・卵料理の秘訣はバター
「先生な、エビフライの尻尾は好きだけど、天丼のエビの尻尾は嫌いなんだ」
そう言い残して現国の先生が教壇を立ち去ると、うちのクラスにも昼休みがやってきた。
うちの学校はクラスの行き来を特に禁じていないので、昼休みになると教室の住民が様変わりする。
そんな忙しない出入りを何気なく眺めながら俺もカバンから弁当を取り出して、いつものオタク仲間と一緒に昼食を食べることにした。
「はぁ……。与一殿が女の子だったらよかったでござるなぁ……」
「いやお前……。今日の寝言はいつも以上にひでーな……」
弁当を開けようとすると、もう百回は聞かされたセリフを言われた。
「デュフフ……妄想がはかどりますなぁっ!」
「与一殿はツンデレでございますからなぁ……グフ」
「お前ら変態かよ……」
さあ俺も食うかと弁当の包みに手をかけた。
ところが俺の隣にギャルが腕を組んで立ったがあまりに、小心者な友人たちが口を開けたまま凍り付いていた。
クロナではない。その友達のユカナの方だった。
「屋上で待ってるって」
「け、決闘でござるかっ!?」
んなわけないだろ、決闘っていつの時代のノリだよ……。
「わざわざありがとう、助かった」
「そ。じゃ、伝えたから」
最近はどうもこのクラスメイトとの距離感がつかめない。
これまでは全く縁のない相手だったのだけど、藤原黒那という接点が生まれてしまったがために、これまでの関係性が揺らいでしまっている。
いや、向こうもきっと距離感を計りかねているんだろうな……。
「お、男らしいでござる……」
「与一、骨は拾うでありますぞーっ!」
「だから違うっての……」
俺は弁当を抱えて席を立つ。するとユカナのヤツがこちらに反転してきた。
たったそれだけで俺の友人たちはまた、情けなくも凍り付いた。
弁護するならば、ユカナはちょっと不良っぽい雰囲気がある。
「……あのさ。卵焼き美味しかった、次は多めに焼いておいて。それじゃ」
「あ、うん。その程度なら喜んで」
きっとクロナに持たせた弁当を摘まんだのだろう。
よもやギャル(怖い系)が卵焼き1つで微笑をくれるとは想像もしなかった。
「大変でござる! 与一殿……そなたまさか、ふ、二股してるでござるかっ!?」
「そ、そうだったのでありますかーっ!? はっ、だから決闘にっ!?」
「お前らの妄想力どんだけだよ……っ、ねーわっ!」
バカな仲間たちと別れて教室を出た俺は、屋上を目指して階段を上がっていった。
しかしどうしてスカートの短い女子は、高確率で階段にスタンバっているのだろうか。
世界には不思議がいっぱいだった。
●◎(ΦωΦ)◎●
「お待たせ」
「あ……ごめんね、呼び出しちゃって。よかったら一緒に食べよっ」
クロナは奥のベンチに腰掛けていた。
もう肌寒い季節なので屋上の利用者は数えて一桁ほどで、けれども今日は風もなく日射しも暖かい。
俺たちは中身の同じ弁当に、やや隠すように箸を伸ばした。
「なんか意外だ。てっきり、学校内では接点を作りたがっていないように見えた」
「え、そんなことないよ? ただ、与一くんの友達に迷惑かなって……」
「ああ……。そこはまあ、お互い様なのかもな。俺もユカナさんとの付き合い方がわからない」
「えーっ!? ユカナはいい子だよっ、与一の卵焼きすっごい褒めてたし!」
「さっき褒められた。次は多めに入れることにするよ」
「それ名案っ、迷惑じゃないならそうしてあげてよっ!」
彼女にうなずき返して、俺はフェンス越しの町並みを眺めながら箸を進めていった。
ビルや集合住宅が建ち並ぶ灰色の町並みの向こうに、緑の残された温泉街が見える。
目を凝らすとその奥に微かだが海の青色もあった。
「バターを使って焼けば、誰でも作れると思うけどな」
「それは料理がちゃんと出来る人の言い分だと思うよ……」
「そうかな」
「そうだよ……」
目線をクロナに戻すと、いつの間にか尻一つ分もベンチの距離を詰められていた。
そんなスキンシップに対する恥じらいや喜びよりも、俺は周囲の目が気になって冷や汗の方が走った。
「今はくっつくなよ……?」
「え、それって振り?」
「んなわけあるか……」
「でもさー、人前でくっつく方も結構勇気いるんだよー?」
「だったら――いや、とにかく人前では止めてくれよ……」
「むふふ、そういう反応するからよくないんじゃない? 与一ってさ、ちょっかいかけると反応が面白いもん♪」
なんという積極性、なんというスキンシップ能力の高さだろうか。
クロナは子供みたいに舌を出して、発言そのままにピッタリと寄り添ってきた。
やっぱり俺、クロナにからかわれているんだろうか……。
その胸元に目線が奪われると、それをクロナは少しも嫌がらずに、むしろ嬉しそうに微笑した。
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