第二話 迷宮探偵って、一体なんなんすかね
「さて、と。本日は当探偵社にお運びいただき、誠にありがとうございます。ご依頼の確認のまえに、まずはお名前を聞かせていただいても」
シクヨロ、と名乗ったその男はカップに紅茶を注ぎ、テーブルについた少女のまえに置いた。ほかほかとあたたかい湯気を立てる紅茶を見ながら、その少女は頭からかぶっていた、雨に濡れた
「はい。あの私、アイシアといいます。『
「ほう……」
シクヨロは彼女の姿をはじめて目にして、小さく驚きの声を上げた。なぜなら、アイシアという名の少女がその種族特有のとがった両耳を持っており、さらにサラサラと流れるような美しい黒髪だったからである。
「エルフさん、だったんですねえ。しかも」
「はい。東方の
「それはそれは」
と言いながら、シクヨロは視線をゆっくりと下に降ろしていった。そして、ふたつの大きなふくらみに当たり、そのまま止まる。アイシアは、和風の鎧袴を身につけていたが、その胸当ての下が容易に予想できるほど、はちきれんばかりに豊満な双丘をたたえていた。それ、すなわち
(……おっぱい)
アラフォーのおっさんの
「いや、失礼。そのお持ちの
冗談めかしてそう問いかけたシクヨロに、気を取り直したアイシアは明るく答えた。人間にすると十六、七歳だろうか。もっとも、エルフはかなりの長命種であるため、見た目では判断しにくいが。
「ええ、これは
「探索者?」
その言葉を聞いて、シクヨロの顔が一瞬
「ああ、マルタン。ダメじゃないかぁ、お客様には丁寧にご
猫なで声でそう話しかけるシクヨロに、マルタンと呼ばれたその少年は
「その人、例の金持ちの
「はあ? でっかいお屋敷のお嬢様が飼ってた犬が逃げだしたってのは」
「それ、もう見つかったってさ。きのう、キャンセルの連絡があったの知らなかったの?」
マルタンの言葉を聞いて、シクヨロは大きなため息とともに、イスの背もたれに寄りかかった。
「ええええ〜っ! もおぉぉ、なんだよ〜。せっかく犬探しなんて、開業
そんなおじさんと少年の会話を聞いていたアイシアは、申し訳なさそうに声を上げた。
「あ、あのっ、すみません! でも、いちおう私もお仕事の依頼を……」
アイシアのその言葉に、それまで死んでいたシクヨロがコンマ
「そうでしたそうでした。で、そちらのご依頼というのは……」
「でもぉ、そのまえにひとついいですか?」
「なんでしょう」
「いま、『開業
「言いましたっけ」
「もしかしてこの探偵社って……」
口ごもるシクヨロの代わりに、マルタンがあっさりと返事した。
「うん、まだいちども依頼を受けたことはないよ」
「それじゃあ……」
「そう、キミが正真正銘、この
「ええええ〜っ!」
「まあまあ、とりあえず『はじめが肝心』って格言もあるでしょ」
「はあ」
シクヨロのなだめ声に、いぶかしげに答えるアイシア。
「それに『はじめよければすべてよし』とも言うし」
「言わないよ」
「いいんだよ、マルタン。そういう
「それであのー、探偵さんは、どんな依頼でも受けてくれるんですか?」
アイシアがそう問いかけると、シクヨロはすっくと立ち上がり、直立不動になって斜め四十五度上を向いた。その横で、ポットから自分の紅茶を注いでいたマルタンが、不意に大声を上げる。
「
それにつづけて、
「いたしません!」
と叫ぶシクヨロ。
「鉱石の採掘!」
「いたしません!」
「希少な薬草の採取!」
「いたしません!」
「龍の巣からのタマゴ運搬!」
「いたしません!」
「なんですかこれ、ド◯ターX?」
黙って聞いていたアイシアが、たまらず口を挟む。
「ようするに探偵ってのは、だれでもできる単純労働はしないってことよ。わかる? お嬢ちゃん」
「そうなんですか?」
「オレ、失敗しないので。——たぶん」
そう言って親指を立て、ウインクをキメるシクヨロ。
(でも、犬探しの依頼受けようとしてたよね)
そんなアイシアの気持ちを知ってか知らでか、シクヨロは腰を下ろしてそのまま話をつづけた。
「んで、ご依頼は?」
タバコにマッチで火をつけながら、手のひらを上にして誘うような仕草を見せるシクヨロ。イスに斜めに座り、いつの間にかしゃべり方が大幅にフランクになっている彼に対し、我に返ったようになったアイシアは、真剣に話しはじめた。
「——じつは、私を『一流の探索者』にしてほしいんです。お願いします!」
続く
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