第六話 金返せ! ヤクザな取り立て屋登場

「いるのはわかってんぞ! 開けろコラああああーーーー!」


 ドンドンドンドンッ!




 その声の主は、玄関扉を蹴りながら、威嚇いかく台詞セリフを叫びつづけていた。


「たた探偵さん、なんなんですか、この声?」


 あまりのけたたましさに、おびえたように震えるアイシア。


「ペンギン商会か……(チッ)」


 シクヨロは、顔をしかめながら軽く舌打ちをした。


わりいなお嬢さん、ちょいとジャマが入っちまった」


 そう言うとシクヨロは、しかたなく玄関の方へと足を向けた。すると、なんと彼のそばに立っていたマルタンが、一瞬にしてあの先ほどの、まだら模様の仔猫の姿へと変身したのである。目の前で起こった出来事に驚くアイシアを尻目に、仔猫になったマルタンはシクヨロの肩へと軽やかに駆け上がった。


「はいはいはい、いま開けますよ……っと!」


 そう言ってシクヨロは、いきなり玄関のドアを思いっきり引っ張って開けた。力まかせに蹴りつづけていたその男は、急にバランスを崩されてしまい、そのまま部屋の中へと転がり込んだ。


「うわっとっと! ……てめぇコノヤロー、急に開けんじゃねぇー!」


「開けろとか開けんなとか、どっちなんだよ」


 あきれたように話すシクヨロに、その男はすばやく立ち上がると、顔を接近させてすごんだ。


「うるっせぇ! 黙ってろバカヤロー!」


 派手なアロハシャツをまとったその男は、そのキンキン声もさることながら姿格好もチンピラそのもの。まさに、チンピラがチンピラの服を着てチンピラムーブをかましているとしか言いようのない純正チンピラであった。


「おう、そのへんにしとけノップス」


 するとその背後から、チンピラとは対照的に重低音を響かせるような声で、もうひとりの男が姿を現した。背丈は、チンピラより頭ひとつ分ほど低い。その男はのりの効いたシャツに黒いジャケットを羽織り、髪を整髪料ポマードで丁寧にでつけていた。


「あ、兄貴アニキぃ!」


「社長と呼べ」


「へい、社長ぉ!」


 ノップスと呼ばれたチンピラは、すばやくその男の背後へと下がると、両手を腰の後ろに組んで直立不動の姿勢になった。


「よう、こんなとこにいやがったのか、シクヨロぉ」


「まあ、ここはオレんちだからな、ニキールの旦那だんな


 どうやら、こっちの黒いスーツの方はニキールという名前らしい。ふたりとも、どう見ても剣と魔法のファンタジーRPGにはそぐわない出で立ちであったが、あいにく『ドラゴンファンタジスタ2』には服装規定ドレスコードというものが、ない。


「で、今日は一体いったいなんの用だ、社長?」


「てめー決まってるじゃねぇか、借金の返済日だコノヤロぉー!」


 ニキールの背後から、ノップスがカン高い声で答える。


「ノップス」


「へい!」


「いまから俺が言うところだ。すこし黙ってろ」


「……す、すいやせん、兄貴アニキぃ!」


「社長だ」


 激しく狼狽するノップスを静かにたしなめると、ニキールはあらためてシクヨロに向かってこう告げた。


「返済日だ、シクヨロぉ」


「いや、正確な支払い日までには、あと一週間あるはずだろ?」


 シクヨロの言葉に、ニキールは黙ったままノップスの方を振り向いた。ノップスは、あわててふところから手帳を取り出すと、返済の期日をいま一度確認した。


「……。一週間後っす……」


 申し訳なさそうなノップスの返事を聞いて、ニキールはすこし上を向いて考え込むと、またシクヨロに向き直って言った。


「アフターサービスだ」


「そうだコノヤロー! おめぇが期日に払い忘れないように、兄貴アニキが事前に伝えに来てやったんだバカヤロー!」


「ノップス」


「へい!」


「社長な」


「……す、すいやせん、社長ぉ!」


 果てしなく繰り返されるふたりの会話やりとりに、シクヨロの肩に乗っていた仔猫のマルタンが、うんざりした声でささやいた。


「うざいね、ペンギン商会こいつら。もうっちゃっていい?」


「やめとけ、マルタン」


 シクヨロは、マルタンと視線を交わさずにそう答えた。


「とりあえず、今日のところは帰ってくんねえかな。こちとら商談中なんだ」


「商談中ぅ?」


 そう言われてようやくニキールは、テーブルに部外者の少女・アイシアがいることに気がついた。


「あんた、ここに依頼しに来たのか。名前は?」


 重低音の質問に、小さな声で答えるアイシア。


「わ、私、アイシアです。探索者の剣士フェンサーで……」


「ほう、あんたも探索者か」


 ニキールは、胸ポケットから名刺を取り出すと、アイシアに渡しながらこう言った。


「俺は、ペンギン商会のニキールっていうもんだ。冒険クエストに必要なもんなら、武器だろうが道具アイテムだろうが、なんでも用立ててやるぜぇ。格安でな」


「はあ」


資金カネが足りなけりゃ、融通ゆうづうしてやってもいい」


「社長っ! たとえ取り立て中でも営業を忘れない精神、さすがっす!」


「社長っつってんだろうが」


「……ちゃんと言ったっす」


「……」


「……す、すいやせん! すいやせん!」


 もう帰れよ、とシクヨロとマルタンは思った。




「じゃあなぁ、シクヨロぉ。来週までに今月分の返済金、ちゃんと稼いどけよ」


「忘れんじゃねえぞ、コノヤロー!」


 そう言いながら、ペンギン商会のニキールとノップスは去っていった。




「ペンギン商会、さん? 見た目のわりに、いい人たちですね」


「どこがさ」


 ふたたび少年の姿に戻ったマルタンは、ニキールにもらった名刺をながめながら紅茶を飲むアイシアに言った。


ペンギン商会あいつら、探索者にいろんなモノを高利で貸してボロ儲けしてる、有名な悪徳業者だよ」


「そしてこのオレも、ヤツらにカネを借りてるひとりってわけだ」


 つづけて、そう話すシクヨロ。


「具体的には、この探偵社を立ち上げるための開業資金な」


「そうだったんですか」


「あんなボケナスに見えて、ペンギン商会あいつらはこの世界のけっこう上層部うえのほうとつながってる。決められた返済はキッチリしないと、それはそれでかなりヤバい」


「ま、とりあえず稼がなきゃね、ぼくら」


「それじゃあ……!」


「アンタの依頼、この4946シクヨロ迷宮探偵社が受けさせてもらうぜ、お嬢さんアイシア


 そう言うと、シクヨロは微笑みを浮かべながら右手を差し出した。


「はい、シクヨロさん! お願いします!」




 いつの間にか、雨は上がっていた。




続く


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