第二十一話 アクマで豪華なお・も・て・な・し
それは低いがよく通る声で、まるでバリトンのオペラ歌手か老練な政治家を彷彿させた。思わぬ出迎えの挨拶を受けたシクヨロたちの驚きをよそに、その声の主は足音も立てずにゆっくりとこちらへ歩みを進めてくる。
「……ひっ!」
たまらず、アイシアが悲鳴を上げた。暗闇の中、彼らの目がようやく捉えることができたその姿は、人間ではなかったのだ。
「こいつは……」
「げ、マジかよ」
「ガーゴイル?」
「いかにも。この部屋の
説明しよう。
ガーゴイルとは、もともとは中世の西洋建築物に据え付けられている
以上、説明終わり。
そのガーゴイルは、なんともおどろおどろしい悪魔の姿をしていた。いや正確には、この世に悪魔というものが存在するとすればおそらくこういうおどろおどろしい格好なのではないかと思われるような姿をしていた。
「で、お前さんはここでなにをしてるんだ?」
「はい、みなさまのご到着をお待ち申し上げておりました」
シクヨロの問いに、
「待ってたって……。
さきほど古文書の解読により突きとめた、試練のことを口にしたアイシア。しかし、ガーゴイルはかぶりを振って答えた。
「いえいえ、とんでもない! あくまで、みなさまを心からおもてなしするためでございます」
そう言うと、ガーゴイルは右手の指を鳴らした。そしてその小気味良い音と同時に、部屋の明かりが一斉に灯ったのである。
「うおおっ?」
「これは……」
ようやく、この部屋の全貌が明らかになった。この部屋は、およそ迷宮の中とは思えないほど絢爛豪華な
「わあっ! すごいごちそうですよ!」
アイシアが驚きの声を上げる。その言葉の通り、そこには四人分のフルコース料理が並べられていたのだ。ほかほかと立ち昇る湯気が、彼ら探索者パーティーの食欲を大いにくすぐった。
「さあ、どうぞ席におつきください。遠慮なさらずに」
彼らはガーゴイルに言われるままに、食事の用意されているテーブルについた。
「……食べていいんでしょうか?」
「うん、まあ、ちょっと待っとけ」
小さな声で問いかけるアイシアに、隣の席のシクヨロが答えた。彼女が食いしん坊エルフであることはいまさら驚かないが、この状況でこの相手が出してきた料理によく口をつける気になるなと、シクヨロは逆にすこし感心した。
「で、おもてなしって一体どういうことなの?」
マルタンは、
「そのままの意味でございます、マルタン様。私は、みなさまに危害を加える気もございませんし、ましてや試練など」
ガーゴイルは、いかにも
「ささ、スープが冷めないうちに。焼きたてのパンもお取り分けいたしましょう」
「つーか、ガーゴイルさんよぉ」
ダンジョンの地下十三階で受けるにしては丁寧すぎるガーゴイルの接客ぶりに、シクヨロはうんざりしたように話しかけた。
「いったい、どういう
「それでは、単刀直入に申し上げましょう」
ガーゴイルは給仕の手を止め、シクヨロたちに正対した。
「みなさまには、ここでまっすぐお帰りいただきたく存じております。むろん、手ぶらでお返しなどはいたしません。心ばかりのお
そう言うとガーゴイルは、食卓の脇のサイドテーブルにかかっている厚手の
「……っ!」
探索者たちは、思わず息を呑んだ。そこにはなんと、山積みの金塊が据えられていたのである。隙間なく整然と積まれた金塊は、シャンデリアの灯りによってこの世のものとは思えぬほどの
「正真正銘、本物の
「ちなみに、もし断ったらどうなるんだ?」
心の中を見透かされたような気になり、すこし不機嫌になったヴェルチがガーゴイルを
「まことに残念ながら、流れずともよい血が、無駄に流れることになるでしょうな、ヴェルチ様。あなたの
ガーゴイルのその言葉に、席についていた探索者たちはゆっくりと立ち上がる。
「ほう……。本当にそうか、試してみるかい?」
「そうだね、ぼくらも加勢するよ」
「あ、ふぁい」モグモグ
「だから食うなって」
続く
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