・JKとの休日の過ごし方

 一週間が過ぎ去り、日曜日がやってきた。

 あくびをかみ殺しながら寝室を出ると、居間の時計は午前10時過ぎを指していた。


 なんとなくテレビの画面を眺めて、寝ぼけていた頭に血が通ってくると、俺はクロナとカマタリの姿を探していた。

 玄関にクロナの靴がないということは、出かけてしまったのだろう。


「俺、何やってるんだろ……。お……」


 階段の方を見上げると、灰色の子猫が小さな身体で一段一段慎重に降りてきた。

 こっちに来いと手を差し出すと、爪を立てて腕に飛び付かれた。

 パジャマ越しでなかったら死んでいた。


「お前、朝ご飯は食べたか?」

「ミャァー……♪」


「どっちだよ……?」


 俺が首を傾げると、子猫は一緒になって頭を傾ける。

 わからないので反応を見ようと、カマタリを抱えて台所に移動した。


 銀色の餌皿は昨晩と変わらず流しに置かれている。

 クロナが餌をあげないはずがないけど、もし貰っていなかったら可哀想だ。


「しょうがないな……」


 昨日の残り物をコタツのテーブルに並べながら、ささみ肉をぶつ切りにして一本だけゆでた。

 ゆで上がったささみを冷水で冷やして、ほぐして皿に盛ると、カマタリが早足で俺の後ろを追いかけてくる。


「ちょっとだけだぞ。クロナには内緒だからな?」


 ゴロゴロと喉を鳴らしてねだる子猫に、ほぐしたささみを近付けると夢中で食べ始めた。

 カマタリはもっとくれ、次をくれと爪を立てて、すっかりささみの淡泊な味わいに夢中だ。


「茶畑さんはさすがにまだ寝てるだろうな……」


 その後は残った分を小皿に移して、皿や鍋を洗った。

 それが終わるとホウキとチリトリを持って家の軒先に向かい、管理人としてさっと掃く。


 せっかくの休日なので、庭の草むしりも始めることにした。

 物置の草刈り鎌で雑草を刈り、自生されては困るやつは掘り返して根こそぎやっつけた。


 ところで家の縁側の方から小さな物音がした。

 何かと思えばそれはカマタリだ。ガラス戸の向こうは板張りの廊下になっており、子猫が庭に出たそうにガラスへとへばりついていた。


 クロナが見たら大喜びしそうな光景だ。


「ミャ……」

「ダメだ。お前みたいなヤンチャ小僧を外には出せないよ」


 外に出して帰ってこなかったら責任が取れない。

 甘える子猫の声に耳をふさぎながら、俺は庭を整備していった。


「ススキか。すっかり秋だな……」


 草むしりが白熱して、裏の方にも回るとススキが生えていた。

 一本だけ刈り取って、俺は玄関からカマタリのいる廊下に移動した。


「おっ、食いつきいいな。ほれ、ほれっ、くるーんっ」


 子猫というのは限界ぶっちぎりでヤンチャだ。

 ススキをさっと振るだけで、カマタリが飛び付いて、跳ね上がって、賢しくも俺の手元を小さな爪で攻撃した。


「いたた、本体攻撃するのは反則だろ……っ」


 人間は半日だって遊び続けられる生き物だが、動物は飽きが早い。

 疲れもあるのか次第に反応が鈍くなり、最後は腹を丸出しにして眠ってしまった。


 昼過ぎになればこの廊下は陽向になる。


「そういえば昔、爺ちゃん婆ちゃんとここで遊んでもらったっけ……」


 変な感覚だ。ついこの前まで子供だった自分が今は高校生で、爺ちゃんたちが消えたこの家で、子猫と藤原黒那と一緒に暮らしている。


「ただいまーっ、もうお昼だよーっ、与一!」

「お姫様とおっさん様が寝ている。静かにな」


 どこに行っていたのやら、クロナが玄関を鳴らして帰ってきた。

 縁側の廊下に熟睡する子猫とススキを見つけると、ギャルの素顔がだらしなくとろけた。


「遊んでくれたんだ……?」

「これ以上、障子に穴を開けられたらお化け屋敷にされてしまうからな」


「照れなくてもいいのに。あっ、庭も綺麗になってる……っ」

「まだ途中だよ。……そっちのそれは?」


 クロナのカバンから紙袋がはみ出ていた。

 なんとその中身は本だ。クロナは本屋に出かけていたらしい。


「暇なら一緒にこれ読もうよっ」

「いいや、女性誌なら断るぞ」


「そんなの男の子と一緒に読めるわけないじゃんっ。ただの旅行ガイドブックだよ」

「……まさか、ここを出てくのか?」


「それこそまさか! 出ていけと言われない限り、ずっと居着く予定だよ? ほらほら、温泉旅行特集だってっ!」

「それまた、好みが渋いな……」


「だって表紙見たら楽しそうだったんだもん」


 カマタリは薄目を開けてクロナを見たが、今は眠いようだ。

 俺たちは座布団を用意して、日当たりがよくて明るいここでページを開くことにした。


「与一、もっとこっちきなよ?」

「これ以上どう近付けと」


 クロナが膝の上でページを開いて、俺がそれを横から盗み見した。

 既に肩と肩が触れ合う距離まで詰められている。


「えと……あの、例えば……か、肩を抱く、とか……」

「茶畑さんに見られたら絶対誤解されるぞ、それ……」


「別に、誤解されてもいいのに……。あ、そだっ、こうしようよっ。与一はここねっ、ほら早く!」


 本を床にしいて、クロナは畳に寝そべった。

 スカートから生えた足が無防備に折り曲げられて、急かすようにばた足されている。


「ほら早く!」

「いちいち急かすなよ……」


 一緒に寝転がる姿を見られたら、それはそれで茶畑さんに冷やかされそうだ。

 それでも肩を抱くよりもマシだと、交渉術に負けたような気もしないでもないが、畳に『八』の字になって俺たちは一冊の本を囲んだ。


「あ、意外とこれさ……顔とか近くて、照れちゃうね……♪」

「んなこと言われたらっ、余計気になるだろが……っ」


 隣を振り返ると、そこにはクロナの横顔がある。

 誘っておいて今さら恥ずかしさに気づいたようで、その流し目は彼女にしてはひかえめだった。


「じゃ、朗読するね」

「えっ、これ朗読すんのっ!?」


「湯布院特集――」


 妹の咲耶にもこんな時代があったな……。

 ところがクロナの朗読はよどみなく、ただ文面を読み上げているだけだというのに、情がこもっていてワクワクとさせられた。


「いつかこういうところ、二人で遊びに行きたいね……」

「そうだな……。けど、この町の温泉じゃダメなのか?」


「だって、それって日帰りでしょ……。うち、与一とお泊まりしたい……」

「なぁ……今の時点でお泊まりしている状態じゃないのか、この生活?」


「……はっ、言われてみれば!」


 クロナは俺の顔につばを飛ばして、またページを開いて朗読を始めた。

 彼女の綺麗で明るい声を聞くのは悪くないけれど、これでは日が暮れてしまいそうだった。

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