古民家でルームシェアを始めたら、目元を泣き腫らしたギャルが子猫を抱えてやって来た

ふつうのにーちゃん

・陽キャのギャルがなぜか俺の家にいる

 爺ちゃんちの銀色の浴槽は、まさに昭和の遺物であり立派な骨董品アンティークだった。

 その一人用の熱い湯船に身を沈めて、膝を抱えて冷たい身体を温めれば、平凡な幸せが人を夢見心地にさせた。


 古い浴室はタイルやコーキング剤の一部がはげ落ちているため、どうしてもそこから冷たい外気が流れ込んでくる。

 だがそれがなんだというんだ。隙間風こそが古民家の醍醐味だと俺は思う。


 湯に浸りながらも肩から上がヒンヤリとするこの感覚は、人によっては貧乏の象徴なのかもしれない。けどこれこそが、うちの爺ちゃんちだ。

 俺は爺ちゃんから相続したこの家を、ただの一度も貧相だと思ったことなどない。


 ここは俺の城だ。大好きだった爺ちゃんの遺産だ。

 亡くなった爺ちゃんの代わりに、自分が管理してゆくとそう決めて、一昨日からここで暮らしている。


 何せその前は実家で、一つ下の弟とたった六畳の部屋を分け合っていた。

 それが今はこの家の一階全てが俺の住処だ。

 世間のお金持ちからすれば掛け値なしのボロ屋なのかもしれないが、それでも胸を張って、俺はこう言えた。


「はぁぁ……幸せだなぁ……。ビバッ、俺の家っ!」


 ところが俺が素っ頓狂な叫びを上げると、なんか知らんがまるで洗面所の方から足を滑らせたかのような、少し痛そうな物音が響いた。


「ちょっ?! 入ってるなら入ってるって言ってよっ、マジメくん!?」


 声と物音に目を向けると、古めかしい曇りガラス越しに肌色のボディラインが浮かんでいた。

 向こうはガラス越しの痴態に気づいてないっぽいが、ぶっちゃけると起伏が超しっかりしていて、ああ艶めかしい。


 しかもそれは、俺と同じ学校に通う女子のものだ。あまりに刺激的過ぎる光景だった。


「ミャー♪」


 それと曇りガラスの下部に目を向ければ、灰色のシルエットがガラスをカリカリと引っかいていた。


「入ってる」

「今さら遅いよっ、服脱いじゃったじゃんっ! もうっ、エロ本みたいなことさせないでよっ!」


「いや、エロ本って……。お前、普段どんな本読んでんだよ……」

「ギクッ……じゃなくてっ、か、かか、関係ないっしょっ!?」


「なんでどもるんだよ……」

「とにかく服脱いじゃったし寒い! 目つぶってるから入っていい……っ!?」


 コイツは何を言っているんだ……?

 というか、普通は男の方が目をつぶるのが一般的なパターンなのではないか……?

 それだと俺が裸体を見放題ではないか。


「いや、いいわけねーだろ……。絶対入るな、入ったら後悔するぞ、後悔させると言い直してもいい」

「だって寒いんだもんっ! ひゃぁぁっ!?」


 風呂から身を起こすとだいぶ肌寒かった。

 曇りガラスの向こうのシルエットが遠くなってくれたので、俺は扉の前に立つ。


「これからそっちに行くから、トイレにでも引っ込んでろ」

「やだよっ、ここんちのトイレ信じられないくらい寒いもんっ! うちを凍死させる気かーっ!」


「なら猫と一緒に掘りゴタツにでも潜っていたらいい」


 こっちだって寒いので浴室の扉に手をかける。

 すると何を考えたのか、向こうは扉に飛びついて俺の洗面所への帰還を封じた。


「待った待った待ったっ、ちょ、まだくるなぁーっ!」

「だったら早く行けよ……!?」


「だってだって、マジで裸でコタツ入れとか言ってんのっ!?」

「だったら服着て入ればいいだろっ!」


「寒いんだもん!! 目つぶってるからお願い中に入れて!」

「話をループさせんなよっ!? だぁぁっ、くるなっ、入ってくるな、こらーっ!?」


 俺たちはついこの前まではだたの顔見知りであり、同じ学校に通う同級生だった。

 それが今は曇りガラス一枚を隔てて『開けろだの、入るなだの』おかしな文句を言い合っている。半ばパニック状態だ。


 俺たちは恋人でも家族でもない。ただの同居人だ。

 このおかしな関係の始まりはあの日あの夕、目元を腫らした彼女がこの家を訪ねてきた時から始まった。


 彼女の名前は藤原黒那。日本で最も栄えた藤原氏の血族にして、俺からは恐れ多くも縁遠い――陽キャのギャルだ……。

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