第三十二話 ツラくてカンドー? びっくり反転

「あっ、ホントだ! !」


「お、おう。たしかに……


 アイシアとヴェルチは、おそるおそる自分の股間に手を伸ばし、その「存在」を確認した。彼女(元)たちにとってその「感触」はただただ珍妙で、とにかく奇天烈で、なんとも不思議であった。


「オワカリ イタダケマシタ デショウカ」


 ふたりは、あらためて互いの顔を見合わせた。性別が反対になったというが、声や見た目、雰囲気はそれほど男っぽく変化しているようには思えなかった。ふたりの自慢の胸のふくらみも、とくにボリュームダウンした様子もないし。


「エー 女性 ノカタニ ツイテハ アエテ 外見ハ アマリ カエテイマセン。ムサイ オトコヲ フヤシテモ ウツクシク アリマセンノデ」


 赤い羽を広げながら解説するイーゴー。その言葉を聞いて、ヴェルチとアイシアはゆっくりとシクヨロのほうを向いた。


「し、シクヨロ……?」


「……えっ、えーっ!」


「どうした。オレはいったい、どんな風になってるんだ?」


 シクヨロを見たヴェルチとアイシアは、自分に起こった変化以上の驚きの声を上げた。なぜならそこに立っていたのは、豊満な巨乳バストが張り出し、なまめかしく腰をくねらせる長身の美女だったからである。ダークスーツにフェドーラ帽というオールド探偵ルックが、かえって淑女レディーな雰囲気を演出しているようにさえ思わせた。


「ど、どうってシクヨロさん! すっごい美人になってますよ!」


「うーむ。おまえがこんなに美形だったとは、いままで気づかなかったぞ」


「そうか? いやー、そう言われるとこのオレも、まんざらでもねえなあ」


 ふたりの正直な感想に、シクヨロは頬に手を当てながら照れたように言った。そのハスキーな声すらも、なんだかちょっと色っぽい。


「コノ『反対ノ間リバーサルゾーン』ノ テーマハ ウツクシイ カタハ ヨリ ウツクシク デス」


 胸を張り、自信ありげにオウムのイーゴーはうたった。




「ねえ、マルタンさーん! そんなとこ隠れてないで、こっちに出てきてくださいよお」


 アイシアは建物の陰でしゃがんでいたマルタンのもとに駆け寄り、その細い腕をつかんだ。


「ぜっ! たい! イヤ!」


「まあまあ、そう言わずに」


 必死の抵抗を見せていたマルタンであったが、わりとあっさり引っ張り出された。もともと、かなりの美少年であったが、そこに現れたのはなんとも言いようのない恥ずかしさで真っ赤になった、フォトジェニック・アイドルだった。彼(元)は、華奢きゃしゃな体を自分自身で抱きしめるようにしながら、まるで生まれたての仔猫のように震えていた。


「ほほう」


「これはこれは……」ペロリ


「わあ、ホントにかわいいですぅ、マルタンさん!」


「オオムネ キニイッテ イタダケタ ヨウデ ナニヨリ デス」


「ちっとも気に入ってないよっ!」


 観客ギャラリーからの評価に、マルタンは明確にノーを叫んだ。いちおう本人は、まだ声変わりもしていないのだが、いまのこの声は完璧に女の子そのものである。


「ていうか、なんでぼくらの性別が入れ変わってるのさ?」


「コレハ『タイ』ノ試練 デスノデ。性別ノ 反転トイウ 困難ヲ ノリコエテ 目標金額ノ 達成ヲ メザス オオイナル 意義ガ アリマス。デスガ……」


「ですが?」


「ブッチャケ ソノホウガ オモシロイ カラデスネ」


 イーゴーにつかみかかろうとしたマルタンを、シクヨロたちはなんとか力づくで抑えこんだ。


「なあ、性別反転こいつはお前さんの魔法ちからなのか?」


「イエイエ トンデモナイ!」


「じゃあ、だれのなんですか?」


「ソレハ ノーコメント デス」


 そう言うと、イーゴーは口をつぐんだ。「だれ」という言葉を否定しないところに、逆にこの試練の裏にいる何者かの存在を感じさせた。


「まあいいや。とりあえず、やるしかないんだろ。なあ、みんな!」


 シクヨロは、パーティーメンバーに向かって発破はっぱをかけた。彼らは意外と冷静に、この状況を受け入れているようである。約一名を除いて。


「ヴェルチさん! じつは私、さっきからおしっこしたいんですけど」


「おお、そういえば私もそう思ってたんだ。じゃ、いっしょに行くか」


「マルタンはオレと行っとくか?」


「もうやだー!」




「さて。これからどうするか、だが」


 とりあえずシクヨロたち一行は、落ちついて話のできそうな茶店を見つけ、その一角に陣取った。それでなくとも大仰な武器と荷物を背負い、迷宮の探索者然とした彼らの姿は、このツカンドラの街中ではふつうに目立つ。


「ねえヴェルチさん、なんだか、すっごくキモチよくなかったですか?」


「ああ、なかなかに爽快だったぞ。立ってするのって、新鮮な感覚だな」


「……」


 マルタンは自分の顔を両手で覆ってうつむいたまま、なにやらブツブツとつぶやきつづけていた。


「あー、お前さんたち聞いてるか?」


「はいはい、聞いてますよ。どうするか、でしたね。どうしましょ?」


 アイシアは、きわめて適当な相づちを打った。どんな境遇でもあまり深刻にならず、それなりに楽しめるというのは、かなりの才能であるとシクヨロは思った。


「ミナサン 試練ノ 時間ハ ノコリ 二十三時間ト 二十八分 三十二秒 デス。アマリ ノンビリ シテイル ヒマハ アリマセンヨ」


 シクヨロたちについてきていたイーゴーは、ちゃっかりクリームソーダなど注文して、くちばしにくわえたストローで器用にすすり上げていた。


「あのさ、念のために聞いときたいんだけど」


 意を決したように顔を上げたマルタンが、イーゴーに向かって問いかけた。


「マルタンサマ ナンナリト」


「この試練が、成功すればまあいいとしてさ。問題は、もし失敗したとき——」


「ハイ」


「それはそれで、ぼくらをちゃんと元に戻してくれるんだよね?」


 マルタンの切実な疑問に、イーゴーはにべもなく答えた。


「ザンネンナガラ ソレハ オ約束 デキマセン」


「はあ? な、なんでだよ!」


「コレマデニ アナタガタガ クリアシテキタ 試練ト オナジク 今回モマタ 真剣勝負 デス。ハッキリ モウシアゲテ 命ガ カカッテ オリマス。性別ナド タイシタ 問題デハ ゴザイマセン」


「ぼくには、大問題なんだよっ!」


 そう言うとマルタンは、ふたたびテーブルに突っ伏してしまった。


「マルタンさん……。命よりも、おちんちんが大事なんですね」


「そりゃあ、こう見えてマルタンも男だからな。おちんちんは大切だろう。うむ、その気持ち、私にもわかるぞ」


「……おちんちんって言うな……」


 マルタンは、下を向いたままつぶやいた。


「とにかくだ。オレたちはなんとしてでも、あと二十三時間半で合計四〇〇GPゴルポ稼がにゃならん。そこで、ここからは男と女で二チームに別れようぜ」


 シクヨロの提案に、ヴェルチも賛同の声を上げる。


「なるほど。男と女で、できる仕事も違うしな。それぞれ別行動でやったほうが、効率がいいかもしれん」


「あっ! いまの私は、どっちのチームになるんですか? 男? 女?」


「……どっちでもいいよ、おちんちんエルフ……」




続く


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