第四十二話 解き放て! 魔法のパワーで大逆転

「ちょ、おま……」


 シクヨロは、アイシアの言葉を聞いて一瞬絶句した。


「魔法を使ったことないなんて言ってなかっただろうが!」


「だから、べつに私は魔法が使えますとも言ってません!」


 思わず、頭を抱えるシクヨロ。


「マジで? マジのガチで使えないの?」


「使えないというか、使っちゃいけないって言われてるんです、私。魔法のセンスがないからって。だから、ちゃんと訓練してから……」


「だれに?」


「地元のお母さん……」


 アイシアは指をもじもじさせながら、すこし恥ずかしそうにつぶやいた。


「なあ、アイシア」


 その手を彼女の両肩に乗せ、シクヨロは、まっすぐにその瞳を見つめながら言った。


「いまは、まごうことなき緊急事態だ。ヴェルチとマルタンはリタイヤした。オレに戦力は期待できん。目の前にいる邪鬼竜アイツをどうにかできるのは、もうお前さんの魔法だけなんだ」


「でも、私……使い方もぜんぜんわからないのに」


大丈夫でぇじょうぶだ、この『マカラカラムの護符タリスマン』がありゃ、なんとかなる!」


 シクヨロは、護符タリスマンを握りしめているアイシアの手を、その手のひらで包み込んだ。いつものんきにヘラヘラしている無精髭のアラフォー男が、真剣な眼差しで彼女に向き合っている。


「オレが一緒についててやる。4946シクヨロの運気を信じろ!」


「……はい!」


 アイシアは意を決して、邪鬼竜オウガドラゴンの方へと対峙した。


「行きますよ! 邪鬼竜オウガドラゴンさん!」


「……邪鬼竜オウガドラゴンにもさん付けかよ」




「そなたは、剣士フェンサーではなかったのか? エルフなら多少は魔力の素養があるものだが、初心者が見様見真似で使いこなせるほど、魔法は甘いものではないぞ!」


 邪鬼竜オウガドラゴンはそう言いながら、アイシアとの距離を慎重に取っている。もちろん、彼女のそばにいる「運気最大値マックス」の男を警戒しているがゆえだ。アイシアは、マカラカラムの護符タリスマンを握った手を胸に当て、祈りを捧げるような姿勢になった。


「私にだって……私にだって……」


 アイシアは精神を集中させ、自分の体の中に眠っている魔法力マナを呼び覚ましていた。すると闇夜の蛍のように、無数の光が彼女の周辺を飛び交いはじめる。そして驚くべきことに、その体がすこしずつ空中に浮かびはじめたのだった。


「魔法の力は、ありまぁーっす!」


 力の限り、そう叫んだ直後であった。このだだっ広い地下十四階層のいたるところで、得体の知れない爆発が起こりはじめたのだった。


「おい、アイシア! もうすこし、魔法のパワーを抑えてコントロールするんだ! 邪鬼竜オウガドラゴンに当ってねえぞ!」


 爆発は、アイシアたちのすぐそばでも発生していた。シクヨロはあわててアイシアの顔をのぞきこんだが、それは彼女がいままでにいちども見せたことのない、恍惚の表情だった。


「うわ、やべえな! こりゃ、るぜ」


 慣れない魔法を使ったことで、アイシアは一種のトランス状態に陥っていた。彼女には魔法のセンスがないのではなく、ようするに魔法の制御力がないのだとシクヨロは感じていた。




「ウガアアアアアアアアアア!」


 なすすべなく、雄叫びを上げる邪鬼竜オウガドラゴン。魔法による爆発の連鎖はとどまることなく、やがて迷宮内のいたるところで崩落がはじまった。


「アイシア! 目を覚ませ! ……聞こえてねえか?」


 シクヨロの声も、いまや彼女の耳には届かない。シクヨロはこの状態を収めるべく、きっかり三秒間だけ考え込んだのちに最終手段に打って出ることにした。


「あー言っとくけど、これはべつにそういう意味じゃないから。ある種の医療行為だから」


 シクヨロはそう言いながらアイシアの背後に回ると、いきなり両手で彼女の胸を鷲掴みにした。そしてそのまま、あくまで優しく、ゆっくりと丁寧に刺激を与えていく。


「……え?」


「おう、気がついたか?」モミモミ


 正気に戻り、後ろを振り返ったアイシア。そしてつぎの瞬間、彼女はきわめてシンプルかつ常識的ありきたりなリアクションを返した。


「キャアアアアアアアアアア!」


パアン!




 やがて魔法の爆発は収まったが、それによって第十三迷宮全体の崩壊が引き起こされた。爆発の影響により、回廊のあちらこちらで火の手が上がるとともに、壁や床もつぎつぎと崩れていき、無数の瓦礫がれきと化していった。


「うーん。どうすんべかな、これ」


 シクヨロは赤く腫れ上がった自分の右ほほに手を当てながら、重傷を負ったヴェルチと、クリスタルに閉じ込められたままのマルタン、そしてふたたび気絶してしまったアイシアと身を寄せ合っていた。だが、いずれこの階層ごと押しつぶされるのも時間の問題である。もちろん、出口に向かう余裕などあろうはずがない。


「なあ、一度でいいんだ。頼むぜ」


 三人の探索者を抱きかかえるようにすると、シクヨロはこれまで五千回近くくりかえした人生ですら、使ったこともない魔法の呪文をつぶやいた。


「……迷宮脱出魔法エスケイプ!」


 高く挙げたその手には、マカラカラムの護符タリスマンが握られていた。




 アイシアは、夢を見ていた。ぱっちり目を開けているのに夢を見ているとは奇妙な話だが、とにかくそこは夢の中だった。


「……えーっと。あなたは邪鬼竜オウガドラゴンさん?」


「そうだ。エルフの女剣士、アイシアよ」


 彼女の眼の前で胡座あぐらをかいていたのは、あの邪鬼竜オウガドラゴンだった。


「よかった、無事だったんですね!」


 アイシアはその顔を見て、胸をなでおろした。


「ああ。我は無事だが、あいにく我の住み家はあの有様だぞ」


「ご、ごめんなさい! わざとじゃないんです。やっぱり私、向いてないんですね。魔法も、探索者も……」


 その言葉を聞いて、邪鬼竜オウガドラゴンは思わず高笑いをした。


あせることはない。どんな事にも、その者に合った道があろう。しかもそなたには、それを助くる頼もしき仲間も」


「……はいっ!」


 かつて一人きりでスライム討伐していた時代と、シクヨロたちとくりひろげてきた迷宮の冒険。アイシアは、そのことをあらためて思い出していた。



「あのー、私ちょっと気になってたんですけど」


「なんだ?」


邪鬼竜オウガドラゴンさんって、この世界ゲームのだれもが見たことがない存在なんですよね、それじゃあ、だれが『邪鬼竜オウガドラゴン』って名付けたんですか?」


「それは無論——『自称』だ。なかなか迫力があろう」


 アイシアと邪鬼竜オウガドラゴンは、今度は二人で笑い合った。


「じゃあ、もしかして生まれたときの名前ってあるんですか?」


「それは、あるにはあるが……」


「えー、教えてくださいよう!」


 ちょっと考える素振りを見せて、邪鬼竜オウガドラゴンは小さい声でささやいた。


「だれにも言うでないぞ。……『テオテオ』だ」


「テオテオ……かわいっ♥」


 邪鬼竜オウガドラゴン、いやテオテオは、巨大な翼を羽ばたかせ空高くへと飛び上がった。


「それでは、さらばだアイシア。また何処いずこかで会おうぞ——」




続く


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