・放課後の準備室に男女が二人……

「ちょっ、これ鍵閉まってるじゃんっ!?」

「っぽいな」


 さっきの物音は南京錠の音だったのか?

 俺とクロナは扉の前で立ち尽くして、どうあがいても開かない扉に困り果てた。


 強く扉を叩いてみたが、ここは旧校舎だ。

 昔は使われていたが、少子化の煽りで今は倉庫も同然だった。


「ど、どうしよう……」

「スマホで学校に連絡を入れたらいいだろ?」


「……えと」

「なんだよ、その反応? まさかお前……」


「えへへ……軽音部に置いてきちゃった……」

「マジかよ……。なら詰みじゃねーか……」


 誰でも知っていることだが、秋の夜は暖かくない。

 この準備室には窓がなく、出入り口は施錠された入り口だけのようだ。


「きっとなるようになるよ」

「そうなってくれなきゃ困る」


 クロナは自分で机を一つ下ろして、その上に脚を組んで座り込んだ。

 いや別に脚に注目しているわけでない。状況的に目に入るだけだ。


「与一も座ったら?」


 うなづいて俺の方はイスに取り出して腰掛けた。

 しばらくここから出る方法を考えた。結論は、南京錠はさすがに壊せない、だった。


「あのさ、与一……。最近さ、与一ってなんか変じゃない……? どうかしたの?」

「そうか? そんなことはないと思うぞ」


「でも……。家にいるときとか、なんか変だよ?」

「それは茶畑さんが来たから、生活が少し変わっただけだ」


 そう返すと、クロナの気づかうような神妙な態度が明るい笑顔に変わった。


「それはあるかも。あのおっさん面白いよねー♪」

「……そうだな。なかなかいないタイプだ」


「むぅぅ……やっぱり変だよーっ。ねぇー、茶畑さんと何かあった……?」

「だから何もないよ」


 本当のことはとても言えない。

 茶畑さんの方がクロナに近い存在で、嫉妬したり不安を感じているだなんて、もし知られたら……絶対にコイツは調子に乗る。


「ふーん……」


 視線をクロナの顔からそらすと、無意識に短いスカートと脚部に目が行った。

 気になるけどバレたら大変だ。なんで男って、こんなものに目を奪われるんだろう……。


「クスッ……。相手が与一なら、悪い気しないかな……♪」

「な、なんの話だ……?」


「べっつにー♪」


 盗み見ている脚が組み替えられて、伸ばされて、揺すられた。

 下着も見えそうで……いや、これってアウトだろ。


「暗くなってきちゃったね」

「だな……。そうだ、明かりを付ければ扉から光が漏れる。それで気づいてもらえるかもしれない」


「ここって電気通ってるの?」

「たまに授業で使うし通ってるだろ。……あれ、点かないな」


 そうなると、このまま夜に突入すると俺たちは真っ暗闇の一晩を過ごすことになる。

 別に怖くはないが、究極に退屈することになりそうでぞっとした。


「ヤバいね。夜になっても誰もこなかったどうしよっか……?」

「どうにもならん。さぞ冷え込むだろうな……」


「ねぇ……だったらそのときは、うちを温めてくれる……?」


 己の両肩を抱き込むその姿は意味深で、気のせいでなければ期待がこもっていた。


「バ、バカ言うなよっ……! 上着くらいなら貸してやる……」


 クロナは俺のことをムッツリスケベだと言うが、だったらお前だって相当だぞ……。

 夜を期待しているようなしぐさとささやき声に、理性が揺らいだ。


「それじゃ与一が風邪ひいちゃうよ!」

「だったら抜け出すしかないだろう。カマタリのことも気になるからな……。もし俺たちが帰らなかったら、不安がる……」


 カマタリの名前を出すと、クロナがふいに視線をそらした。

 何か変だ。庇護欲の強い彼女の性質からすると、もっと理不尽に悔しがったり、困ったりしている顔をするのではないか。


 それなのにクロナは涼しい顔でぼんやりして、それからおもむろにポケットに手を入れた。


「あのさ……ごめん。スマホ見つかった。やっぱり持ってたみたい」

「お前な……」


 こっちは本気で夜の覚悟と、もしかしたら……とムッツリスケベな期待をしていたというのに、コイツは……。

 クロナはスマホを操作しながら、俺の呆れたっぷりの目を笑ってごまかしていた。


「カマタリが寂しがってるかもしれないし、早く開けてもらって帰ろ?」

「ぜひそうしてくれ……。なんでわざわざこんなことを」


「だってこういうシチュエーション、ずっと憧れてたんだもん! 電話したらすぐ出れるじゃ、雰囲気なんて台無しじゃん!」

「いや雰囲気作って、お前は俺をどうするつもりなんだよっ!?」


 電話が繋がった。クロナは意外としっかりとした丁寧語になって、電話に出た事務員さんに救助を依頼していた。


「あ、さっきの話だけどさ。与一が暴走しないかなって、ちょっと期待してた」

「そういう際どい返しをされても反応に困るぞ……」


「むふふっ、そんなの知ってるしー、与一のエッチー♪」

「うっ……」


 藤原黒那はすっかり味をしめて、俺に挑発をしかけて遊ぶところが多々あった。

 そしてそんな浮ついた関係性に、とても拒んだり逆らえそうもない俺がいる。


「与一ならさ、うちに手、出してもいいよ?」

「よくねーよっ……そういうこと言うなよっ、よくねーっての……っ!」


「あははっ、与一は真面目だなぁ……」


 藤原黒那は気まぐれで魅力的な女の子だ。

 それが満更でもない俺の反応に喜んでいる姿を見てると、気持ちがふわふわして正気を失いそうだった。

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