第三十八話 どーするどーなる? 試練のゆくえ

「十、九、八、七……」


 回転寿司店「ツカン寿司すし」では、ファイナル・カウントダウンがはじまっていた。アイシアとヴェルチによる「一〇〇分以内に一〇〇皿の握り寿司をとにかく食べきる」というチャレンジが、もうまもなく終了しようとしている。


「んん〜ん! このカッパ巻、キュウリがシャキシャキしてて、いい歯ごたえですぅ」


 アイシアは、ちょうど一〇〇皿目となる、最後のカッパ巻を割り箸でつまみ上げると、これまでとまったく変わらない動きで口へと運んでいった。


「……三、二、一、ゼロっ! はい、そこまでっ! しゅーりょーーーー!」


 大食いチャレンジ開始からちょうど一〇〇分。制限時間である一時間四十分が経過した。板前の親父の掛け声とともに、勝負の行方を注目していた周囲の客たちからは、大きな拍手と歓声がわき起こった。


「ふう……。ごちそうさまでした」


 そう言ってアイシアは合掌すると、手にしていた割り箸をそっと皿の上に乗せ、静かに湯飲みのお茶をすすった。彼女の前には、からになった一〇〇枚の皿がうず高く積まれている。まさに文句のつけどころのない、完勝であった。


「いやあ、姉ちゃ……じゃなかった兄ちゃん。あんたの食いっぷりは大したもんだ! お見それした!」


 そう言って、板前の親父はかぶっていた白い和帽子を脱いだ。最後までペースを落とすことなく、ひとつひとつの寿司を丁寧に味わい、感想コメントまでつけて完食したアイシアに、感謝と尊敬の念を抱いているようである。


「こちらこそ、どのお寿司もとっても美味おいしかったです! ありがとうございました!」


 アイシアはそう言って、板前の店員たちに頭を下げた。


「うれしいこと言ってくれるじゃあねえか! それじゃこれ、賞金の一〇〇GPゴルポだ。兄さん、本当におめでとな!」


 板前の親父はアイシアに、豪華な祝い熨斗のしのついた封筒を手渡しながら言った。


「やったー! ありがとうございます!」


「と言いたいとこなんだが……」


「?」


 親父は、手にしていた封筒から手を離さないまま、アイシアの隣の席に目をやった。そこではヴェルチが口から泡を吹き、イスにそり返ったまま白目をむいて気絶していた。


「え? ……ええーっ、ヴェルチさん!」


「あー、お連れさんがリタイアだな。わりいんだが、こちらの兄さんはチャレンジ失敗ってことで、代金として一〇〇GPゴルポ、いただくぜ」


 板前の親父はそう言いながら、封筒をアイシアの両手からむしり取った。


「そ、そんなあーーーー!」


 アイシアとヴェルチ、二人の獲得金額はゼロGPゴルポのまま、ツカンドラの街の夜は更けていった。




 翌日の朝、「XANADEWデュウ」で一晩泊めてもらったマルタンとシクヨロは、店を出てすぐにアイシアとヴェルチを発見した。二人は、前日の歩き疲れと食べ疲れにより、回転寿司の店先で行き倒れるようにして眠っていたのである。


「この二人、なんでこんなとこで寝てんの?」

「さあてな。おい、ヴェルチ! アイシア!」


 シクヨロに揺り起こされ、二人はようやく目を覚ました。


「んん……。あー、よく寝た。どこだここ?」

「ああシクヨロさん、おはようございます!」


 眠りから覚めた二人にすこし安心したシクヨロは、背負っていた荷物の中から水筒を取り出し、アイシアに手渡しながら言った。


「なあ、お前さんたち。いったいここでなにしてたんだ?」


「私たち、この回転寿司のお店で、時間内に完食すると賞金が出るイベントに挑戦してたんです。シクヨロさんたちは?」


「まあオレたちは、こっちの喫茶店でバイトを少々な」


「ていうかぼくら、お互いにこんな近くにいたんだね」


 マルタンは、後ろを振り返りながらつぶやいた。「XANADEWデュウ」と「ツカン寿司すし」は、まさに隣同士の店舗であった。


「で? 賞金カネは手に入ったのか?」


「あのう、いちおう私は、お寿司をぜんぶ食べきったんですけど……」


 アイシアはそう答えながら、ヴェルチの方を見た。すると三人は、「こいつ、やっちまったなー!」って感じの表情をした。


「しょ、しょうがないだろ! だってここの寿司、ネタが乗ってる酢飯ライスがだんだんすこしずつでっかくなっていくんだぞ! ずるくないか?」


「ヴェルチさんが食べた分と残した分の支払いで、けっきょく賞金を取り上げられちゃって」


「んー、まあ、しょうがねえやな」


「それで、お前たちの方はどうだったんだ? この喫茶店で稼げたのか?」


 ヴェルチの言葉に思わず顔を見合わせると、含み笑いを浮かべるシクヨロとマルタン。二人は先ほどの、XANADEWデュウを出る直前のことを思い出していた。




「まあとにかく、この一日しっかり最後まで勤めてくれて、よかったわ。ありがとう」


 オーナーのカミィラは、シクヨロとマルタンを前にして言った。


「そりゃあ、ステージのラストはちょっとアレだったけど、あなたたちが悪かったわけじゃないしね。だからはい、これ」


 カミィラは、二人に給料袋を手渡した。


「二〇〇GPゴルポずつ入ってる。私の気持ちよ。おかげさまで、すごくいい刺激になったわ」


「そりゃすまないな、カミィラ。こっちも、なかなか楽しかったぜ」


 袋の中身を確認すると、シクヨロはあらためて礼を言った。


「えーっと、それじゃカミィラさん。ぼくからも刺激をもうひとつ」


 そう言うと、マルタンはカミィラの耳に口を近づけてささやいた。


「ぼくたち、ホントは男なんだ」


「……えっ? どういうこと?」


 キョトンとした表情のカミィラに笑顔で別れを告げ、シクヨロとマルタンは店を後にした。



 その後、カミィラは「美形男子イケメンによる女装バニーメイド喫茶店カフェ」を思いつき、のちにこのツカンドラにおいて伝説的な名店をつくりあげるのだが……。それはまた、別の話である。




「喜べ、二人とも」


 シクヨロは、懐から四枚の一〇〇GPゴルポ紙幣を取り出すと、頭上に高々と掲げた。


「四〇〇GPゴルポ、取ったどーーーー!」


 それを見て、アイシアとヴェルチは安堵と歓喜の声を上げる。そこへ、オウムのイーゴーが大きな翼を羽ばたかせながらやってきた。イーゴーはシクヨロの指から紙幣をかすめ取ると、くちばしを器用に使って枚数を確認した。


「オメデトウ ミナサン。ブジ タイノ試練 クリアデス」




続く


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