第三十話 体の試練って、ハンタイですかい?

「んじゃ、ま、気をつけて。じゃ〜ぁねぇ〜」


 それが、レベルアップベースの妖精フェアリー・レベリルの最後の言葉だった。彼女は、シクヨロたち探索者パーティーを部屋の外に追い出すと、そのまま扉をバタンと閉めてしまった。


「ってえ〜。おい! なんだよ、もう終わりかよ」


 勢いよく叩き出されたせいで、回廊に突んのめるようにして倒れ込んでいたシクヨロは、すぐに起き上がって悪態をついた。手を伸ばし、レベルアップベースがあったところを探ってみたが、彼らが出入りした扉はすでに跡形もなく消え去っていた。


「しょうがないよ、シクヨロ。迷宮内でレベルアップベースを使えるのは、その冒険中に一回きりって決まってるからね」


「あ、そうなんですか?」


 手にした魔法の杖ジンジャーを軽く点検していたマルタンに、アイシアが反応した。


「そりゃそうだよ。だってもし何度も使えたら、経験値稼ぎのためだけに迷宮を利用する探索者が出てきちゃうだろ?」


「つまり、迷宮は鍛錬や修行のためにあるんじゃなくて、あくまで冒険クエストの遂行が本来の目的ということだな」


 マルタンの言葉に、ヴェルチが説明を付け加える。


「そもそも、前作の『ドラゴンファンタジスタ』には、レベルアップベースなんてなかったらしいぞ。でも、それだと冒険クエスト終了までレベルがまったく上がらないから、あまりにもキビしすぎるってことで、なかば救済措置的な意味で置かれるようになったということだが……。シクヨロも、聞いたことあるだろう?」


「さあ、どうだったかな。そういうの、オレはよくわかんねえや。……つーかよ、マルタン」


「なに?」


 シクヨロはマルタンのほうを向きながら、ニタリと笑った。


「お前さん、敬語が使えたんだな。正直、はじめて聞いたぜ」


「……っ!」


 その言葉に、マルタンは耳まで赤くなった。先ほどの、レベリルに対するいい子ぶった彼の態度を、シクヨロは思い出していた。


「べつにいいだろ、そんなこと。魔導師ウィザードが、魔力を司る妖精フェアリーに敬意を払うのは当然じゃないか」


「へー、そうかい」


 思いがけず、マルタンの真面目な性格を垣間かいま見て、からかわずにはいられないといったシクヨロであった。


「まあ、それはともかく」


 ふたりの会話に、ヴェルチが割って入った。


「私とアイシアはレベルが上がったし、あとは心・技・体の『たい』の試練さえクリアすればいいんだろう?」


「そうです! みなさん、伝説級のレアアイテム『マカラカラムの護符タリスマン』の在処ありかは、もうすぐそこですよ!」


 いろいろとイレギュラーな出来事がありながらも、なんとか自分たちは前へと進んでいる。アイシアは、冒険クエスト完遂への決意を新たにしていた。それに応えるように、ヴェルチも掛け声を上げる。


「よおーっし、ここは気合い入れていくぞ!」

「おおーっ!」

「おおーっ!」


「……おー」


 約一名のみ、無気力に拳を上げた。




「どうしたんですか、シクヨロさん。なんだか元気ないみたいですけど」


 迷宮の回廊を、ふたたび前進しはじめた一行。そんな中、ひとりため息をつきながら歩くシクヨロに、アイシアが心配そうに彼のほうを振り返った。


「もしかして、お腹空いちゃったんですか?」


「そうじゃねえよ。つぎの試練のことを考えたら、なんだかイヤんなっちまってな」


「なんで?」


 マルタンも、疑問の声をかける。


「だってよ、心・技・体の『たい』の試練だろ? なんだか、いかにも体力勝負みてえじゃねえか。ムダにくたびれさせられるんじゃないかってな」


 シクヨロは、うんざりした表情で言った。


「うーん。じつを言うと、ぼくも体力には自信ないな」


「そうですねえ。私も、疲れちゃうのはちょっと苦手です」


「まあ、体力なら私に任せてくれ! マラソンだろうが荷物運びだろうが、なんでも来いだ」


 先頭を歩いていたヴェルチが、会話に加わってきた。魔獣騎士ビーストナイトの彼女にとっては、これまでの試練ごときではまったく暴れ足りないようである。そんなヴェルチに、アイシアやマルタンたちが賞賛の声を上げる。


「ヴェルチさん、頼もしいです!」


「さすが、元『薔薇ファング・オの牙ブ・ローゼス』!」


「いよっ! 王国一の体力馬鹿!」


「おまえ、ホントにほめてるか?」




 シクヨロたち探索者一行は、ようやくひとつの扉の前にやってきた。その扉の向こうに、彼らの目指す三つ目の『たい』の試練がある。これまでに、ふたつの試練をくぐりぬけてきた経験を持つ彼らは、そのことを直感的に理解していた。


「これか?」


「そうだね」


「間違いねえな」


「はい。『たい』の試練の部屋です。ほら、この『紋章の鍵』も反応してますし」


 アイシアはそう言って、懐から謎の紋章エンブレムの入った鍵を取り出した。鍵を扉に近づけると、たしかにうっすらと輝きを放っているようにも思える。


「そういや、そんなアイテムもあったな。存在をすっかり忘れてたぜ」


「それはそうと、アイシア。この試練の攻略法って、けっきょくわかんないんだっけ?」


 シクヨロを押しのけて話しかけてきたマルタンに、アイシアは残念そうに言った。


「そうですね。古文書をいろんな角度から読みこんでみたんですけど、『たい』の試練についてはなにもわかりませんでした。ざんねんながら、ノーヒントです」


「ノーヒントか……。つらいとこだね」


 だがそのとき、扉をながめていたヴェルチがなにかに気づいた。


「なあアイシア。ここになにか書かれているけど、これってどういう意味かわかるかな」


「えっ? ……あ、ホント! なにか超古代文字で書いてありますね」


 ヴェルチが指差したそこには、薄れかけてはいたが、たしかに文字の羅列のようなものが記されていた。


「超古代文字だって? コイツを解読できるのか?」


「ちょっと待っててくださいね……。えっとお。んー、んうーん。あえーん。うあーん……」


 奇妙なうなり声を立てながら、アイシアは愛用の字引と首っぴきで文字の解読に取り組んだ。




(この間、きっかり五分)




「えーっと、ですねぇ……いちおう、意味はわかったんですけどぉ……」


 ようやく、アイシアは探索者パーティーのほうに振り向いた。しかしその顔は、ぶじ文字の解読に成功いたしました! という晴れやかな様子ではなく、なーんかちょっと納得いかねえなあ、みたいな渋ぅーい感じであった。シクヨロたちはアイシアと知り合ってからこのかた、彼女のこんな表情を見るのははじめてである。


「どうした、読めたんだろ? なにが書いてあったんだ?」


 せかすように聞くシクヨロに、アイシアは手のひらで顔を覆うようにしながら答えた。


「あえて、現代いまの言葉でわかりやすく言うと、『反対の間リバーサルゾーン』、みたいな。そんな感じです」


「はあ? 『反対の間リバーサルゾーン』って、いったいどういうことなの?」


 アイシアの思いがけない答えに、マルタンもいぶかしげな表情を見せた。


「私も、そのへんはよくわからないんです。なにが『反対』なのか、それについてはこの文章の中では触れられていないので」


「ふーん。まあ、ようするに『たい』の試練の部屋で反対ってことは、だ」


 ヴェルチが、めんどくさそうに話しはじめた。


「おそらく、感覚や動きがいつもと逆になってしまうとか、そんな感じじゃないのか? たいしたことじゃあない」


「いや、わりとたいしたことあるだろ」


 シクヨロのほうに振り向くと、ヴェルチは誇らしげに右手で自分の胸を叩いた。


「私のように、ふだんから体幹を鍛えていれば、そんなものに惑わされたりはしないさ。まあ、ここは私に任せておけ」


 そう言うが早いか、ヴェルチはその扉を開けて中へと入っていった。その、妙に自信たっぷりなヴェルチに感化されるように、シクヨロたちもその後につづいた。




続く


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