第三十一話 ヤバいぜ! 体の試練はツカンドラ

 意気揚々と、『たい』の試練の部屋へとつづく扉を開けたヴェルチ。だが、どうしたわけか扉の向こうを見た瞬間に、彼女の動きが固まった。その場に立ち止まるとは思ってもみなかったアイシア、シクヨロ、マルタンの三人は、前進する勢いのままヴェルチが背中に羽織っている真っ赤なマントに頭を突っ込んだ。


「きゃ!」

「おわっ!」

「ちょっとぉ!」


 ヴェルチは、そのまま百八十度ターンすると、後ろ手にゆっくりと扉を閉めた。なにも語らずとも、その顔は「到底、信じられないものを見てしまった」という複雑怪奇な表情であった。


「おい、ヴェルチ。いったいどうしたんだよ」


 たまらず、シクヨロが問いかける。しかし、ヴェルチはうつむいたままでなにも答えない。扉の向こうで見たものを、彼女なりに反芻はんすうしているかのようだった。


「そんなにヤバそうな地形か、トラップでもあったのか?」


「ひょっとして、魔物の巣窟モンスターハウス?」


「あっ、わかった! また、美味おいしそうなごちそうがいっぱい並んでたんでしょう? 絶対そうでしょう!」


 れたように、ヴェルチにたたみかける三人。いまにも、彼女に掴みかからんばかりである。


「っちっがーう! いいか、この扉の向こうにあるのはなあ……」


 こらえきれなくなって、ヴェルチはとうとう叫び声を上げた。


まちだよ!」


 思いがけない言葉に、今度はシクヨロたちが叫び声を上げる。


「まちぃ〜〜〜〜?」




 そう、街だった。


 ここは、まぎれもなく第十三迷宮の最下層。地下十三階のはず、だった。しかし、彼らの眼前に広がっているのは、だれがどこからどう見てもごくごくふつうのありふれた「街」である。

 空はどこまでも高く、明るい陽の光が照らしている。老若男女さまざまな人々が行き交い、雑多にざわめいている。おだやかな風が、生命いのちの温かさと暮らしの匂いを乗せて吹き抜けていく。


「なっ? 本当だろ?」


 扉を開け、シクヨロたちのほうに向き直ったヴェルチが諭すように言った。


「マジかよ……。いったいこいつは、どうなってるんだ?」


「私たち、いつの間に地上に戻ってきちゃったんですか?」


「そんなわけないだろ。これはきっと、なにかの幻覚まぼろしだよ」


「イイエ コノ街ハ 正真正銘 ホンモノ デス!」


 シクヨロら探索者たちのまえに、突如としてなにかが姿を現した。大きな羽をはばたかせながら、目の前で空中浮遊ホバリングしている。


「なんだこりゃあ、鳥か?」


「いま、しゃべったよね?」


「うん、たしかに話したぞ」


「オウムじゃないですか?」


「ハイ! 私ハ オウム ノ『イーゴー』ト モウシマス。イゴ オ見知リオキヲ」


 探索者たちのご要望に応え、その鳥は自己紹介をした。どうやら、ちゃんと話が通じるようである。


「へえ、イーゴーさんですか。かわいいですね♪」


 オウムにさえ「さん」付けするアイシアに、シクヨロたちはちょっぴり感心した。イーゴーは、彼らのそばに立てかけてあった出店の看板の上に止まり、羽を休めた。


「それで、この街はいったいなんなんだ? これが、心・技・体の『たい』の試練なのかよ?」


「ソノトオリ デス。ソレデハ サッソク コノタビノ 試練ニ ツイテ ゴ説明 イタシマス」


 今回の試練は、どうやらオウムによる説明付きのようである。とはいえ、最初の試練のガーゴイルのように襲われるとも限らないので、油断は禁物だが。


「コノ街ノ 名ハ『ツカンドラ』。『ドラゴンファンタジスタ2』デハ キワメテ フツーノ 街デス。モットモ 迷宮ノ 扉カラ 転移魔法デ クッツケテ オリマスガ」


「ツカンドラ? んー、ぼくは聞いたことないなあ」


「それだけ、ありふれた街ってことかもしれないな」


「それで私たち、この街でなにをすればいいんですか?」


「ハイ。ミナサマニハ コレカラ 一日、ツマリ 二十四時間 イナイニ ヒトリアタマ 一〇〇GPゴルポズツ オカネヲ メテ イタダキマス」


「はあ? 一〇〇GPゴルポだって?」


「えーっと。GPゴルポって、たしか米ドルとレートがおんなじだったよね」


「ハイ。一〇〇GPゴルポハ ニポンエン デ 一〇八七二円 ト ナリマス(令和三年五月二十五日現在)」


「なるほどー。親切ですね、イーゴーさん」


「しかし、金を貯めるといっても、我々は迷宮の探索者だ。こんな街中で、どうすればいいんだ?」


 ヴェルチの言葉に、イーゴーが反応する。


「イイ質問 デス! コレハ 『タイ』ノ試練。スナワチ カラダ ヲ使ッテ カセイデ イタダキマス」


「体を使って、だと?」


「コノ試練デハ 武器モ 魔法モ 一切ツカエマセン。手持チノ 道具アイテムヲ 売ッタリ スルコトモ ダメデス。マタ コノ街カラ イッポ デモ 出タラ 失格 トナリマス」


「魔法が使えないの? だったらぼく、斑山猫オセロットに変身することもできないよ」


「私の狂戦士バーサーカー化も、言ってみれば魔法の一種だからな。あれも無理ということか」


 ため息をつく、マルタンとヴェルチ。彼らにとって、特技のひとつが縛られることは地味に痛い。


「それにしても、ひとり一〇〇GPゴルポだろ。四人で四〇〇GPゴルポかよ。一日で稼ぐにゃ、わりとキビしいぜ」


「そうですね。時給のいいアルバイトとか、見つかるといいんですけど……」


 しばし、考え込む四人。『たい』の試練の思わぬ内容に、困惑を隠せないようだ。




「ところで、イーゴーさんよお」


「ナンデショウ シクヨロサマ」


 ふと口を開いたシクヨロに、イーゴーが返事をする。


「ここは、たしか『反対の間リバーサルゾーン』なんだよな。なにが反対になってるんだ?」


「あ、そういえばそうでしたね。すっかり忘れてました」


「うーむ。私もとくに、感覚的におかしなところはないが……」


「オヤ? マダ オ気ヅキニ ナラレマセンカ?」


 イーゴーの言葉に、ようやくマルタンが「なにか」に気づいた。


「ああーーーーっ!」


 股間を押さえたマルタンが、ダッシュで物陰に逃げていく。その様子を不思議そうに見ていた三人だったが、すこしずつ自分の体に違和感を抱くようになってきた。



「ソウデス。ミナサマノ『性別』ヲ 反対ニ サセテ イタダキマシタ!」




続く


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