・放課後に女子とスーパーに行く数学的確率

 それから翌々日の放課後、学園祭の実行委員が会議室に集められた。

 まずはその人数に驚いた。


 3年生は忙しいシーズンなので3名だけだったけど、同学年からは15名が集まって、全校では29名にも達していた。

 これでうちの担任がお目付役じゃなかったら完璧だった。


「なんで先生が学園祭の担当なんですか……」

「俺が部活を受け持たない窓際野郎だからだ。よし山崎、お前が委員長な。んで藤が副委員長。じゃんじゃん配役決めてくぞ」


 デタラメゆえの仕事の早さで、先生は次々と役割を与えていった。

 グダグダするよりずっといい。雑さがちょっとムカつくけど先生に指導力も感じた。


「で、物部ヨと藤原クは文化部との連絡役と手伝いな」

「うちらだけ野球選手みたいな略し方しないでよっ!?」


 もっと長引くと思ったのに、たった3分で委員の配役が決まってしまった。

 俺たちは未経験ということで、比較的応対が楽な連絡役と雑務が回されてきた。


「最後に自己紹介して終わりだな。先生さ、これから家帰ってVチューバーの生配信見なきゃいけないんだよ……ってわけで、1人15秒な。よし、物部ヨからやれ」

「なんで俺からなんですかっ?!」


「早くしろよ、配信に間に合わないだろ。ほれ、あと10秒な」

「2年C組の物部与一、6人兄弟の次男で帰宅部です! 不慣れですがどうかよろしく!」


 なぜ俺たちが顔も知らないVチューバーのために、こんなに急かされなければならない……。

 こうして自己紹介が流れ作業で強制スクロールされてゆくと、10分未満で顔合わせと配役が終わって解散となっていた……。


 なんだかんだ学生も忙しい身だ。

 デタラメではあったが、話が短くて早く帰らせてくれる先生ということで、うちの担任は好評だった。


 学園祭は3週間後の日曜日だ。

 活動の本格化はもう少し先になるそうだけど、俺たちは俺たちなりに雑用と連絡員の役割をがんばっていこう。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 その後はクロナと一緒に下校した。

 普段は友達に誘われるクロナも、今日ばかりは真っ直ぐ帰ることにしたようだ。


 動機の一つは子猫のカマタリだろう。

 家には茶畑さんがいるとはいえ、もうじき彼も出勤だ。


 カマタリを家に一匹にさせるのは気がとがめて、足取りは気持ち早足になっている。

 はぁ、今日は障子が無事だといいな……。


「グフフ……」

「いきなり変な笑い方すんなよ、ビックリするだろ……」


「あはは、ごめん。与一の友達の影響受けたのかも。あの人たち面白いねーっ」

「頼む、アイツらを見習うのは止めてくれ……」


 クロナが右手をぶんぶんと振ると、俺の左手も引っ張り回される。

 気づいたら子供みたいに手を繋がれていて、どうにも拒みきれずに現在に至るって感じだった。


 手と手が蒸れて汗ばんでも、彼女が離さないのだからこちらも離さない。

 濁ったように暗くなってゆく夕焼けは赤く恐ろしく、夜の訪れはもう間もないと俺たちに告げている。


「ねぇ、与一……?」

「今度はなんだ」


「警戒しないでよーっ」

「俺はお前の行動力には感心と同時に、恐れを抱いているからな……」


「えっへん!」

「どんだけ前向きなんだよ、お前……」


 しかし俺たち、いつの間にかすっかり打ち解けてしまっているな。

 クロナは人との距離を詰める天才だ。


「それよりお願いがあるんだけど……」

「もったいぶられるとかえっておっかないから、そこは溜めずに早く言ってくれ」


「わかった。あのさっ、朝ご飯と夕ご飯と、あとお弁当……お金ちゃんと出すから、これからも毎日作ってくれたり……しない……?」

「いいぞ。人が自炊している隣で、コンビニ弁当食われるのは俺もしっくりこなかった」


 俺の作った晩飯の方が安くて早くて美味いはずなのに、負けた気分にもなった。


「やった……! あ、あとさ、時々でいいから……料理、もっと教えてほしい……」

「だったら買い出しから付き合ってくれるか? これからスーパーに行こう」


「い、いいの……?」

「手伝ってくれたら助かる」


「うん、わかった……。うちさ……前からこういうの、ちょっと憧れてた……。はぁぁ……っ。ドキドキするね、与一……」

「一緒にスーパーに行くだけだろ……?」


「一大イベントだよっ!」

「お、おう……」


 そんなに意識されると、こっちまで変な気分になるから止めてくれ……。

 そう直接言えば、火に油を注ぐことになるのは見えていた。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 近所のスーパーに着いた。こぢんまりとした建物に入り、俺たちは店を歩く。

 大型の店舗は回るだけで時間を食うので、忙しいときはこういった店が良いと思う。


「与一、うちがステーキ焼いてあげる!」

「お前のその金払いの良さはどこからくるんだ……遠慮する」


「えーっ、なんでーっ!? あ、じゃあ焼き肉にしようよっ、これならうちでもできるよ!」


 グラム単価300円もする牛タンに、JKは狙いを定めて手を伸ばしたので、俺は細い手首を掴んで止めた。


「親元を離れて独立するなら節約を覚えようよ……」

「このお肉って高いの?」


「んな……っ?! こ、この金持ちめっ! いいか見てろ、俺が安くて美味い食材を教えてやるから付いてこい!」

「はい、先生!」


「いちいちノリいいな、お前……」

「でしょーっ♪ さあ行こうー!」


 やたら高級志向のクロナを引き連れて、俺は庶民的な買い物をしていった。

 お買い得な豚バラ肉に、どの部位でも格安な鶏と、霜取りと骨抜きと血合い抜きをすれば十分に食える魚のアラを買い込んだ。


 対して野菜の味は値段相応だ。

 変に安いやつは味が良くないハズレもかなり多い。


「クロナのおかげで、今日からは買いだめができるよ」

「女の子を荷物持ちにするつもり? 上等、いくらでも持つよっ!」


 だったら今日は塩と砂糖と醤油を1リットル買うか。

 そうだ、みりんと酢と米も買いたい。


「なんでそんな重いのばかり買うのっ!?」

「なかなかないチャンスだからな」


「これからも手伝うって言ってるじゃん、せめてお米は小さいのにしようよっ!?」

「10kgが一番安いんだ」


「女の子にお米10kg持たせて帰ろうとするとか、与一は鬼かーっ!」

「さすがに米は俺が持つつもりだったが、む……カバンもあるしこれはキツいか。ではタイムセールまで、お菓子コーナーで待つとしよう」


「はっ、そうだった、お菓子買わなきゃ!」


 カートを引く俺を置いて、クロナはお菓子コーナーに飛び込んでいった。

 時間帯もあってか子供の姿はない。

 俺も一緒になってクロナの隣にしゃがみ込んだ。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「ねぇねぇ、与一……」


 クロナがこの口振りをするときは、必ずといっておかしな頼みごとになるような気がする。

 梅干し5兄弟を買うか迷っていた俺は、おっかなびっくりと隣を振り向く。


「与一はさ……」


 そこにプッキーを大事そうに抱えて、上目づかいでこちらを見上げるクロナがいた。

 頬は白桃のように色づいて、瞳が潤み、恥じらいに目線を揺らがせている。


「プッキーゲームって、したことある……?」

「あるよ」


「ま、マジでぇー!? うちでもないのに、そんな……ずるい!」

「小学生の頃に一つ下の弟とやった」


「エーーッッ!?」

「気持ち悪いどうこう以前に、むなしくなったな……」


「それやる相手間違えてるよ……」

「弟がやってみたいとねだってきたんだ。兄として断れない」


 もちろん抵抗はあったが、これで友達に自慢できると弟は喜んでくれた。何も問題ない。


「弟さんって、もしかしてホモ……?」

「違う、あれは若さゆえの好奇心だ」


 そんなやり取りをしていると、精肉コーナーの方にシールを持った従業員さんを発見した。


「クロナ、よく覚えておけ。あれが半額シールだ。あれが貼られると、半分の値段で買える」

「さすがにそれくらい知ってるよっ!?」


 俺たちはお肉と魚をお買い得価格でキープして、帰路へとついたのだった。

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