・文化祭

 しかし古来より突然の昼食の誘いには裏があるものだ。

 クロナは何かを言いよどむように、箸を止めて難しい顔をした。


「そうそう、あのさ……文化祭の話とか、聞いた? ほら、実行委員の話……」

「もちろん聞いた」


「そう……。それでさ、カマタリのことが少し気になるけどさ、与一さえよかったらさ……」


 待て、この流れはまさか……。

 クロナが恥ずかしそうに視線をそらして、頬をうっすらと朱に染める。


「もし迷惑じゃなかったらさ、うちと一緒にやってみない……? ちょっと前まではこういうの、全然興味がなかったんだけど……なんかね、与一と一緒になら、楽しそう……。うち、やってみたい……」

「クロナは行動してから考えるタイプだね。ん……」


 俺からも誘おうか迷ったくらいだけど、子猫のカマタリという問題もある。

 まだ成長し切ってもいないあの子を家に放置するのは、あまり良いことではないだろう。


 もちろん障子のライフ面も含めて……。


「ダメ……?」

「今考えてる。……確か、B組からは4人も立候補があったと、担任が言っていたな」


「だったらそれだけ活動も早く終わるんじゃないっ!?」

「先に言うなよ……」


「ごめんごめんっ、で、やるんだよねっ!?」

「やる」


「ぁっ……。や、やったぁーっ、なんでもダメ元言ってみるもんだね! はぁぁ……テンション上がってきて、もーヤバたんだよ! 絶対楽しいよ!」

「落ち着けよ、メチャクチャ見られてるぞ……」


「あれっ、うちもしかして声大きかった!?」

「ああ、それはいつもだ」


 といっても俺たちに集まる目線は歓迎的だった。

 実行委員が決まらないと、放課後に生け贄探しが始まるわけで、立候補者は救世主にも等しかった。


「本当のことを言うと、俺もクロナを誘おうかと迷っていたところだった」

「え、マジで……っ?」


 そんな今更でしかない一言を告げると、クロナはわざわざ身を乗り出して、人の顔を正面から見上げてきた。

 ここまで感激するようなことだろうか……。


 あれだけ騒がしい藤原黒那が口をつぐんで、俺の次の言葉を待っていた。


「まず弁当を空にしよう。それが済んだら気持ちが揺らぐ前に職員室に行く」

「賛成っ、せっかく与一が作ってくれたお弁当だしねっ!」


「あっ、こらっ……」

「あ……」


 ざわざわ、ざわざわ……。

 その一言は地雷だった。手作り弁当をやり取りするような関係であると、自らバラしているようなものだった。


 さらには女子に弁当を作ってくる男子の存在に、奇異の目線が集まっていた。


「あはは……これじゃさ、与一がうちの彼女みたいだね」

「あんま笑えねーよ、その冗談……」


 逃げるように弁当を腹へと詰め込んで、お騒がせの二人は屋上から職員室へと立ち去った。

 余計な恥をかいた。だというのに浮ついた気持ちが治まらない。


 学園祭の雑務をただの受け持つだけの仕事だというのに、ワクワクと胸が弾んで、ありもしない期待に俺は酔いしれていた。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 クロナと一緒に、職員室の担任の机に向かうとさらに妙なことになった。


「な、なんでお前らが……」

「来たでござるな、与一殿。話は盗み聞きさせてもらったでござる」


「ちょ、ちょっと待て、盗み聞きってなんだよそれっ!?」


 担任は出前で天丼を注文したようだ。

 職員室中に超美味そうな匂いが充満して、なんて空気を読まない大人なんだと思った。


「それは決闘を観戦――ではなく、助太刀に向かったところ、我々は一部始終を見てしまったのであります!」

「デュフフフ……そ、そして、僕たちは悟ったんだなぁ……?」

「いや、悟った上で職員室に現れる理由がわかんねーわ……」


「笑止! いいでござるか与一殿、よくよく考えれば、学園祭は男女が仲良くなるチャンスでござる!」

「そう! 実行委員になれば、女の子との接点が増えるってことなんだなぁ……!」

「ふ、ふた、二人のきょ、共同作業……であります!」


 担任に視線を送って『こんな不届き者どもを実行委員にしていいのか?』と指さした。

 人さえ集まれば後はどうでもいいのか、担任は天丼に夢中だ。


 助け船を求めてクロナに目線を送ると、なぜだかわからないが目をそらされた。


「う、うちはただ、みんなとの思い出が欲しくて参加しただけだし……っ。ふ、二人の共同作業なんて、そそ、そんなつもり全然なかったし……っ!」

「げぷっ……。別にいいぞ。実行委員として働いてくれるなら、先生はなんだっていい」

「いやいい加減にもほどがあるでしょっ!?」


 それはこんな大人にはなりたくねーランキングを、うちの担任が一言で駆け上がった瞬間だった。

 実行委員に無事なれた安堵よりも、『こいつらを野放しにして大丈夫か?』って不安の方が勝っている……。


「やったでござる、これで与一殿みたいに彼女をゲットでござる!」

「ゲットって……。せめて本心は隠せよ……」

「がんばってね!」


「コイツらがんばらせちゃダメだっての……っ」


 こうしていい加減な担任の許可がまとめて下りて、俺たちは秋の学園祭の実行委員となった。

 ゲップと一緒のあまりにデタラメな応対だったので、いまいち実感がわかないけど――これで確定したはずだ。

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