・終わりかけの学園祭をギャルと歩く
午後3時の公演を終えると、やっと俺たちの自由時間がやってきた。
力と声を出し切って、さしものクロナも最後はヘトヘトだったけど、それでも一緒に残り少ない学園祭を回りたいと言ってくれた。
そこで俺たちは乱立する喫茶や屋台をハシゴして、携わった文化部を回ることにした。
……片方はあのメイド服でな。
「その格好、どうにかならないのか……?」
「ならないよ。バイト先の宣伝にもなるし、もう開き直ったから」
隣のクラスでは、パウンドケーキと紅茶の出る喫茶店を開いていた。
俺たちは一つの机を中心にして向かい合い、紅茶味の甘ったるいパウンドケーキを紅茶で流した。
「大受けだったな。プロからスカウトが来たりしてな」
「あははっ、ないないっ! 凄いのは軽音部のみんなだし!」
「それもあるけど、お前も凄いと思った。尊敬したよ、クロナには人前に立つ才能がある」
「も、もう……そういうの照れるじゃん……」
「本心から言っているだけだ」
「いくらなんでも褒め過ぎだよ……」
目の前のメイドさんが、エプロン姿の学生に給仕を受ける姿がちょっとだけシュールだった。
「卓球部のたこ焼き食べたか?」
「あ、たこ焼き食べてないっ!」
「美味かったぞ。まだ売り切れてないといいんだが……」
「急ごう! いくよっ、与一!」
「たこ焼きごときにそんなマジになることかな……」
「だって食べたかったんだもん!」
喫茶店を飛び出して、俺たちは校舎前の出店に向かった。
いったいどこから、卓球部はたこ焼きの屋台道具なんて確保してきたんだろうな……。
その屋台にはセロテープで張り紙が張られていた。
『タコ無したこ焼き100円引き』
「たこ焼きからタコ取ったら、ただの焼きじゃんっ!」
「まあそうだけど。けどタコ焼きのタコって重要か? たこ焼きって生地がメインだろ?」
「全然重要だよ……っ。あんパンに付いてる粒々のやつくらい、重要だよ……っ」
「ケシの実な」
作り置きのタコ無しを買って、ブーたれるクロナと一緒に校舎の陰で立ち食いした。
文句を言いながらもクロナはがっついて、やっぱりタコは重要じゃないのではないかと、不毛な一言を口に出しそうになった。
「関西の方だと、牛すじとか、こんにゃくが入ってるのもあるんだって!」
「へー。タコより牛すじの方が美味そうだな」
2人で1パック平らげると、次はカード部に向かった。
いや違った。科学部カードゲームの展示を見に行った。
「ドローッ、トラップカード発動であります! おっ、与一も来たでありますか!」
「ぐぬぬぬ……こ、このままでは、叔父上より賜った秘蔵のエロ本――いやビニ本が!」
なんかとんでもない物を賭けていた……。
もう遅い時間だというのに、部にはカードゲームガチ勢が集まって異様な雰囲気だ。
「与一、ビニ本って何?」
「知らん……」
逃げるように科学部を離れてさらに校舎を回ると、校内放送で実行委員に召集がかかった。
そこでクロナと一緒に恒例の会議室に立ち寄ると、テーブルの上に2Lサイズのコーラが5本も置かれている。
「おー、よくがんばったなー、お前らー」
「あの、これってなんの集まりですか?」
責任者である担任が気の抜けた声で、紙コップにコーラを注いで俺たちに差し出す。
受け取る他になかった。
「何って打ち上げに決まってるだろ。がんばったお前たちへのご褒美だ」
「ごめんね、後半あんまり手伝えなくて」
「いや、大受けだったそうじゃないか。……後でお局様に、生徒にメイド服着させるなんてなんとやらと、文句を言われそうだがなぁ……めんどくせ……」
「すみません、俺が最初にそそのかしたんです」
単なる紙コップ一杯分のコーラに過ぎないけれど、ねぎらいの気持ちが嬉しくて身に染みた。
ぬるくて、ちょっと気が抜けていて、音頭という概念のないゆるゆるの打ち上げは、気楽でデタラメで楽だった。
俺たちは半月と少しを一緒にがんばってきた仲間だ。
この打ち上げを終えれば、もう集まることもない。
「ははは、ありゃ最高に面白かったから別にいい。それに校長も褒めてくれてな、お前らのおかげで先生得しちゃったわ。ありがとな、藤原クに物部ヨ」
「はいはい、なんでわざわざそういう照れ隠しするかなー……」
もう少しここでゆっくりしたら家に帰ろう。
実行委員のみんなと別れるのは名残惜しいけれど、家ではきっと茶畑さんが俺たちを待っている。
俺たちに大切な話をするために。
「おっさん待たせると悪いし、そろそろ帰ろうっか?」
「クロナが言わなかったら、俺がちょうどそう言うところだったよ」
「マジでっ? うちら相性いいのかも……!」
「そうかもな」
かくして、俺たちの学園祭は大成功で幕を下ろした。
俺はあの輝いていた藤原黒那の公演を、一生忘れることはないだろう。
学園祭という花舞台で、彼女は己の全てを出し切って、若さと歌声と度胸で観客を魅了した。
しかし同時に俺はあの家の管理者だ。何があろうと、クロナとの距離感を間違えてはならない。
そう深く自戒をしようとしても、心の奥底で俺自身が拒むのを感じた。
今日の俺は藤原黒那に魅了されている。
それほどまでに第二体育館で見せられたクロナの姿は、輝きという輝きに満ち満ちていた。
俺は藤原黒那のファンになってしまった。そこだけは偽らずに認めよう。
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