・軽音部ボーカル代理、藤原黒那の花舞台

「助かったよ。これよかったら持って行って」

「ありがとうございます。って、ゴーヤチップスですか……」


 ニンジンとゴーヤは見るからに不人気で、売れ残ることが俺の目でも予想できた。

 園芸部の部長さんから苦々しい緑色のやつを受け取り、巡回の仕事に戻った。


「うっ……これは……」


 好きな人は好きだろうけど、俺の舌には合わなかった。

 これなら根菜臭いニンジンチップスの方がマシだ……。


 続いて木工部にも立ち寄った。

 こっちには十分な予算が下りず、結局彼らはトーテムポールという謎の妥協案に行き着いた。


 面白いことは面白い。

 けど……文化祭が終わった後、彼らはこれをどうするのだろうか……。

 ここはトーテムポールが飾られたトラディショナルな高校になるのだろうか。


「お、ゴミ捨て頼めるか?」

「いいですけど、実行委員はゴミ捨て担当じゃないですからね……?」


「木くず散らかしてると顧問がうるさくてよ、助かるって。それよりこれカッコイイだろ!?」

「……凄いのは認めます。でもなんでトーテムポールなんですか?」


「なんでって……掘りたかったから?」


 芸術家ってよくわからないな……。

 俺は木くずを回収して焼却炉に運び、それから第二体育館が近かったので軽音部(ロック陣営)の様子を見に行くことにした。


 体育館の客入りは上々だった。

 屋台から香るお祭りの匂いが近隣住民を引き寄せているのか、今年の学園祭はやはり大盛況だ。


 普段埃っぽい体育館に、ソースと醤油と獣脂の匂いがほのかに混じっていた。


「あーっ、やっと現れたっ! うちをほっぽってどこ行ってたのさーっ!?」


 講堂の舞台裏に入ると、そこに厳めしい軍装をしたユカナら軽音部たちと、メイド服姿のクロナがいた。

 不思議の国に迷い込んでしまったかのような気分だ。


「ちょっと、なんとか言ってよっ!?」

「あ、すまん……。みんなの格好に驚いて……」


 ユカナがクロナの隣に並んでこちらを見た。

 顔色がいい。昨日やっと熱が完全に引いたとクロナから聞かされていた。


「そのわりに、クロナばかり見てたね。そんなに気になる?」

「……否応なく目立つからな。それより風邪は大丈夫なのか?」

「治ったって! それで今日はユカナと一緒に歌うことになっちゃった! はぁぁっ……緊張する……」


「黒那ね、あの客入りを見てビビってるの」

「だってそうじゃんっ、あんなに人が集まるとかっ、想定してないよこんなのっ!?」


 観衆の前で、1人だけ目立つ格好で歌うだなんて、とても俺にはまねできそうもない。

 しかし俺の知る黒那ならば、やり遂げられるはずだ。なんだかんだコイツは大胆だ。


 そもそもあんな店で『いらっしゃいませ、ご主人様』なんて出来る時点で、ソイツは大胆を超えた剛胆だった。


「茶畑さんと咲耶も見に来るって」

「えぇぇー……ハードル積み上げないでよ……」


「ハッキリ言ってしまうと、俺はあまり心配していない」

「ひどっ?! もーっ、こっちはいっぱいいっぱいなんだってばーっ!」


「そうか? 俺の知るクロナはしっかりしているし、この程度ですくみ上がるような人間とは思っていない。そして俺は――お前のそういうところを、尊敬できると思っている。……がんばれ」


 本当はやさしく肩を叩いたり、手を握ったりしてあげたかったけど、俺にそんな根性なんてなかったので、ゴーヤチップスを出した。


「与一……」

「お前なら心配いらない」


 クロナは感激してくれたのか、喜びに微笑んで俺の差し入れを受け取った。

 よかった。これで口に合わない食べ物を処分できた。


「ありがと、与――うぐっ、に、にっがぁぁぁーっっ?!! うっうぇっ、ふぐぅぅっ……な、なにこれぇっ!?」

「ゴーヤチップスだそうだ」


「マズッ、マズ過ぎだからっ!」

「意外と好みかなと期待したんだが、やっぱダメか」


「ダメに決まってるよっ!」


 ちなみにユカナがそのゴーヤチップスを拝借して、己の口へと運んでいた。

 平然としている。


「そろそろ時間。これ、貰っていい?」

「いいぞ」

「ああもうっ、緊張どころじゃなくなっちゃったじゃん! 普通差し入れにゴーヤとか食べさせるっ!?」


「時間なんだろ、後で謝るからがんばってこい」

「上等だよっ! 与一はそこから見ててよっ、与一が見てくれてるならうち、がんばれるから……!」


 まもなく開演だ。軽音部の連中は衣装を整えて、慌ただしく楽器を抱える。

 雑用を手伝っただけだが、俺までなぜか緊張してきた。


「ここからずっとお前を見ている」

「絶対だよっ!?」


「早く行け」


 我ながらぶっきらぼうにクロナの肩を叩いて、早く行けと背中を舞台へと押した。

 抵抗はなかった。素直にクロナは俺に押されて、ユカナと並んで初めての舞台へとデビューした。


「がんばれ」

「うん……がんばる。うち、がんばる……」


 会場が沸き立ち、茶畑のおっさんが直したアンプにスイッチが入って、大歓声の下での公演が始まった。

 それはまるで魔法のような一時だった。


 半泣きで子猫を抱えて現れたあのギャルが、生き生きと舞台の上で歌い、衣装をはためかせて踊り回る姿は、俺の意識を独占した。


 周りの連中なんてもう何も見えない。

 藤原黒那だけが、のべ1時間の世界の全てだった。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



「与一っ、うちやったよっ! これ超気持ちいいっ!」


 午前の公演は観客の熱狂と大入りという大盛況で幕を閉じた。

 というよりも、幕が下りるなりクロナが舞台裏の俺に飛び付いてきた。


「うわっ、お前汗凄いぞ……っ?」

「だって大変だったもん! はぁぁっ、やってみてよかった……。励ましてくれありがとね、与一っ!」


 俺も会場の雰囲気に飲まれているのか、目の前に映るものが天使の笑顔に見えた。


「あ、ああ……。ちなみにだが、これ、人前なんだが……」

「そんなの関係ないよっ、最高だったっ!」


 クロナはハイになっていた。

 軽音部がハイになるだけの見事な演奏をやり遂げたのもある。クロナに才能を感じさせられた。


「そういうの、やるなら用具庫のマットの上でやって」

「今そういう冗談止めろよっ!?」

「あっ、咲那ちゃん!」


 舞台裏に遠慮がちな咲那と、堂々と侵入してくる茶畑さんが現れた。

 今度はうちの咲耶が新たな被害者に選ばれて、咲那は彼女の汗に驚いたようだった。


「かわいい、かわいい! お姉ちゃんかわいかった! 咲耶、きてよかったっ!」

「うちも応援してくれたの見てたよーっ。ありがとう、咲那ちゃんっ、咲那ちゃんもかわいくてうち大好き!」


 テンション上がり過ぎのクロナを、テンション上がり過ぎうちの妹が正面から受け止めた。

 茶畑のおっさんも苦笑いだ。


「あ、そうだ。こちら茶畑さん、あのアンプとスピーカーを格安で手配してくれた人」

「おい与一、そういうの別にいいって」


 そうは言ってもみんなのリアクションは『誰このちょいワルオヤジ?』だったので、フォローするならこれがベストだった。


 軽音部のみんなは口々に茶畑さんにお礼を言って、正直じゃない大人を困らせた。


「やれやれ、青春真っ盛りの若者どもがおっさんまぶしいわ……。ま、俺も見習ってがんばらねぇとな……」

「そうですね、俺たちもがんばらないと。このままだとクロナに置いて行かれそうです」


 俺もなにか新しいことに挑戦するべきなのだろうか。

 一年前の地味だったクロナが決断したように、己の殻を破るべきなのだろうか。


「クロナお姉ちゃんっ、好き! 私ファンになっちゃった!」

「うちもだよーっ! 午後1時からもやるから、無理じゃなかったら見に来てね!」

「二人ともそれ、いつまでやってるの……?」


 本人たちが満足するまでだろう。

 次の演奏まで1時間もない。そろそろクロナを落ち着かせて、昼食を食べさせなければならなかった。


「与一、クロナ。帰ったら話がある。帰ったら俺の話を聞いてくれ」


 クロナの姿に何を思ったのか、茶畑さんが急に声のトーンを落とした。


「え、いいですけど……真剣な話ですか?」

「まあな……。んじゃ、午後の公演もがんばれよ」


 最近の茶畑さんはどこか変だ。

 クロナたちは成功に舞い上がっていたけれど、彼の言葉は俺の頭の片隅に残り、決して消えることはなかった。

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