・アニソンしか歌えない俺がギャルとカラオケに行くらしい

 文化祭を週末にひかえた日曜日、俺はギャルとギャルにアブダクトされていた。

 昼前に家のチャイムが鳴ったので、俺は掘りゴタツからもそもそと出て玄関を開けた。


 しかしその時点で、これが陰謀だと気づかなければならなかったのだ。

 俺は正面と背後を二種類のギャルに包囲されていた。


「きたきた、我が家にいらっしゃい! あ、寒いならちょっとコタツ入ってく?」

「いい。混む前に早く行こ」


 来客はあのユカナだった。

 彼女は休日だというのに学校のブレザーを下に着込んでいて、その上にはファーの付いたコートを羽織っていた。


「いらっしゃい。それじゃ気を付けてな」

「はいストップ、与一ってばどこ行くのー?」


「どこって、もちろんコタツに――」

「与一くんはもう数に入ってるから」

「そうそう」


「……えっ?」


 そんな話は聞いていない。

 だというのにユカナが俺の手を引いて、下駄箱に引っ張っり込んだ。


「捕まえといてっ」

「うん、早くして」

「ちょ、ちょっと待て、なんのつもりだよっ、お前ら!?」


 クロナが慌ただしく居間に向かうと、バックとコートを身に付けて戻ってきた。

 俺のジャンパーもご親切にも一緒だ。


「お待たせ、じゃあ行こ」

「どこにだよっ!?」

「カラオケ」


「そそ、今日は3人で一緒に遊ぼうよっ!」



 かくして俺はギャルにアブダクトされて、駅前のカラオケ屋に連れ込まれた。

 実行委員の活動で、ユカナと俺はある程度打ち解けてきてはいたが、まだ一緒に遊ぶような仲ではなかった。


 正直、この突然のイベントは気が重い……。

 俺としては暖かい居間で子猫とだらだらと過ごしたかった……。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「ユカナはいつもこうだから気にしないで」

「あ、ああ……」


 カラオケ屋に入ったのは生まれて3度目だ。

 1回目は家族で、2回目はクラスのオタク友達だ。


 3回目にしてギャルに囲まれる運命をたどるとは、当時の俺は想像もしまい。

 ユカナは入室するなり5つも曲を入れ、落ち着くまもなく歌い出した。


 しかも上手い、超上手い……。

 そのアルトボイスは音階の壁というものを知らず、普段ぶっきらぼうなユカナとは正反対に流ちょうだった。


「上手くね……?」

「そりゃそうだよ、学園祭でボーカルやるのユカナだもん」


「マジか、今日まで知らんかった……」

「それより与一もキュー入れてっ、順番に5ずつねっ」


「……え、俺も歌うのか!?」

「えーっ!? カラオケに来て歌わないとかないでしょっ!?」


 端末を見下ろすと、俺にはよくわからない流行歌や、古めかしい歌謡曲がいくつも入っていた。


 ヤバい、やっぱり来るんじゃなかった……。

 俺、アニソンしか歌えないぞ……。


「与一っ、ほらユカナが3曲目入ってるよっ、急いで急いで!」

「待て待て待て待て、お、俺には無理だ……」


「好きな曲入れて歌うだけでしょ!?」

「その好きな曲が問題なんだよっ!?」


 どこの世界に、ギャル2人に囲まれた状態でアニソンを歌える勇者がいるのだ。

 いたとしたら俺はそいつを心より称えたい。鋼のハートの持ち主だ。


「与一ってさ、そういうのやけに気にするよね……」

「ん……私、アニソンも好きだよ?」


 そう言ってユカナはすかさず自分のキューを入れた。


「こらーっ、学祭前なんだから自重しなよっ!?」

「入れないのが悪い」


 その曲は昭和期に人々から愛された有名ロボットアニメのOP曲だった。

 嘘だろ、ギャルってジャイアントホ○とか歌うのか!?


「与一はさ、外っつら気にしすぎ。好きな曲入れて好きに歌えばいいじゃん」


 衝撃を受けた上に説教までされてしまった。

 こうなっては開き直るしかない。でなければジャイアント○モを入れてくれたユカナに失礼だ。


 俺がキューを入れると、クロナがすぐに次を入れて、交互に3曲入力するとクロナの番がやってきた。


「ねえ与一くん」

「あ、何、ユカナさん?」


「黒那のこと、ありがとう。あの子、そっちの家に行くまで、ずっとふさぎ込んでたから……」

「そうなのか……?」


「うん。与一くんは知らないかもしれないけど、黒那って、一年までは普通の真面目な女の子だった。私の影響でああなったの」

「ああ……それは意外なようで、納得できる部分もあるな……」


 それが本当なら、クロナにとってそれが必要なことだったのだろう。

 同時にユカナは責任を感じているようにも見えた。


「あ、そうだ。黒那の昔の写真見る?」

「あるのかっ!?」


「探すから待ってね」

「頼む。純粋な好奇心でしかないが、それはぜひとも見たい!」


 マイクを片手に明るく歌うその姿からは、平凡だった過去なんて想像も付かない。

 その美しいソプラノボイスは繊細で、ユカナと競うくらいに歌が上手かった。


「あった。ほら、これが昔の黒那」

「おお……今と全然違うけど、確かにクロナだ……」


 そこに茶髪の地毛をお下げにした、地味で普通の女の子がいた。

 コンタクトレンズなのは知っていたけど、昔は眼鏡をかけていただなんて、全然印象が違う……。


「どっちが好み?」

「ううん……悩ましい。これはこれで捨てがたい……って、何言わせんだよっ!?」


「ふふっ……。とにかくね、勇気を出した結果が今のクロナなの。だからその勇気を、あんまり邪険にしちゃダメだよ」

「……部屋を貸している以上、なかなかそうもいかないんだけどな。しかし印象が変わったのは事実かもしれない」


 今までの彼女の発言や誘惑が、この地味だったクロナに照らし合わせて見ると、全く別の意味に変わってくる。

 彼女は今も奔放なギャルを演じている。


 いや、世の中にいるギャルというギャルが、元々は背伸びの結果なのかもしれない。


「ねぇねぇ、何見て……ちょわぁぁぁっっ?!! 酷いよ、ユカナッ、与一にこの頃の写真見せるなんてっ!」

「でも与一くん、超見とれてたよ。だらしない顔で、昔のアンタの写真ガン見してた」

「お前っバラすなよっ!?」


 次のジャイアントホ○の伴奏が始まると、ユカナという放火魔はマイクを握って俺たちから距離を取った。

 ユカナには悪いけど、見れてよかった。


 俺はクロナに親近感を覚えた。

 がんばって殻を破ろうと、彼女は一生懸命がんばって今の姿になったんだ。


「昔のうちって、地味だよね……。この頃はちょっと引っ込み思案で、今見ると笑っちゃう……」

「そうかもな……正直、驚いた。今と全然違うから。だけど、その……見とれたっていうのは、事実かもしれない……」


「ま……マジでーっ!?」

「マジだ。昔のクロナも、今に負けないくらい魅力的だと、俺個人は思った……! あくまで俺個人はな!?」


 昔のアニソンは短い。すぐに楽曲が終わってと、ついに俺の出番がやってきた。

 緊張しながらマイクを握り、どちらも超絶に歌が上手いギャルの目の前でマイクに口を寄せる。


「うちこの曲知ってるよっ! あ、そうだっ、一緒に歌おうよっ、与一!」

「な、なんですとっ?! 待ってくれクロナ、女の子と一緒に歌うなんて俺にはハードルが高過ぎるぞ! こ、こここ、声が震えて……あばばばばば」

「あ、意外とヘタレ……」


「グハッ……?! そうハッキリ言うなよな、ユカナ!?」


 いざ一緒に歌い始めると、緊張よりも楽しい気持ちが徐々に上回った。

 クロナと一緒に歌うと楽しい。心がウキウキしてきて、楽曲の終わりが来るのが惜しかった。


「こらーっ、また1人で5曲も入れて……!」

「だったら一緒に歌お。あ、与一くんもよかったら一緒に……」

「じゃあ、前奏だけな」


 こんなに楽しい日曜日は何年ぶりだろう。

 俺たちは3時間もカラオケ屋に住み着いて、最後は喉ガラガラの憔悴状態で店を出た。


 眼鏡をかけたお下げのクロナは、その晩に何度も思い出すほどに衝撃で、地味だけどそれが魅力的だった。

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