迷宮探偵4946 ~剣と魔法のファンタジーRPGで、なんとしても探索者として成功したい黒髪和風エルフの巨乳剣士(天然)は、この世界にたった一人の『迷宮探偵』に依頼して最難関の迷宮で一発逆転狙います!~

猫とトランジスタ

第一話 この世にたった一人の「迷宮探偵」

 雨が降っていた。


 この季節としては、あまり例のない大粒の水滴が、草原を、大地を、そしてその少女がまとった外套マントを濡らしていた。


 それは、てつくような雨だった。


 彼女が背負った荷物ザックの重みは、果てなき旅に出る決意の表れでもあった。一縷いちるの望みをたずさえ、この遠く長く険しい道のりを、慣れないその脚でどうにかこうにか乗り越えてきたのである。


 少女は、街はずれのこの場所へ来るまえに、探索者たんさくしゃギルドで教えてもらった住所アドレスを書きつけた紙きれを、今いちど取り出して確かめた。その紙も雨のためにぐっしょりと濡れ、すっかりインクの文字がにじんでいた。


「うん、ここでまちがいない……よね?」


 そうつぶやくと、少女はその家に掲げられた看板を見上げた。そこには、こう書かれていた。



   4946シクヨロ迷宮探偵社



(し・く・よ・ろ。……はあ、ホントにシクヨロって読むんだ)


 少女は意を決して、玄関扉に備えつけられている、獅子ライオンの口にくわえられたデザインをした呼び出し用の金具ノッカーを鳴らした。


コン、コン……


 少女はすこし申し訳なさそうに、小さめの音を立てた。しかし、おりからの大雨のせいか、反応はない。おなじように、なんどか鳴らしてみるが、返ってくるのは冷たい静寂のみだ。少女の口からは、ため息の混じった白い息があふれ出す。




「……あれ?」


 そのときだった。ドアのそばの窓の内側を、一匹の猫が通りすがったのだ。それは、なんとも木目きめ細かなまだらの模様をした仔猫だった。ひと目見ただけで、超一流の血統を持つであろうことがわかる美しい毛並みと、銀色に輝く瞳が、少女を一瞬でとりこにした。


「うわあ、すっごいかわいいネコちゃん!」


 しかしその仔猫は、ぷいっと横を向くと、そのまま家の奥へと姿を消した。少女は、ひょっとしたら仔猫がここの主人を呼んできてはくれないかと淡い期待を抱いたが、あいにくそんなことは起こらなかった。


「ようし、もうこうなったら……」


ガンガンガンガン!


 とうとうその少女は、半ばヤケになって金具ノッカーを連打しはじめた。この期におよんで、もうなりふりかまっていられないと言わんばかりに


ガンガンガンガン!


ガンガンガンガン!


ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガ

(やばい、なんかだんだん楽しくなってきた)


 少女がお気楽に金具ノッカーを叩きつづけていると、突如、家の中から大きな声がした。


「うるさいっ!」


 その声に少女がびっくりして、金具ノッカーを鳴らす手を止めると同時に、玄関扉が自動的に奥へと開いた。彼女はんのめるように、そのまま家の中へ転がり込んだ。


「うわっとっと! ……あぁんもぉ〜、痛ったぁ〜」


 膝をこすりながら、起き上がった彼女のまえにいたのは、ひとりの少年だった。


 その男の子は、おそらくは十二、三歳くらいだろうか。端正かつ、高貴といえる顔立ちマスクをしている。なんというか、幼さと老練さが同居してるような、不思議な雰囲気を持っていた。しかし、最も目を引いたのはその出で立ちスタイルである。


 黒いネクタイに、サスペンダー付きのハーフパンツ。頭には、やはり黒い革製とおぼしき軍帽のようなものをかぶり、肩にはきらびやかな紋章エンブレム装飾アクセサリーのついたローブをまとっている。そしてなによりも異彩を放っていたのは、彼が手にしている杖であった。


 それは、その少年の背丈ほどもあり、杖と呼ぶにはあまりにも長く太く、大きすぎるように思えた。こちらにも大小さまざまな宝飾品がゴテゴテとほどこされており、その杖が金属メタルなのか木製ウッドなのかさえ定かではなかった。


「さっきからさぁ、キミ一体いったいだれ?」


 その少年は杖を向けたまま、少女に声をかけた。無表情のまま、ぶっきらぼうかつ無愛想に。


「あ、あの……。ひょっとして、あなたがシクヨロさんですか?」


 少女のその問いかけに、少年はぷいっと横を向いてため息をついた。手にした杖を肩の上に置くと、あきれたように言い捨てた。


「ハッ、冗談じゃないよ。……なんでぼくが」


 少年は、そのまま奥の部屋へと消えていった。玄関先に残された少女は、どうしていいかわからず、しばらくそのまま立ちつくしていた。




「えっと……。あのー、すいませんけど」


 そのとき、ふたたび奥の扉が勢いよく開いた。


「はいはいはいはい! どぉーもお、こんなドっしゃ降り雨の中、わざわざご足労そくろういただいて、すいませんねえ! いやぁ、どうぞどうぞ、中へお入りください! あ、もう入っちゃってるか。こりゃまた失敬失敬」


 それは、さっきの小柄な美少年とは打って変わって、長身でやせ形の男だった。年はまあ、四十歳まえに見える。無精髭が目立ち、髪もボサボサ。もうすでにお昼近いというのに、いまのいままで寝床ベッドの中にいたことは明白だった。


「あ、あなたが……」


「そう、私がこの世界にたった一人の『迷宮探偵』こと、『シクヨロ』ちゃんでぃーっす!」


 男は、軽薄そうにポーズを決めてそう言った。



 それが、この少女と自称・迷宮探偵シクヨロとの最初の出会いだった。




続く


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