・おっさんとJKとの休日の過ごし方
瞑想中の釈迦は、数々の誘惑に打ち勝ち悟りを拓いたという。
「さて、そろそろ草むしりを再開するよ」
「え、ダメ……。ほらほら、与一が好きそうな少年誌も買ってきたよー? 一緒にサボろうよぉー?」
畳から身を起こして膝を立てた俺だったが、俺は釈迦ほど立派な人間ではないので、あえて誘惑に屈した。
マンガもしばらく読んでいない。
「ちょっとだけだぞ……?」
「わはっ、与一ちょろい♪」
「ちょろい言うな。草刈りに戻ってもいいんだぞ」
「ダメダメッ、あ、そだ! おわびにエッチなやつ、うちが朗読してあげるよっ」
「アホ抜かせっ……。こ、心惹かれるが、それはダメだ……」
「へへー、楽しそうだからやってみよう。与一は男の子役ね!」
「やっぱ勘弁してくれ……」
俺たちは朗読抜きで、面白そうなマンガを拾い読みしていった。
まさかあそこでナマハゲ帝国のにゃんたん将軍の、至極どうでもいい過去回想が入るとは思わなかった。
●◎(ΦωΦ)◎●
「朝っぱらから微笑ましいな、おい……」
「あっ、いやっ、これは……」
正午の鐘が鳴って、声に後ろを振り返ると茶畑さんが俺たちを見下ろしていた。
「うん、うちら仲良しだからね! おっさんおはよーっ!」
「こりゃJK! せめておぢさんって呼びなさいって言ってるだろが!」
「あんまり意味変わらないと思うんだけどな……」
羞恥心にかられて立ち上がると、クロナの桃のように甘い匂いが遠ざかった。
俺って変態なのかな……。惜しい気持ちになった。
「おう与一、お楽しみだったみてぇだなぁ……顔赤いぜ?」
「んなっ……なわけないでしょ……っ」
「正直になれよ? こんなにかわいいJKが隣にいたら、おかしくならねー方がおかしいぜ?」
「そうだそうだー、正直になっちゃえーっ」
「良い歳した大人が高校生を焚き付けないで下さいよっ!? 間違いがホントに起きちゃったら、どうするんですかっ?!」
茶畑さんは台所で水をくんで一気飲みして、そして決め顔でこう言った。
「我慢はよくないぜ、少年よ。若いんだから後先なんて考えないで、リビドーを解き放ちな?」
「はぁ……っ。俺、庭で草むしりしてきますね……」
付き合い切れないので玄関から回り込んで庭に出た。
ところが閉めたはずの引き戸が音を立てて、足音が庭の俺を追ってきた。
それはカマタリを胸に抱いたクロナだった。
「うちらも手伝うよ、指示して」
「猫の手は別にいらないんだけどな……。家の外に脱走したら危ないぞ?」
「大丈夫っ、こんなこともあろうかと……リードも買ってあるから! 猫連れて散歩するのが憧れだったの」
「そういうところしっかりしてるよな、お前」
クロナは庭の木にリードを結び付けて、うちの庭に興味津々なカマタリを眺めては、手元も見ずに雑草を引っこ抜いてくれた。
無防備だ。無防備というか、パンツが見えているのにコイツは全然気づいていない……。
クロナって白が好きなのかな……。
「パンツ見えてるぞ」
「ひょわぁぁっ……?!」
「人を誘惑してくるくせに、変なところ純情だなお前……」
「そ、それはだって……与一の性格、知ってるし……。ぅぅ……見えてたなら見えてたって言ってよっ!」
「言ったじゃないか」
「じっくり見た後でしょ! うぅっ、与一にはしたない姿見られちゃったよ……」
今さらだろ? そう言ったらヘソを曲げそうなので止めた。
パンツはそれっきりのぞけなくなったけど、大地を跳ね回るカマタリの姿と、それに夢中になるクロナの姿を眺めているだけで、なんでもない休日なのに楽しい気持ちになった。
●◎(ΦωΦ)◎●
「草むしりして休日を過ごす男子高校生とか、なかなかレアというか、枯れた光景だな……」
あらかたが片付くと、玄関の方からレジ袋を下げた茶畑さんがやってきた。
「あれ、おっさん出かけてたの?」
「ちょっと買い物にな。台所借りるぜ?」
「ええどうぞ。でも何作るんですか?」
「後のお楽しみだ。……お前ら見てると、もうちょい丁寧に生きようって気になるから不思議だわな」
俺たちに何か作ってくれるみたいだ。
茶畑さんは玄関に戻ると、間もなくして台所でガチャガチャと調理を始めた。
「俺たちはネギを植えよう」
「え、ネギ……? ネギって確か、植えると増えるんだっけ……?」
「そう。あとシソとキュウリの種も蒔く」
「ほへー……」
小さな畑を軽くだけ耕して、そこにネギを刺して、種を蒔いて、キュウリのための支柱も立てていった。
面積はそんなでもないが、達成感はそれなりに大きかった。
●◎(ΦωΦ)◎●
「はぁぁー……いい天気……。家にいた頃は、こんな余裕なんてなかっ――あ、な、なんでもない……」
「へー、クロナの家って厳しいのか?」
「うん……。毎日が穏やかって、いいね……」
「そうだな。それに寂しくない」
「うんうんっ、ここに来てうち、抱えてきた黒い物全部消えちゃった!」
「……そうか。だったら好きなだけここにいたらいい。……よければずっといてくれ」
やさしい声を選んでそう気持ちを伝えると、クロナは小さく驚いてから胸を押さえて、明るくいつものように笑った。
「待たせたな、できたぜ。おっ、なんかいい雰囲気だな……?」
ところがタイミングを計ったかのように廊下のガラス戸が開かれて、茶畑さんに茶化された。
「年下をからかってばかりいると嫌われますよ」
「あーっ、お汁粉の匂いがするーっ!」
「ビンゴだ。もうよそっちまったし食えよ、もちろん餅入りだぜ」
「やったーっ、おっさん最高だよっ!」
カマタリのリードを外すなり、クロナは靴を脱ぎ捨てて縁側から台所に飛び込んでいった。
俺は彼女のスニーカーを取って、玄関から合流した。
「えーーっ、お汁粉ってあんこをお湯に溶かすだけでできるのっ!?」
「まあだいたいな」
お汁粉を食べたのは久しぶりだ。
ガツンとくる強い甘さとどっしりとした小豆の味が身体を温めてくれて、気づいたら2杯もおかわりしていた。
困った……。茶畑さんと一緒にいると太りそうだ……。
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