第十四話 ♪アナタのその武器、なんてぇの?

「さ、着いたぞ。ここがだい十三じゅうさん迷宮めいきゅうの入り口だ」


 シクヨロが、パーティーメンバーであるアイシアとマルタン、ヴェルチにそう告げた。彼らは、足元にサークル状に描かれた魔術の文様から、最初の一歩を踏み出した。

 ここは第十三迷宮にほど近い、探索者ギルドの運営する番屋である。あたりはすっかり日も暮れ、彼らのほかに探索者パーティーの姿はない。


「……はー、びっくりしちゃいました。いまはこんな便利なものがあるんですか!」


「ん? 転移魔法陣テレポーターのことか? たしかに、数年前にくらべたらぜんぜん楽になったよな。だがこれさえあれば、探索者ギルドの前からひとっ飛びだ」


「でも、有料だけどね」


 探索者ギルドで、四人分の転移魔法陣テレポーター使用料を支払ったマルタンが、財布の中身を見ながらため息をついた。冒険中の所持金管理は、彼が行っているらしい。


「まあ、しょうがねえさ。歩いてきたら、それこそ何日かかるかわからん」


「そうだな。かつて迷宮につながる街道が整備されていないころは、その道中で魔物モンスターに襲われることも多かったと聞く。迷宮にたどり着くまえにパーティーが全滅、なんて洒落シャレにもならんからな」


 ヴェルチの言葉にうなずきながら、アイシアは彼女に問いかけた。


「そういえば、ヴェルチさん」


「なんだい?」


「同行していただけたのはとてもうれしいんですけど、酒場からずっとそのまま私たちについてきてしまって、本当に大丈夫だったんですか? いったんお家に帰って、旅立ちの準備したりとか」


「ああ、問題ない。我々、騎士ナイトのモットーは『常在じょうざい戦場せんじょう』! いつでも戦いにおもむく準備はできている。全身甲冑フルアーマーと、これさえあればな」


 そう言って、ヴェルチは手にしていた巨大な斧槍ハルバードを振るってみせた。


「これは私の愛用している斧槍ハルバード、『アヴァランチ』だ。天下広しといえども、ここまで大きな得物を使う騎士は、まず存在しないだろう」


 ヴェルチがそう断言するように、アヴァランチは長く、太く、そしてなにより重かった。斧槍ハルバードは、その名のとおり斧と槍を組み合わせたような武器である。近接武器の中でもとりわけ攻撃力が高く、使い方によってさまざまな敵に対処できる反面、取り回しづらく、熟練の戦士でなければ到底使いこなすことはかなわない。また、両手で使用する武器のため、身を守るための盾を持つことも不可能となる。自分の技量に、よほどの自信がないと手にすることは許されない逸品だ。


「すごい武器ですねえ! 剣士フェンサーとして、あこがれちゃいます」


 感嘆の声を上げるアイシアに、まんざらでもない表情をするヴェルチ。


「いやいや、きみの太刀たちもなかなかのものじゃないか。かなりの銘刀と見たが」


「……ふっふっふ。わかっちゃいました? さすが、一流の魔獣騎士ビーストナイトさんは見る目がありますねえ」


 そう言って、和風剣士フェンサーのアイシアは得意げに太刀たちを披露した。彼女は、自分の腰に差すには長すぎるその剣を、はすにして背負っていた。


「いざご覧あれ! これぞ、歴戦の侍大将として名を馳せた我が父、冠城かむらぎ 斬右衛門ざえもんより譲り受けし幻の名剣!」


 アイシアは、さやからスラッと刀身を抜いた。頭上に掲げたその見事な刃文には、一点の曇りもない。


「そのやいばは肉を斬るのみならず、魂をも断つ。その名も!」


「その名も?」


「『断魂だんこん』!」


「下ネタかよ」


 シクヨロが、あきれて言った。


「ああ……。お父様ご自慢の、太くてたくましい断魂だんこん……」


 アイシアは剣を鞘に収めると、陶酔するようにつかの部分に頬を擦りつけた。


「その断魂だんこん、すまないが私にも見せてくれないか?」


「もちろん! ヴェルチさんも、お好きなんですね」


「ああ、私はこういった逸物いちもつには目がなくてな。……ううむ、これはすばらしく立派な型だ! 手触りも悪くない」


「あ、ぜひご自分の手で抜いてみてください! この反り具合がステキなんです」


「ほう……。いい角度だ。絶妙だな! やみつきになるのもわかる」


「眺めてると、なんだかうっとりしてきちゃいますよね、断魂だんこん……」


「うん。最高だな、断魂だんこん……」


「もうやめて。物語はなしがどんどん下品になる」


 ようやく、マルタンがツッコミを入れた。


「おい、もう行くぞ」


 シクヨロの言葉で、ようやく一行は迷宮につづく門の前へと歩みを進めたのだった。




「よっと」


 手にしていた魔法の杖「ジンジャー」に、とある操作を加えるマルタン。するとジンジャーが彼の手を離れ、地上からほんの数センチほどの高さで浮遊して止まった。マルタンはジンジャーの突起部分に両足をかけると、その杖は少年を乗せたままゆっくりと前進しはじめたのだった。


「おおー、マルタンさん! そのジンジャーって、空中移動にも使えるんですね!」


「うん。魔力のある迷宮内と、その付近だけだけどね」


 少年魔導師ウィザードの、思いがけない魔法の杖の使い方に、驚くアイシア。


「まったく、ラクしやがって。探索者らしく、すこしは自分の足で歩いたらどうなんだ?」


「うるさいなあ。ていうか、シクヨロおじさんこそ、迷宮にその格好はどうなの?」


 口を尖らせたマルタンが指摘するとおり、シクヨロは冒険用の大きな背囊リュックを背負ってこそいるが、服装はいつものダークスーツにネクタイ、革靴にフェドーラ帽。どう見ても、剣と魔法のファンタジーRPGに登場する探索者の姿ではない。


「オレはこれでいいんだよ。このカッコじゃないと、『迷宮探偵』っぽくないだろ?」


「ほかにだれも存在してないんだから、べつにどんな服装でも問題ないとは思うけど」


 シクヨロのこだわりが、理解できないといった感じのマルタン。なんども言うようだが、この『ドラゴンファンタジスタ2』には服装規定ドレスコードというものは、ない。


「で、武器は? まさか、ナイフ一本持ってないの?」


「ああ、使い慣れない刃物を振り回しても、指の先を切りそうだしな。オレは丸腰まるごし主義だ」


「……シクヨロって、つくづく命知らずだねえ」


「ふたりとも、もうそのへんにしておけ。迷宮に入るぞ!」




 戦闘力のいちばん高い魔獣騎士ビーストナイトのヴェルチを先頭に、剣士フェンサーのアイシア、迷宮探偵シクヨロ、魔導師ウィザードのマルタンの順で、最難関とうたわれる第十三迷宮の門をくぐった一行。


「さあ、行くぜみんな! オレたちの冒険クエストのはじま——」




 迷宮に一歩目を踏み入れたその瞬間、シクヨロたちは足元に大きく開いた陥穽ピットへと落ちていった。




続く


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