・今からおっさんとファミレス行こうぜ 1/2
「あれ、明かりが点いてるぞ」
「ホントだ。でも今日は仕事だって言ってなかったっけ……?」
クロナと真っ暗闇の街を歩いて帰ってくると、居間の窓から明かりが漏れていた。
玄関も開いている。
まさか泥棒ではないかと気持ち警戒しながら、俺たちは玄関をくぐると、居間の引き戸の隙間から中をうかがった。
「あれ、仕事は?」
「やっとこさ帰ってきたか。せっつくんで、カマタリにもう餌をやっちまったぞ」
それは茶畑のおっさんだった。
テレビを見ながら缶ビールを飲んでいたようで、その酒臭いおっさんの目の前で子猫が眠っていた。
「あ、うん、ありがと」
「おう。しかしどんどんでかくなってくな、コイツ」
時計を見れば午後6時過ぎ。いつもなら働いている頃だ。
なのにおっさんは網かごの中の子猫を撫でて、指先をザラザラと舐められていた。
どこか様子が変だ。
茶畑さんが家に酒を持ち込んだことなんて、今まで一度もなかったのに。
「なんだよ、俺が家で酒飲んじゃ悪いかよ? ……店じゃビールはあまり飲ませてもらえねぇんだよ」
「そんなこと言われても、ホストクラブなんて行ったことないからうちらわかんないよ」
茶畑さんはクロナに笑って、美味そうに缶ビールを空にした。
それからおもむろに立ち上がる。足下はしっかりしていた。
「それよかよ、今からおっさんと飯食い行かないか?」
「あ、おっさんて認めた!」
「揚げ足取るなよ。どうだ、すっかり世話になってるしな、今日は奢るぜ?」
「え、おっさんの奢りっ、マジでーっ!?」
奢りの一言でクロナは子供みたいにジャンプして、大急ぎで階段を駆け上がっていった。
クロナが乗り気である以上、もはや遠慮するような流れではなさそうだった。
「お前さんも早く着替えな。制服なんて着てたら道で補導されるぜ?」
「すみません、じゃあ今日はご馳走になります」
帰宅が遅くなっていたので、茶畑さんの誘いは嬉しかった。
ただ……やっぱり変だ。
今日は出勤日で、仮に休日だとしても、ホストの仕事を考えればお酒なんて身体に入れない方がいい。
「ほら、早くしろ、与一。お嬢様がブーたれるぜ?」
「お嬢様って……」
「ははは、ところどころお上品だから笑えるよな、アイツ」
「そうですね。……着替えてきます」
私服に着替えて、俺たちはカマタリにお詫びのオヤツを与えてから、闇と寒気に包まれた夜遊びに出た。
●◎(ΦωΦ)◎●
いらっしゃいませ、こちらへどうぞ、ご注文はこちらの端末でお願いします。
マニュアル通りの接客を受けて、俺たちは奥の四人掛けの席に腰を落ち着かせた。
席の片方はソファーになっており、クロナはさも当然と俺の隣に滑り込んできた。
「いいねぇ、仲が良いねぇ、お二人さんよぉー」
「与一とはおっさんより付き合い長いからねっ。それよかホントに何注文してもいいのっ!?」
「いいぞ、好きなだけ頼め。たかがファミレスだ」
「聞いた与一っ、何頼もうっかっ!?」
「あんまり大きな声出すと、他のお客さんの迷惑だよ……」
これって、男として最高につまらない返しなのではないだろうか。
そう思って俺はクロナと二人で専用のタブレットを動かした。
身を寄せた方が見やすいとはいえ、人前でこんなにくっつくのには抵抗がある……。
クロナの甘い匂いと、洋服に染み込んだ爺ちゃんちの匂いがした。
それからああでもないこうでもないと騒ぎながら注文を入力し終えると、やっとゆっくりとした時間が戻ってきた。
茶畑さんはそんな俺たちをやさしく笑っていた。
「お前さんたちといると退屈しなくていいぜ」
「何それっ、要するにうるさいってことっ!?」
「そういう意味じゃねーよ。いや、なんつーかな……こうやって歳取るとな、若さってやつを忘れちまうんだ。特に黒那の明るさには、見習う部分が大きいと思ってるぜ」
俺たちにはよくわからないけれど、茶畑さんにとって俺たちとのやり取りは有意義らしい。
いつもやさしそうに俺たちを見ているのは、そういう感情も含まれていたようだ。
「なんか変なの」
「そうだね。なんかいつもの茶畑さんらしくないね」
「お前らひでーな……俺のことどう思ってたんだよっ!?」
「くたびれたおっさん」
「グハッ……?!」
そうこうしていると、前菜のアボガドサラダがやってきた。
アボガドは食べたことがない。アボガドは避けて食べることにしよう。
俺はそれぞれの小皿により分けて、自分の皿だけアボガドをどかした。
和風ハンバーグセットはまだだろうか。
なんだかんだ俺も外食は久しぶりで、店に入った時からずっと気持ちがワクワクしている。
「こんなこと言うと失礼かもしれないですけど、お金……大丈夫なんですか?」
「ガキが大人にんなこと聞くんじゃないぜ」
あ、そのセリフかっこいい……。いつか俺も言おう。
「でもさ、おっさん今日は仕事だったんじゃないの?」
茶畑さんのフォークからアボガドがコロリと皿に落ちた。
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