滅ロストされたユーザーが、運営会社のビルにバールと消火器持って殴り込む騒ぎもあったよな」


「あー、あったねそんなの。あれって、けっきょく何人逮捕されたんだっけ?」



 上級ゲーマーにとってはそれなりに良作のため、その界隈ではそこそこ人気があったのだが、メーカー側がサーバーを無意味に長期間止めたり、致命的なバグを放置するなどずさんな運営を行った末に一旦閉鎖。その名義をはじめ、すべてが別会社に譲渡された。

 なお、現在運用中のこのゲームは『2』と銘打たれているが、実質的に内容は前作と変わらない。


 以上、説明終わり。




「この世界ゲームじゃ、迷宮の中で致命傷を負えば、文字どおり人生がゲームオーバーだ。探索者はつねに死と隣り合わせ、ってな」


「キミは、どうしてそんなに探索者になりたいの?」


「あ、それについてはフリップにまとめてきました」


 そう言うと、アイシアは荷物の中からなにやら厚紙の束を取り出した。


「フリップ?」


「いちおうパワポも考えたんですけど、PCの環境があるかどうかわからなかったので」


 そう言いながら、アイシアは胸のまえに紙芝居のようにフリップを掲げ、説明をはじめた。




続く


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