・クロナの秘密のバイト

 いつものように学校に行って、いつものように授業を乗り越えて、いつもの放課後がやってきた。

 俺たちはいつもの会議室に向かって、毎度恒例のあまりに短過ぎるミーティングを済ませると、担任を捕まえた。


「そういうことなら、俺から向こうの顧問に話を付けておく。4万までなら出すと伝えておいてくれ。あ、領収書はしっかりな?」


 話を持ち替えてみると、担任は珍しく教師の顔をした。


「あっさりOK出してくれますね……。4万なんて勝手な約束して大丈夫なんですか……?」

「そうだよ、普段いい加減な分、心配になるよー!」

「大丈夫だ。そもそもなんのための学園祭だと思ってるんだ? こういうイベントは地域社会と交流して、翌年の入学希望者を増やすのが目的だろ?」


 やっぱりうちの担任は担任だった。

 生徒の目の前で、そんなぶっちゃけた大人の都合をさらけ出されたら、夢が壊れる……。


「そういうのぶっちゃけ過ぎだってば……」

「茶畑さんだったか。どうかよろしくお願いしますと、伝えておいてくれ。……んじゃ俺はVチューバーの配信見るから、お前らさっさと散れ」

「仕事して下さいよ……」


 明日のクロナはバイトで活動に加われないそうなので、その日は下校のチャイムが鳴った後も、もう少しだけがんばってから帰った。



 ・



 それからその翌日、クロナ抜きで実行委員の活動をがんばってから家へと帰宅すると、居間に全く同じアンプが二つも並んでいた。


「ありゃ、JKはどうした?」

「今日はバイトです。それよりこれ、どうしたんですか?」


「昼の間にあちこち回ってな、運良く同型が破格で手に入ったんだよ」

「でもなんで二つも……あっ、そうか。片方の故障したパーツを、もう片方の無事なパーツ直すんですか?」


「よくわかったな、そんなところだ。で、こいつがテスターな、回線が生きているか調べるやつだ。まあ、俺に任せとけ」


 茶畑さんが学生みたいに若々しく笑った。

 この前の彼の言葉が少しだけ今、わかった気がする。俺たちは茶畑さんに良い影響を与えているみたいだ。


「茶畑さんって、頭いいですよね……」

「おう、頭いいんたぜ、俺」


「それ、自分で言いますか……?」

「ははは。ま、おかげで良い暇つぶしになってるよ。学生に戻ったような気分だ。初心を思い出すっていうか、こういうボランティアも悪かねぇ……」


 ちょっと見た目は不良っぽいけど、俺たちからしたって彼は見習いたい大人だった。

 そんな彼につまらない嫉妬をしていただなんて、俺はバカだ。


「大人って、キツいですか……?」


 彼の清々しそうな笑顔を見ていると、ふとそんな質問が口から飛び出していた。

 ほとんど無自覚だった。


「どうだろな。谷底にいるときはそりゃキツいが、調子がいいときは学生時代よりやりがいあって、結構楽しいぜ」

「そうなんですか」


「おう」

「俺、茶畑さんのこと尊敬しています。お店立て直せたら、絶対遊びに行きます」


「嬉しいな……。その一言で俺はがんばれるよ。ありがとよ、与一」

「思ったことを口にしただけですよ」


 この人はライバルじゃない。立派な大人だ。

 そもそもライバルと感じる時点で、俺は彼女のことをそれだけ、強く意識しているということで――


「与一兄ちゃーんっ、お芋のおすそわけにきたよーっ!」

「おっ、おいでなすったな。芋かぁ、マッシュポテトなんかいいな」


 そこに妹の咲耶の甲高い声が響いた。

 茶畑さんと一緒に玄関を開けると、自転車に大きな段ボールをくくり付けた咲耶がいた。


「あっ、不良のおじさん!」

「その言い方は失礼だ、茶畑さんって言おうよ」

「別に構やしねぇよ、実際不良オヤジだしな。それよか、そのジャガイモどうしたんだ?」


「親戚のおばさんから貰ったの。運ぶの手伝って!」


 俺と茶畑さんは自転車から段ボールを取り外して、二人一緒に中へと運んだ。

 この重量でよく転ばなかったな……。


「あれ、クロナちゃんは?」

「クロナなら今日はバイトだ」


 台所に運ぶと、妹も自転車を庭に置いてこちらにやってきた。

 事実を伝えただけで酷く不機嫌になった。


「えーーっ! せっかく来たのに……」

「ははは、兄貴の顔だけじゃ不満か?」


「不満……。だってクロナちゃんやさしいんだよ。あ、働いてるところ私知ってる!」

「えっ」

「マジか」


 おっさんと目が合った。

 クロナはバイト先を俺たちに教えてくれない。その真実を咲耶が知っているという。


「うん! 制服も見せてもらったよ!」

「ほっほー、制服か。となるとだいぶ絞られるな……」


 コンビニのレジに立っているクロナをイメージしにくい。

 そうなると……。うん、やっぱりよくわからない。


「あいつ、なんのバイトしてるんだ?」

「知りたい? じゃあ、連れてってくれたら教える!」


 交換条件だそうだ。真剣に俺は妹と向かい合い、カバンから財布を取り出した。

 秘密にしたがるクロナには悪いけど、どうしても気になった。

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