・今夜はさ、うちと一緒に、2階で寝ちゃう……?
電話をするとあっさり母さんと父さんの許可が下りた。
俺がここを継いだ時点で、最初からこういった運用をするつもりだったらしい。
何せ向こうの家は俺が抜けてもまだ狭い。
もしかしたら俺とクロナが間違いを犯さないか、監視をかねている可能性もあった。
ポトフと大根サラダの夕食は二人に好評で、久々に食べる牛肉の味は格別だった。
あれからずっと咲耶は、クロナとカマタリにべったりとくっついて迷惑をかけている。
人がニュース番組を見ながら自習をする隣で、二人は並ぶようにコタツに寝そべって、楽しそうに同じスマホ画面をのぞいていた。
「いいなぁいいなぁ……スマホいいなぁ……」
「中古でよかったら、買ってあげよっか?」
「おいこら待てクロナ、うちの妹におかしなこと言うな……っ」
軽々しく人に物を買ってやろうとするんじゃない。
その羽振りのいい言葉に、咲耶は遠慮しながらもクロナへの好意を積み増したようだった。
「イチお兄ちゃんは黙ってて! 咲耶は今、お姉ちゃんと話してるの!」
「ねぇ、与一もこっちきたら……?」
「狭いから遠慮しとくわ」
「ねぇお姉ちゃんっ、今のゲームもう一回! もう一回見せて!」
「じゃあ今度は咲耶ちゃんがやってみる?」
「いいのっ!? やるやるっ!」
そんな二人のやり取りを横目に、俺はなんとなく勉強をがんばった。
すっかり習慣になっていて、今さら止められないのもあった。
膝の上のカマタリが温かい。足が痺れてきたので俺が少し身じろぎすると、目を覚ました子猫は、うちの妹のお腹の上に引っ越してしまった。
そしてまたしばらく自習を進めれば、小さな寝息に気づいて二人に目を戻すことになっていた。
「しまった、風呂入らせる前に寝やがったな……」
「止めなよ、起こすのかわいそうだよ」
「そうか? なら……なら足の方持ってくれ、このまま布団に運ぶ」
「あ、うん、わかった」
咲耶の軽い体を俺の布団に運んで、寒くないように掛け布団を丁寧にかけた。
少し電気代がかさむが、今夜はコタツで寝るか。二階の空き部屋には布団を用意していない。
「今から新しい布団しいたら起こしちゃうかな……? あ、そうだ……今夜はさ、うちと一緒に、2階で寝ちゃう……?」
「お前……大胆過ぎんだろ……」
「そうかな……。別にエッチするわけでもないし、うちは……気にしないよ……?」
「エ、エッチ……。おいっ、タブーだろ、その単語……っ」
もしかしてコイツ、本気か……?
この誘いに乗ったら、キモオタの俺がこの歳で童貞卒業できちゃったりするのか……? マジで言ってるのか、コイツ……!?
「だって感謝――」
「だからそれは腐るほど聞いたっての」
「だって、お礼し足りないんだもん……。うちがカマタリと一緒にいられるの、与一くんのおかげだもん。ちょー感謝しまくってるから、うちっ! だから……だから、うち、君になら何されても、いいよ……?」
「マジか……本気で言ってんのか?」
「本気に決まってるよ……!」
その誘いに乗ってはいけない。既に俺はデジタルチューナーを買ってもらったからだ。
藤原黒那からの甘い誘惑を頭から振り払って、俺はコタツから立ち上がった。
「ど、どうするの……?」
「どうもこうもねーよ……。後一歩で誘いに乗るところだっじゃねーか。俺、ちょっと外で頭冷やしてくるわ……」
「えーーーっ、別に乗ってくれてもいいのにっ!」
「そういうお礼は結構だ。そんなことしなくても出てけなんて言わないから、好きなだけあの部屋を使ってくれ」
「何言ってんのっ、打算なんてないよっ!?」
「だったらなおさらたちが悪い!」
俺は玄関から飛び出して、最近草むしりをがんばった自慢の庭に出た。
その場所で春先の澄んだ星空を見上げて、いつか誘惑に負けてしまうのではないかと、不安と期待を入り交じらせてため息を吐いたりもした。
「やっぱさっきの、うなづけばよかったのかな……。いや、だけど今日は咲耶がいるし……取り返しの付かない一線だろ、アレは……」
困ったことに、二の腕が彼女のやわらかな感触をすっかり覚えてしまっている。
これはまずい傾向だ。このままだといつか、煩悩に飲まれて衝動に身を任せかねない。
きっと藤原黒那は俺をからかっているのではなく、本当に感謝していて、さらに俺の性格を理解した上でああやってギリギリを楽しんでいる……。
今日の校門でのやり取りがその論拠だ。
「クソ、なんであんなにかわいいんだよ……。ただの性格の悪いクソ女だったら、距離だって簡単に取れたのに……。なんかアイツ、すげぇいいやつじゃねーか……」
彼女に惹かれている自分に気づきながらも、シェアハウスの管理者が入居者と妙な関係になるわけにはいかない。
そう思い直し、顔面を平手で力いっぱい叩いて、今日はもう寝ることにした。
「惜しいことしたかな……。いや、けどな、そういうわけには……」
あの誘いには乗らない。いや、乗れない。ここの管理者として。
●◎(ΦωΦ)◎●
「あーーーーっっ、やっぱりーっっ!!」
翌朝、咲耶の大声に俺は寝ぼけまなこを開いた。
「咲耶、朝から勘弁してくれ……。やっぱりって、何のことだよ……」
「たぶん、このことだと思う。あはは、ごめん……」
クロナまで今日は早起きだ。
声の方角を目で追うと、意外にもクロナとの距離が近かった。具体的に言えば、クロナが俺に寄り添って眠っていた。
「ちょっと待った。なんで、お前が隣にいるんだ……?」
「だって……なんか知らない天井見てたら、急に眠れなくなっちゃって……。だから寝顔ずっと見てた」
「わぁっ……。お、大人っぽい言葉……」
なんだ、そうか。
夜中に起き出してきて、俺に添い寝して、ただ寝顔を見ていただけか……。
「って、止めろよっそういうのっ!?」
両頬を抱えて俺はコタツから飛び出した。
しかもよりにもよって、なんでうちの妹の前でそういうこと言うし!
「イチお兄ちゃん……」
「これは違うんだ咲耶っ、待ってくれっ、父さんと母さんには報告しないでくれ頼む!」
「あ、追い出されるのはうちも困る……」
「そんなことしないよ。だって咲耶、クロナお姉ちゃんとカマタリちゃんが大好きだから」
「ふぅっ……。そうか、それならよかった……」
昨夜はクロナにべったりだったしな。
うちの妹が灰色の子猫を抱き上げると、小さな舌がザラザラと顔を擦っていた。
「だからこれからは妹として、クロナお姉ちゃんを応援するねっ! お兄ちゃんとお姉ちゃんは、咲耶公認の仲なのっ!」
「……へっ?」
「咲耶ちゃん公認だって! やったねっ、与一くんっ!」
「え? いや、なんか話の流れおかしくね!?」
「うち、がんばるねっ!」
「うんっ、がんばってね、お姉ちゃん!」
爺ちゃんの家でルームシェア始めたら、目を腫らしたギャルが子猫を抱えてやってきて、そんでなんか気付いたら――俺たちは妹公認の仲になっていたようだった……。
果たしてこれからも俺は、管理者と利用者としての距離を保てるのだろうか?
ダメだ。藤原黒那が魅力的過ぎて、そのうちコロッと誘惑に負けてしまいそうな気がしてならない……。
いや、それでも爺ちゃんとの思い出の家を守るという初志を貫くためにも、彼女の甘い誘惑に負けるわけにはいかなかった。
俺はこの古民家の管理人だ。それ以上でもそれ以下でもない。
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