・学園祭 ギャル抜き

 午前9時――ノイズ混じりの校内放送が学園祭の始まりを告げた。

 緊張と興奮に放送部の声は気持ちうわずり、それがある種の熱気となって生徒たちに伝播してゆくのを感じた。


 先生方のサポートがあったとはいえ、企画を考えたのは生徒で、実際に現場を受け持つのもまた生徒だ。


 これまでの努力が実を結ぶか、あるいは閑古鳥という名の失敗を迎えてしまうのか。

 全員とは言わないが、会場の多くの者が不安と期待に浮き足立っていた。


「き、ききき、緊張してきたでござるよ、与一殿ぉ……っ」

「陸上部のあの子とは結局、お近付きになれなかったであります……」

「あ、脚をジロジロ見るから、悪いんだなぁ……? で、でも、良い脚ぃ……だったんだなぁ……」


 クロナとは別行動だ。あれっきり彼女は軽音部の助っ人として、実行委員の活動どころではなくなっていた。

 俺はいつものオタク仲間と肌寒い秋晴れの校門に立って、仕事をしない連中の代わりに1人で校門を開く。


「バカやってないで手伝えよ……っ。お待たせいたしました、当校の学園祭にようこそ!」

「与一は今日も今日とて真面目くんにござるなぁ」


 校内放送に合わせて校門を開き、来場客のお出迎えをするのが俺たちに与えられた最初の役回りだった。


 門を開けた後は行儀良く突っ立って、中へとどうぞと手をかざしたり、歓迎の声を上げたり、プラカードを持つだけの簡単なお仕事だ。


「今年は例年より多いでござるな……?」

「きょ、去年の倍はいるんだなぁ……す、すごいんだなぁ……」


 校門を開くと、まだ朝9時だというのに大勢の来場客が校門に流れ込んできた。

 主要な来場客は父兄が主だったが、他校の生徒や、暇を持て余した老人の姿もちらほらとあった。


「胃袋に訴えたのが効いたんじゃないか」

「それわかるであります。ムカつくでありますが、うちの担任は優秀であります」


 校門を抜けて校舎の前まで進むと、そこに屋台がひしめいている。

 焼きそばの匂い、たこ焼きの匂い、パンケーキやら豚串の香ばしい匂いまで、ありとあらゆる美味い匂いがそこから立ち込め始めている。


 その匂いを嗅いでいるだけで、わくわくが広がってゆくのだから、祭りに飯の充実は欠かせないと学ばされた。


「あっちに混ざりたいでござるな……。そうでありますっ、たこ焼き買ってくるというのはどうでござるか!?」

「さ、さささ、賛成なんだなぁ……?」

「お前ら、まだ始まって5分も経ってねーだろ……」


「与一にも奢るでござるよ。しからばこれを」

「マジか。よしわかった、先生にはバレないようにな……」


 俺は両手にプラカードを持って、来場客に愛想笑いを向けながら姿をくらました三人組の帰りを待った。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 学校内で焼きたてのたこ焼きを食べられる日なんて今日くらいだろう。

 午前10時になると交代の実行委員がやってきて、俺はこの退屈で眠たくなる持ち場から離れることになった。


「あっ、いち兄ちゃんだっ!」


 次は少し休憩してから学内の巡回だ。

 ところがそこに咲耶の元気で甲高い声が響いていた。



「よっ、盛り上がってんな」

「え、なんでうちの咲耶が茶畑さんと一緒に……」


「なんかお兄さんが用事付かなくなったみたいでな。俺が面倒見るって願い出たんだ」

「お兄ちゃんの学校すごーいっ、美味しそうなお店がいっぱい……!」


 咲耶は屋台のジャンクフードたちに夢中だ。

 小さな身体で跳ね回って、それから指をくわえて屋台を見つめる。


「奢ってやろうか?」

「ほんとっ!?」

「ちょっと茶畑さんっ、咲耶のお金なら俺が……」


「ガキが遠慮すんじゃねーよ。……そうだ、お前さんもくるか?」

「一緒に行こうよっ、いち兄ちゃんっ」


「ごめん、まだ実行員の仕事があるんだ」

「真面目だねぇ。んなもんバックレちまえばいいのによ」

「ダメだよそんなのっ。お兄ちゃん、時間が合いたら私とも遊んでね!」


 差し出された小指と指切りすると、咲耶が無垢に笑った。


「わかった。あまり構えなくごめんな」

「平気だよ。面白いおじさんがいるから。あっ、お昼前になったらクロナちゃんが歌うって聞いた! 楽しみ!」


 朝からこんなにテンション上げていたら、昼前に燃え尽きてしまうのではないだろうか。


 早くクロナの姿をこの二人に見せたい。

 衣装に付いては秘密にしていたので、きっと驚いてくれるだろう。


「第二体育館に11時だっけ。俺も楽しみだ」

「きっと気に入ると思います。がんばってましたから」


 クロナによると、1時間ぎっちりコースの演奏を今日1日で3回やるそうだ。

 後半の体力が持つかどうか少し心配だ。


「うし、行くぞ、咲坊!」

「私男の子じゃないよーっ!?」


「うるせー、だったら俺をお兄さんと呼べ」

「それ、無理ありますよ……」

「また後でね、お兄ちゃん!」


 二人が屋台の方に姿を消すと、俺も学内の巡回に始めた。

 先生に不審者を見かけたら報告しろと言われている。


 茶畑さんと咲那の取り合わせは、そこはかとなく事案じみた雰囲気を持っているので、先に手を打っておこう。

 俺は実行委員として、これまで通りにパイプ役として各クラスや部活の催しを回った。


「あ、与一くん。悪いけど店番手伝ってくれないか? 腹を下したやつがいて……戻ってこない」

「いいですよ。……ヘチマのスポンジ、もうこれだけですか?」


「それは例年通りに午前で完売しそうだよ。悪いね、与一くん」


 園芸部の部室に立ち寄ると、ヘチマのスポンジが残り一つになっていた。

 机を使った店舗には野菜チップスや、ツルを編んで作った雑貨が並んでいて、中にはカマタリにピッタリと合いそうな編みカゴもあった。


「園芸部って手広いですね。その編みカゴ、もし売れ残った買いますよ」

「いいけど、なんに使うんだい?」


「子猫に」

「わかったよ、ならばキープしておこう」


「だったらスポンジも売って下さいよ」

「そっちはダメだよ。人気商品だからね」


 クロナに誘われて気まぐれを起こさなければ、園芸部との接点もなかっただろう。

 実行委員というのは、やってみると悪い仕事じゃなかった。

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