第二十三話 次はコレ? 技の試練に立ち向かえ

「さて、と。……じゃあ、そろそろ行くか」


「うん、そうだね」


「このお料理、ちょっと持ってってもいいですかねえ?」


「お前なあ……。つーかそれ、そんなに美味うまいのか?」


「いやそれが、おいしいんですよ! ほら、このお肉なんか、こぉーんなに柔らかくてよーくお味がしみてて」


「これ、こいつが全部作ったのかなあ。だとしたら、けっこうすごくない? 料理を作るガーゴイルなんてさ」


「迷宮の中って、わりとヒマそうですからね。研究してたのかも。でもこの人、ちゃんと味見とかできるのかなあ?」


「こんなトコでなければ、こいつと料理談義に花を咲かせてみたかったぜ」


「あー、わりと話が合うかもね。秘伝のレシピとか、ガチガチに守ってそう」


「石像だけに、ってな」


 和気藹々わきあいあいと談笑しながら、この部屋を去ろうとする三人。そのとき後方から、なにやらくぐもった悲鳴らしき声が聞こえてきた。


「むむむむ、むぉっむむむーーーー!」

(おまえら、ちょっと待てーーーー!)




「おまえたち、ちょっとひどくないか? 私のことで忘れて、つぎ行こうとしてたろう!」


 ようやく、口元を覆っていたガーゴイルの腕のいましめを解いてもらい、大きく深呼吸をしたヴェルチが声を荒げた。


「ははは。まさか、オレたちが本気でおまえさんのこと忘れるはずないだろ。ちょっとした冗談だよ。場をなごませるアメリカンジョーク、なっ?」


「うんうん」


「そうですよ」


なごむかっ!」


 牙をむいて怒るヴェルチ。大きく開けたその口の前に、アイシアはフォークに刺した肉料理ステーキをちらつかせながら、なだめるように言った。


「まあまあ。これでも食べて機嫌直してくださいよ、ヴェルチさん」


「なんだってこんなも……美味うまいな」モグモグ


「でしょぉ?」


 どうやら、ヴェルチからのクレームについては早々にケリがついたようなので、シクヨロはあらためて戦闘が終わったこの部屋を見回してみた。


「なあ。これが、アイシアの言ってた最初の試練ってヤツなのか?」


「そうですね。おそらく心・技・体の『三つの試練』のうちの、『心』にあたる試練だと思います」


「つまり今回は、私たちの『こころ』が試されたっていうことなのか?」


 服装と装備を整えながら、ヴェルチが言った。


「心か……。まあ、この難攻不落の第十三迷宮を真っ当なコースを進んできていたら、この最下層にたどりつくころには、ふつうのパーティーならすっかり消耗しきってるだろうからね」


 魔法の杖ジンジャーの機能に支障がないことを確認しつつ、マルタンが言葉を返す。


「だとしたら、あのガーゴイルの甘い誘いにうっかり乗っちゃう探索者もいるでしょうね」


「その点、今回の私たちは落とし穴のトラップのおかげで、そういう苦労を全部すっ飛ばしてきてるからな。気力体力は十分だったし」


「ま、とりあえず第一関門は突破クリアってことか」


 シクヨロは、マカラカラムの護符タリスマンに一歩近づいたことを控えめに喜んだ。


「あ、そういえば金塊はどうなったんでしたっけ?」


 ガーゴイルが手土産と言って披露していた、山積みの金塊のことをアイシアは思い出した。


「金塊ってこれのこと?」


 マルタンが、サイドテーブルの上に積まれたままの金塊を、ジンジャーの柄で指し示しながら言った。だがつぎの瞬間、マルタンが力を込めてジンジャーを振り下ろすと、まばゆいばかりに輝きを放っていた金塊の山はガーゴイルと同様に、ただの土塊つちくれになってしまった。


「まあ、そりゃそうだよな」


 土塊つちくれの欠片を拾い上げたヴェルチが、拳の中で粉々に握りつぶしながら言った。


「あーあ、やっぱり偽物だったんだ。がっかり……」


美味うまい話は、料理だけだったな。ま、メシが食えただけでも良しとしようや」


 文字どおりがっくりと肩を落としたアイシアを、シクヨロはやさしく慰めた。


「それにしても、マルタン。魔力を吸い取る魔法なんて、いったいどうして思いついたんだ?」


 ヴェルチは、またも自分のピンチを救ってくれたこの天才少年魔導師ウィザードに対し、賞賛の気持ちを込めて言った。


「んー? まあ、なんとなく。実戦で使うのははじめてだけど、わりと上手うまくいったね。まあ吸い取るって言っても、魔法力マナを自分のものにしたりするのはまだできないんだけどさ」


「でも、なんとなくで新しい魔法を作っちゃうなんて、やっぱりすごいですマルタンさん!」


「よおし、これはもう強制ごほうびだな!」


「ああんもぉー、抱きつくなっていうの!」


 シクヨロたちは、最初の試練の部屋を後にした。しかし彼らは、ほとんど粉々になって床に転がっていたガーゴイルの眼の部分が、ぼんやりと赤い光を取り戻していたことに、だれ一人気づいていなかった。




「……なあアイシア、これ」


「はい。ふたつ目の試練の部屋ですね」


 アイシアが、先頭を歩いていたヴェルチに答えた。ヴェルチの目の前には、先ほどとおなじような造りをした扉が現れていた。


「なんだよ、ずいぶん早くねえか?」


 心の試練の部屋を出て、まだ数分も歩いていない。うんざりしたような口調のシクヨロに、ジンジャーの乗ったままのマルタンが言った。


「そろそろ尺的に、巻きに入ってんじゃないの? ただ歩くの、ダラダラ見せられてもつまんないし」


「巻きってなんだよ」


「さあね」


「そんなことよりふたりとも、この部屋入ってもいいのか?」


 ふたりの会話に割って入るように、ヴェルチがたずねた。


「どうしたヴェルチ。ずいぶんやる気じゃねえか」


「ああ。つぎの試練の部屋は、心・技・体の『わざ』だろう? 私の剣技が存分に発揮できるじゃないか」


 そう言ってヴェルチは、手にしたアヴァランチを振り回した。ガーゴイルとの戦いで、いいところなく敗れたことを気にしているようだ。


「だったら、この部屋の試練はヴェルチにがんばってもらうといいね」


「おう、任せとけ!」


 アヴァランチを握りなおし、扉を開けようとしたヴェルチだったが、後ろからアイシアが大声をかけて制した。


「ちょっと待ってください! じつは私、この部屋の攻略法を見つけたんです」




続く


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