・消費者金融の方からきました

「調子に乗って買い過ぎたな……」

「片方うちのやつと荷物交換する?」


「平気だ」

「だけどさっきから与一、まるでお爺ちゃんみたいにフゥフゥ言いながら歩いてるよ?」


 両手に重いレジ袋を吊しながら、肩に学生カバンをかけるとその時点でもう限界一歩手前だった。


 それでも男は女の前で見栄を張りたがるものらしい。

 いくら身体が悲鳴を上げても、クロナの軽い袋と交換する気はまったく起きなかった。


「ふぅ、ふぅ……本当だな、今気づいた」

「遅っ!? ねぇ、明日筋肉痛になっても知らないよ……?」


「その時はその時だ」


 それにもう家はすぐそこだ。

 午後5時過ぎの住宅街は既に真っ暗闇で、隣を歩くクロナの顔もハッキリとは見えなかった。


「あれ……。ねぇ、家の前に誰かいない……?」

「茶畑さんかな。……いや、髪が黒いし、あんなに小柄ではないな」


 誰かを待ち伏せするように、うちの門の前に怪しい男が立っていた。

 茶畑さんより小柄で、ぽっちゃりしていて、黒いスーツを着ている。


「ねね……まさか、ヤクザとかじゃないよね……?」

「七三分けのヤクザなんて見たことないぞ」


 彼はこちらに気づくと、ペコリと丁寧なお辞儀をしてくれた。

 何者かはわからないけれど、常識はありそうだった。


「こんばんは、何かうちにご用ですか?」

「あっ、こちらのお宅の方ですか? こんな夜分にお訪ねして申し訳ありません」


 荷物を軒先に下ろして、ビキビキと悲鳴を上げていた腰と背中をいたわった。

 身長165cmくらいだろうか。近くに寄ってみるとだいぶ小柄な人だった。


「実はわたくし、こういった者でして……」

「あ、これはどうもご丁寧に……」


 彼は頭を下げて名刺を差し出してくれた。

 すると人前だというのにお構いなしに、クロナが隣に寄り添ってきて名刺をのぞき込んだ。


「ネコソギファイナンス……?」

「はい、融資の件で参りました。茶畑さんはご在宅でしょうか?」


 融資。ファイナンス。しかもネコソギ。学生にはまるで縁のない言葉に、俺たちは思考停止して顔を向け合った。


「え、まさか、借金取り……っ!?」

「待て、いきなりその解釈は茶畑さんに失礼だろ……」

「まあオブラートに包まずに言えば、8割方そんなところですね。合法ギリギリで、融資をさせていただいております」


 同級生とスーパーで買い物をして帰ると、消費者金融の人がやってきた。

 一見は良い人そうに見える分、そこがまた不気味だった。


「お二人はご兄妹でしょうか。ご両親はいつ頃お帰りになられますか?」

「あはっ、兄妹だってーっ、与一! なんか悪い気しないね……!」

「話がこじれるからその話は後でな」


 この家の責任者に会いたいと彼は言っている。

 そこで俺は真面目な対応を真面目な態度で返すことにした。


「この家は俺が管理しています。爺ちゃんの家を売ったり取り壊すのが嫌で、それでルームシェアを」

「なんと……そうだったのですか。ほぉー……それは凄い」


「え、そうですか……?」

「ええ、素直に感心いたしました。あ、もし何かお困りでしたら、いつでもご融資いたしますね」


「え……いや、その……おたくから借りるのはちょっと……」

「もちろん冗談です。では、茶畑さんには中野が来たと、よろしくお伝え下さい」


「わかりました、必ず」


 高利貸しではあるけれど、中野さんは悪い人ではなさそうだった。

 大人の言葉を額面通りに受け取ってはいけないと、うちの兄ちゃんは言う。


 それでも空き家を使ったルームシェアという試みを、彼が評価してくれたのが嬉しかった。

 そこで俺は玄関の引き戸に触れて、施錠を確認した。


「閉まってるってことは、仕事に出かけたんだと思います」

「わざわざありがとうございます。では日を改めてまた参りますね」


 ペコリとお辞儀をするので俺もつられて頭を下げて、宵闇の中に消えてゆくサラリーマンを見送った。


「うち、借金取りなんて始めて見た……」

「俺もだ」


 しかしこれは茶畑さん個人の問題だろう。俺たちが深入りする必要もない。

 玄関の鍵を開けて、クロナと一緒にレジ袋を家に運び込んだ。


「ミャー……」

「ただいま、カマタリ! ごめんねーっ、寂しかったでしょ……っ」


 居間の引き戸を開くと、カマタリが足に絡み付いてくる。

 何度も小さな声で鳴いて、喉を鳴らして、寂しかったと俺たちに主張していた。


「あれ……ねぇっ、なんか晩ご飯の支度がしてあるよっ!?」

「あ、ホントだ……」


 皿にラップがしてあるので最初は匂いに気づかなかった。

 しかし見れば台所のテーブルの上に、唐揚げとサラダと茶碗が並んでいる。


 レタスの彩りの中にカットされたトマトやパセリが規則的に並べられていて、家庭料理にしてはやけにオシャレな盛り付けだった。


 クロナはカマタリを胸に抱き込んで、突然の幸運と茶畑さんの親切にニコニコとしている。

 その手がテーブルの上の紙切れを拾い上げた。


「暇なので冷蔵庫の中身で勝手に作らせてもらった。カマタリには餌をやった。仕事行ってくる。だってさ」

「驚いたな……」


 食材を冷蔵庫に詰めて、石油ストーブのスイッチを入れた。


「借金はあるみたいだけど、やっぱり茶畑さんって超良い人じゃない?」

「そうかもしれないな」


「あっ、スープもあるよ!? うわっ、お米も炊けてる!」

「茶畑さんって見た目は少し怖いけど……まるでお母さんみたいだな」


「あはは、わかる。なんか面倒見がよくてさ、やさしいよね」


 借金のためにキツい仕事をしているのに、こうやって人をいたわれるなんて大物だ。

 俺は素直にうなづいて、コンロの前のクロナにスープを温めてもらった。


「どうどう、ガスコンロの使い方上手くなったでしょ? どやーっ!」

「強火になっている」


「え、ダメなの? こっちの方が早く温まるよ?」

「それだと野菜が煮崩れする。鍋の方も少し焦げる」


「へーー……」


 クロナの隣に寄ってガスコンロを中火に調整すると、彼女は台所のイスに腰掛けた。

 コタツに運ぶつもりだったけど、せっかくだし今日は今日はここで食べるのもいいのかもしれない。

 

「ねぇ、煮崩れって何?」

「そこからなのか……」


 俺たちには俺たちの、茶畑さんには茶畑さんの人生がある。これからは文化祭の実行員をがんばろう。


 茶畑さん手作りのスープは温かく、塩唐揚げはご飯と最強に合ってどんどんいけた。


「ご飯おかわり! 与一っ、てんこ盛りにして!」

「唐揚げとご飯てんこ盛りの組み合わせは、さすがに危険だと思うが……」


「平気平気! 実行委員の活動もじき始まるし!」

「……だったら俺もおかわりだ。この唐揚げが悪い」


 その日は食い過ぎて、俺とクロナは食後の腹を抱えながらしばらくうなって過ごした。

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